授業実践記録

理科から発信するエネルギー・環境教育
山形大学附属中学校 土井 正路

1.はじめに

 現在の地球が,これまで経験したことのない危機的状態に陥っていることは,疑いのない事実です。特にエネルギー資源の枯渇は早急に解決していかなければならない問題の1つです。しかしながら,それを日常の生活の中で意識し,行動していくことは容易なことではありません。本校でも校舎改修に伴い照明がセンサー付きとなりました。マスコミでも,エネルギーや環境問題に関する記事が毎日のように報道されています。しかしながら,こういったことがエネルギー・環境問題に直結していることに気づく生徒は少ないと思われます。以上のことをうけ,まずは学校の中で自分たちが実行できることはないか,また,家庭や地域に広げていける活動はないのか,などを考えさせるきっかけとしていきたいと考えました。今回の学習は,3年間を見通した活動です。その1年次として,まずは体験させることを主眼において学習をすすめてきました。


2.実践内容

I 題材 循環型社会の実現を目指して〜エネルギー・環境について考えてみよう〜

II 目標
1. 現在の自分たちの生活が大量のエネルギー消費によって成り立っていることを知るとともに,これからどのような生活をしていけばよいのかを考えることができる。
  2. エネルギーに関する諸問題について調べたり,実験をしたり,話を聞いたりしたことをもとに,お互いの考えを発表し,意見を交換することができる。
  3. 理想的なエネルギー・環境に配慮した生活と現実の生活との違いに気づくことができる。

III 指導にあたって
1. 教材観
     環境と経済が両立する「循環型社会」という言葉を,最近よく目にするようになってきた。家庭や地域では,ゴミの分別は当たり前に行われている。生活の中で実行できる取り組みとして,3つのR(リデュース,リユース,リサイクル)というものも浸透しつつある。また,私たちのくらしは大量のエネルギー消費を前提として成り立っており,その需要は増加する一方である。生徒を取り巻く環境にはモノがあふれ,なかなかライフスタイルを変えていくことは難しいが,このままの生活を続けていけば,次世代の人類がエネルギー問題で苦労するのは明白であるし,現在を生きる私たちが,早急にこの問題を解決する方法を模索していくことは必要不可欠であると考える。エネルギーと環境をめぐる問題は,さまざまな要素(経済面,社会面,科学技術面など)が複雑に絡み合い,すぐに解決していくことはできないが,「循環型社会」について考えてみることは,21世紀を生きる私たちにとって,避けてとおることのできない題材と考える。
  2. 生徒観
   
回答者(1年生125人中)自由記述・複数回答可
・石油・石炭の枯渇問題 76人
・電気の無駄使い・使いすぎ 40人
・省エネ問題 25人
・発電に関した記述(火力・水力など) 16人
・原子力・ウラン 12人
・クリーンエネルギー(地熱・太陽光・風力発電) 10人
・フロンガス 8人
・アイドリングストップ 6人
少数意見として…    
 生徒は,エネルギー問題をどのようにとらえているのだろうか。「エネルギー問題といわれて何を思い浮かべますか」という問いに対して,20%が無回答であった。

 エネルギーを資源という観点から捉えている生徒が7割近くを占め,また,発電や省エネといった電気に関した記述が多く見られた。生徒の中には,小学校の「総合的な学習の時間」の中で,「エネルギー・環境」についてテーマを設定し,学んだ経験のあるものも8人ほどいる。ただし,どんな学習をしてきたと聞くと,「温暖化についてインターネットで調べた。」「酸性雨について調べた内容を発表した。」といった調べ学習が主であり,自分たちの生活に直接結びついているという実感はもてずにいたようである。
  3. 指導観
    〔理想と現実の両面性に気づかせること〕
 限られたエネルギー資源を有効に使うために,理想的な生活について考え,発表するだけでなく,実行していくためには何が課題となるのかといった点も指摘できるようにしたい。特に自然科学的な視点だけではなく,経済的な視点,社会的な視点を含めてとらえさせたい。「やまがたエネルギー教育研究会」の協力を得て,大学などの研究機関,企業やNPO法人との連携を図っていく。
    〔わかりやすい科学実験をとりいれること〕
 調査活動に終始するのではなく,ゴミという視点からエネルギーについて考えさせる実験を仕組んでいきたい。中学1年生ということから,自分たちですべて実験を企画し,調べていくことは困難であると思われるため,指導者側で幾つかの例を提示し,選択させるようにしていきたい。
   
 また,この学習のみで完結するのではなく,3年間を通して他教科との関連を図りながら,必修の授業を中心として扱っていきたい。切にしていくことを社会に向けて,発信していくことを目指したい。

