サンゴ礁生物を用いた教材の開発
−有孔虫(ホシズナなど)による二酸化炭素の取り込みの理解を通して−
沖縄県名護市立屋部中学校
佐久川 幹雄
1.はじめに
 中学校理科では,自然の事物・現象を日常生活と関連づけて考察することの重要性が挙げられています。生物分野では,地域の生物素材を用いた教材の開発が行われてきましたが,本県の地域特性であるサンゴ礁及び,サンゴ礁生物を教材とした授業実践はあまりなされていません。しかし,サンゴ礁は観光や食料資源の供給場所として私たちの生活と深い関わりをもっています。また,世界的な環境問題である,地球温暖化に関わって,二酸化炭素とサンゴ礁の関係が活発に議論され,注目を浴びています。
 そこで,本研究では,サンゴ礁域に生息し,石灰質の殻をつくる「ホシズナ」の仲間を使った教材の開発を行い,関心・意欲を高める授業設計を試みました。以下,素材研究,実験方法の工夫,考察の順で紹介したいと思います。

2.素材研究
 観光みやげ品店には,小さな瓶に入ったホシズナが売られています。「愛とロマンをはこぶホシズナ」などと書かれていますが,実は,有孔虫というアメーバと同じ原生動物の仲間の殻の部分なのです(写真2)。
 ホシズナに混じって円盤状のものが入っていることがありますが,これは「ゼニイシ」と呼ばれる,有孔虫「マーギノポーラ属」の仲間です(写真3)。現在生きている原生動物の仲間では最大のものですが,石灰質の殻を持ち,サンゴと同じように褐虫藻との共生が知られています(写真4)。写真5はホシズナです。バキュロジプシナ属の仲間ですが,殻径は1mm前後まで成長します。根のように見えるのが「仮足」です(写真6)。仮足には粘着質の顆粒があり,プランクトン,珪藻などを捕食しています。また,仮足は捕食の役割のほかに移動や付着の機能を持ちます。授業では,動いている様子を録画して観察させました。また,ゼニイシが水槽の内壁を移動する様子や多数の仮足を出して浮遊する様子も観察できます。
 このように実物やVTRを見せて,捕食,運動などと関連づけさせることによって,ただの無機的な砂と考えていたホシズナを生き物としてとらえさせることができ,動物の本質とは何か,を考えさせる材料にもできます(写真7)。


写真1 白波の立つリーフと砂浜

写真2 有孔虫の殻でできた砂

写真3 ゼニイシ

写真4 共生褐虫藻

写真5 ホシズナ

写真6 仮足

写真7 捕食の様子

3.実験方法の工夫
 有孔虫は海水中の炭酸水素イオンとカルシュウムイオンから炭酸カルシュウムの殻をつくります。ですから,塩酸や酢酸を反応させますと殻が溶けて二酸化炭素が発生します。この有孔虫殻に含まれる二酸化炭素の量を測定しました。

 表 有孔虫1個体あたりの殻に含まれる二酸化炭素量
 乾燥重量
(mg)
CaCO3含有量
(mg)
CaCO3含有率
(%)
CO2含有量
(mg)
乾燥重量中の
CO2含有率(%)
ホシズナ0.90.888.90.333.3
タイヨウノスナ2.32.193.51.043.5
ゼニイシ17.316.494.77.241.6

 ホシズナ1個体あたりの乾燥重量が0.9mg,殻の炭酸カルシュウムは0.8mg,含有率は88.9%になります。その値から求めた二酸化炭素の質量は0.9gになります。その量は1リットルの空気中に含まれる二酸化炭素の量に相当します。つまり,それだけの二酸化炭素が殻に形を変えて貯蔵されているということになります。サンゴ礁域の砂浜は,このような有孔虫やサンゴなどの石灰質沈着生物の骨格で構成されています。ですから砂浜は,二酸化炭素を敷き詰めたじゅうたんであり,二酸化炭素の貯蔵庫になっているといえます。
 さて,ホシズナが殻の中に二酸化炭素を取り込んでいることを理解させるために図1のようなガラス細管を使った個人用実験器具を工夫しました。
(1) 有孔虫殻に塩酸を加え,発生する気体を調べよう。
1)  準備:石灰水,ガラス管,蒸留水を含ませた脱脂綿,反応容器A,有孔虫(ホシズナ,タイヨウノスナ)
図1 実験器具
2)
 方法:
[1] ガラス管に石灰水を入れておく。
[2] ガラス管の一方には脱脂綿を詰め込んでおく。
[3] 容器Aに塩酸と有孔虫数個体を入れ反応させる。
[4] 素早く,反応容器Aとガラス管をつなぎ合わせる。
[5] 石灰水の変化を観察する。
3) 実験結果:3分ほどで石灰水が糸状に白濁してくる。

(2)

 有孔虫殻に塩酸を加え,発生する二酸化炭素量を調べよう。
1) 準備:L字ガラス管,スポイト,10%塩酸,有孔虫(ホシズナ,タイヨウノスナ)
2)
 方法:
[1] ガラス管にスポイトをつけ,塩酸を3〜5pほど吸い取る
[2] ガラス管の先端内壁に,有孔虫1個体をつける。
[3] スポイトを押し,塩酸をガラス管の上端まで押し上げる。(有孔虫は,塩酸の中に落ちて反応をはじめるので,指でガラス管の上端をすばやく押さえる)
[4] スポイトを抜き,気体を集める。
[5] 反応終了後,高さaを求める。高さと体積の相関表を用意し,体積に換算させる。(二酸炭素の密度から質量の概算を求めさせてもよい)

図2 実験手順

3)

 結果の1例(ガラス管断面積0.06cm2,10%塩酸,タイヨウノスナ1個体,殻長1.9mm)
高さa(cm)二酸化炭素量(cm3質量(mg)
13.40.81.6

4.終わりに
 教科書では,水中の微生物を観察し,水中にも多様な生物の世界が広がっていることをアメーバなどの顕微鏡観察を行い,生物や生物の生活に関心を深めさせることをねらいとしています。その発展教材としてホシズナ「石灰質の殻を持ったアメーバ」という題材で授業を設計し,生物と環境の関わりまで掘り下げて学習できるように工夫しました。特にホシズナが石灰質の殻をつくることによって,二酸化炭素を取り込んでいるという発見をもとに,どんなに小さな生物であっても,物質循環系の一部として環境と深い関わりを持って存在することに気づいてくれたようです。さらに,そういう見方を身につけることによって生徒の生物や環境に対する関心もより深くなっていくと考えます。

 授業実施後の生徒アンケート・感想(5段階評価)
〔質問1〕水中の小さな生物について,もっと調べてみたいですか。はい(25人) いいえ(2人)
〔質問2〕「はい」と答えた生徒25人について,「それはどうしてですか」

 (項目1)小さな生物が環境と大きな関わりを持っていることを知ったから。29.6%
 (項目2)よく知っていた「星砂」が動物だと知って驚いたから。51.9%
 (項目3)小さな生物そのものに関心があるから。18.5%
〔質問3〕他の生物や自然について学習したいですか。
 項目1を選択した生徒(平均) 4.1
 項目2を選択した生徒3.4
 項目3を選択した生徒4.4

<感想>
何気なく見ていたホシズナだけど,生きている。二酸化炭素を吸って私の生活を助けている。
(項目1を選択した生徒の内の一人)
ホシズナはただ星の形をした砂と思っていたけど,水中で小さな生物を食べているからすごいなあと思った。
(項目2を選択した生徒の内の一人)
ホシズナはただの砂だと思っていたけど,本当は生きていて二酸化炭素を取り込むという,なんか植物みたいだなと思った。
(項目3を選択した生徒の内の一人)

 参考文献
佐久川幹雄 関心・意欲を高める地域教材の開発 平成8年度沖縄県立教育センター研修報告集 1996

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