 これからの未来を考えたとき,解決すべき問題が山積みで,次世代を担う生徒たちにとっては,受難な時代であることは否めない。しかし,決して悲観的に捉えるのでなく,今何をしなければならないのか,また,身近なところで,自分ができることからエネルギーに配慮した行動をとっていくことが,地球を守っていくことになることを考えさせる学習にしていきたい。
  4. 授業の実際(流れ)
   
学習活動(時数) 授業の内容
1. エネルギー・環境問題について自分の知っていることを話し合う。
(2)
各班ごとに自由に発表させ,キーワードを紙に書かせる。その後,黒板に貼っていき関連の深い言葉ごとにまとめる。
(KJ法の手法を用いて)
2. 自分の生活とエネルギー消費が直接関わっていることに気づく。
(2)
学校生活や家庭生活の中で消費される電気量を実際に調べさせる。→ 環境家計簿の活用
VTR教材(エネルギー環境教育情報センター資料)の視聴を行った。各国のエネルギー消費に関する考え方のちがいにもふれている。
3. 理想的なエネルギーやライフスタイルについて知る。
(2)
未来につながるエネルギーの存在について,キーワードを提示し,調べさせる。→ インターネットや資料・文献を用いる。
  (キーワード)
太陽光発電・バイオマスエネルギー・コージェネ・光合成型太陽電池・廃棄物発電
4. ゴミのリサイクル,新エネルギーに関した実験を行い,結果をまとめる。
(4)
新エネルギー,省エネルギーに関した実験を提示し,班ごとに選択させ,実験を行う。
 
実験に必要な道具や材料については,自分たちで用意できるものはなるべく持参させ,実際の生活からかけ離れた学習ではないことに気づかせる。実験方法や手順については,安全性を配慮し,指導者が提示する。
5. 東北電力による出前授業
(1)
発電の歴史,日本・世界の発電のしくみを聞いたり,火力発電の模擬実験を見たり,ジェネレーターを用いた実験などを行った。夜の地球の衛生写真を見て,非常に驚いている生徒が多かった。電気はためておけないことを知り,神妙な顔をしている生徒もいた。
6. 調べたことや実験したことをもとに,実際の生活の中で生かしていけることがないかを話し合う。
(3)
活動を通してわかったことをもとに,班で,学級全体で話し合いを行う。
 
理想だけに終わらないよう,自分たちの考えた行動が本当に実践できることなのか,経済面や実生活の面などからも考えさせる。(葛藤場面の設定)
7. レポートを作成し,発表し合うことで,行動する上で課題となる点に気づく。
(2)
実際に行動に移してみることで,実現可能な目標にしていくためには,どんな点を考えていけば良いのかに気づかせ,クラス・個人での取り組みを考える。
  活動4の授業の実際
指導目標
1. 班で選択したエネルギーに関する実験を,仲間と協力しながら行うことができる。
2. 活動によって得られた情報を,的確にまとめ,全体の場でわかりやすく発表することができる。
 
学習活動 教師の支援・指導上の留意点 求める生徒の姿
1. 班で行う実験内容をお互いに確認しあう。
選択した課題となるため,それぞれの班がどんな活動を行うのか,テーマごとに黒板に掲示する。
班毎に実験方法,役割分担の確認を行わせる。
実験内容について,お互いに確認しあっている。
2. 各班ごとに実験を行う。
※各グループの実験内容については,この記録の最後にある(本時で行う)実験一覧をご覧下さい。
うまく結果が得られなかった班については,原因について考えさせ,どのような工夫をしていくかを確認する。
うまく結果が得られた班については,条件を変えたり,より正確なデータを得るためにもう一度実験を行ったりすることなどを指示する。
班で役割を分担し,安全に留意しながら活動している。
3. 実験結果を発表し合う。
数班に実験結果,次回に向けての課題,改善点を発表させ,自分たちの活動の参考とさせる。
水素燃料電池車を,理科室前広場に展示し,実際に試乗させることで自分たちの行った実験が,社会の中でも用いられている技術であることに,気づかせる。
自分たちの班,他班の活動の結果や課題を学習プリントに簡単に記入させる。
実験結果について考察もいれて,わかりやすく発表している。
水素燃料電池車を目にすることで,新エネルギーについて興味をもつ。

4. 次時の活動の確認を行う。

各班ごとに,確認させていく。
次時の活動を,他の班の発表を参考にしながら,実験計画を立てている。
   導入として,新エネルギー関連(バイオエタノール)の新聞記事や,燃料電池に関したインターネット上のニュースを提示した。学習している内容が,現実社会の中でも使われようとしている問題であることに気付かせたいと考えた。
  活動後の生徒の感想から
 
燃料電池グループ
 
自分たちの作った燃料電池では,電子オルゴール1個くらいしか動かせなかった。また,光電池でもやってみたが,外がくもりだったのでライトを使ったけれど,それに使った電気エネルギーを無駄にしているなという気がする。
  廃油石けんグループ
チームワークが悪く,準備にとまどった。今度からは先を見通して進めたい。
  家でやるにはあまりにもにおいがすごくて無理ではないか。地域ぐるみでできればいいなと思いました。
バイオエタノール(廃棄物発酵)グループ
 
できたものを蒸留したけど,ほとんどアルコールを集められなかった。どんな方法でやればうまくいくのだろうか。
家庭でやるのは難しいし,使えるくらいの量のエタノールを蒸留で集めるためにはかなりたくさんの熱を使う。かえってエネルギーを無駄に使っている気がした。
花力発電(光合成型太陽電池)グループ
 
花力発電は太陽の紫外線で電気を作るので,雨の日などは発電が難しい。
ふつうの光電池と比べると,加工しやすいため,何かに活かせそう。失敗だらけだったけど,将来に役に立つ日がくると思います。

3.成果と課題

エネルギー・環境の問題は,身近で自分の生活に直接関わる問題であることに気づく生徒が多くなっています。「省エネルギーについて家庭で話すようになった。」「こまめに電気を消すようになった。」といった感想も聞きます。
学習を進めるには,事前の調査や準備,外部機関との連絡・調整など大変なことはありますが,それに値する活動ができたと思います。
学習後,各クラスの中で話し合いを行いました。最初は自分たちの行った実験のマイナス面だけが話題となり,「実生活につなげるのは難しい。」といった意見が多く聞かれました。また,考え方は大変すばらしいのですが,本当に実行できることなのかといった意見もありました。
この学習は本校が取り組んでいる「教科から提案する総合的な学習」の実践ですが,実験については,1分野の単元のまとめや,発展課題として扱っていくこともできると思います。もちろん,「総合的な学習の時間」でも扱っていける題材でもあります。

参考文献   「エネルギー教育ハンドブック」財団法人 エネルギー環境教育情報センター
「身近な実験で学ぶ地球環境」 丸善

◆本時で行う実験一覧
テーマ
実験内容 班数 留意点





燃料電池 燃料電池自動車のキットを用いる。電源として,光電池を使って,光源の照射時間とモーターの使用時間との関係を調べる。 太陽光以外の光源を使った実験もさせていく。蛍光灯の光ではうまくいかない点や,光源装置は電気を使っていることの矛盾点,電気器具を動かすほどの電力は得られない点などに気づかせていきたい。
炭素棒とペットボトルを使って,水の電気分解を行う。このとき,発生した水素と酸素を使って,電気器具を動かすことができるか,調べる。 簡易の装置であっても,電解がおき,電気エネルギーが得られる点に気づかせていきたい。ただし,そのエネルギーは電気であるということ,電池ではうまくいかない点や製品化するための努力にも目を向けられるようにしていきたい。
花力発電(光合成型太陽電池) 現在開発されている色素増感型太陽電池を制作し,市販されている太陽電池との性能を比べてみる。 原理について深く追究していく活動ではなく,実際に実物に触れて発電していく過程を通して,太陽光発電のもつ可能性を考えてみる。燃料電池をテーマにしているグループと重なる点も多いことに気づかせていきたい。
バイオマス・廃棄物 エタノール発酵・家畜の糞などを使って,燃料ができるかどうかについて調べる。 発酵までには時間がかかること,得られたエタノールを純度の高いものにしていくためには,また違った技術が必要であることなどに気づかせていきたい。そして,どんな問題があるのかについて,実験をする中で考えさせる。
  廃油
石けん
使用済みの食物油を原料に,手作り石けんを作ってみる。製作する上で課題となること,市販の石けんとの汚れ落ちのちがいなどについて,調べる。 苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)を用いるのでなく,比較的アルカリ性の弱いオルト珪酸ナトリウムを用いる。作業中は防護メガネ,軍手を必ず着用させる。また,廃油石けんが本当に良いことなのかという点についても,調べさせていく。(次時)
再生紙 牛乳パックを用いた紙漉を行う。また,その他の古紙を使った紙漉も行い,ちがいを調べていく。 紙漉の道具は市販のものを使用していく。パルプの材料として,牛乳カップを用いるが,その時生じるビニールゴミの問題,実生活の中で使える再生紙にするためには,どんな点を改善しなければならないかにも気づかせていきたい。

 実験後にグループ内で課題,改善点を話し合わせ,次時の活動の参考とさせる。また,実験に対する科学的な視点での考察,技能としての改善点だけでなく,「総合的な学習の時間」の視点から,実用化していくためにはどんな点を改善していけばよいのか,実社会の中で生かせることはないのかといった社会的な視点にたった(現実を見つめた)考察をさせていく。
前へ 次へ


閉じる