現在の日本の高等学校の数学学力の現状はどのようになっているのでしょうか.これまで,1995年に行われた第3回国際数学・理科教育調査の結果をもとに,国際的に見た日本の数学教育についていろいろな面から紹介してきました.しかし,それらについては,日本は第3回調査の高等学校最終学年の調査には参加しなかったために,中学校の結果などから推測せざるを得ませんでした.
そこで,私たちは研究グループを作り,科学研究費補助金を得て,高等学校3年生の数学や理科の学力を調べる目的で「高等学校科学教育調査」を行うことにしました.そして,諸外国との比較をも可能にするために,第3回国際数学・理科教育調査の国際本部の承諾を得て,その調査と同一問題を使うことにしました.
調査対象の高等学校の抽出は,結果の信頼性を確保するために,無作為抽出によるものとしました.全国のすべての高等学校全日制本科約1万学科を母集団とし層化2段階抽出法によって120学科を抽出しました.ただし,第3回国際数学・理科教育調査とは,細かい抽出設計は異なりましたが,抽出目標は国際基準と同じ120学科としました.調査時期は第2回国際調査と同じ11月とし,調査時間は1時間としました.調査時間は国際調査では2時間近くでしたが,11月ではそれは無理であると考え,1時間としました.
第3回国際数学・理科教育調査の問題と同一問題を使ったために,第2回国際数学教育調査(1980年11月)の日本の高校3年生の数学の学力と比較したり,第3回国際数学・理科教育調査(1994年度)に参加した諸外国の高校3年生の数学の学力と比較することができるようになっています. 対象は,2つの集団に分かれています.第1の集団は,高校3年生すべてです.進学系,実業系,理系,文系のすべてを含んでいます.この集団を「一般生徒」と呼び,「数学教養」の調査を行いました.第2の集団は,高校3年で数学IIIまたは物理IIを履修している生徒だけです.この集団を「理数生徒」と呼び,「上級数学」の調査を行いました.
調査は,2000年11月から12月にかけて行われ,最終的には全国で85学科4230名が参加しました.内訳は,公立進学系50学科,公立実業系15学科,国私立進学系16学科,国私立実業系4学科,でした.
実際に行われた調査の規模は,日本の高校3年生の数学学力を推測するには十分なものとなりました.この結果については,2001年8月の日本科学教育学会第25回年会で速報的な報告をしましたが,現在,報告書を作成中です.なお,11月という忙しい時期に調査にご協力をいただいた皆様に心より感謝しております.
現在の高校3年生の数学の学力は,一部の数学者やマスコミが騒ぎ立てているものからすると,全く意外なものでした.
理数生徒対象の「上級数学」の数学問題の中には,約20年前の第2回調査と同一の問題が31題含まれていました.この平均正答率を比べると,1980年時は74%,今回2000年は71%です.理数生徒の数学学力は,言われているほどの急激な変化は見られないようです.さらに,もっと驚いたことは,5年前の第3回調査の参加国と58題の同一問題の平均正答率で比べてみると,日本は66%で最も高い方のグループに匹敵する正答率なのです.日本の理数生徒の数学学力は,20年前とほとんど同じで,しかも,世界的には非常に高いようなのです.
一般生徒,すなわち,高校3年生全体対象の「数学教養」は,第3回調査で初めて設定されたもので,過去との比較はできません.数学教養とは,高等学校終わりに身についている数学の力を調べようとしたものであり,履修したことを忘れ去ったあとに残った力とでもいうものです.数学の内容からすると,中学校2年程度のものです.日本の38題の平均正答率は65%であり,5年前の第3回調査の諸外国の平均57%と比較しても高いレベルにありました.また,5年前の中学校2年生と比べても正答率が下がっているということはありませんでした.高校生を全体としてみても,その数学学力は中学生より伸びており,国際的にも遜色のないものと言えましょう.
しかしながら,関心・意欲・態度は,これまでに見てきた中学生の傾向から推測される通りでした.また,興味深かったのは,理数生徒と一般生徒で,環境問題などへの意識の差が見られないということでした.理数を学んでも,認知的な学力の差はあっても情意的な学力の差は見られないのです.
この「高等学校科学教育調査」の結果が示唆するのは,低下しているのは,大学や高校の先生方が一所懸命に大事にしてきた受験学力ではなく,学ぶことに対する関心・意欲・態度なのです.学力低下の原因を,学習指導要領や大学入試センター試験に求める向きもありますが,何より大事なのは,何のために何を学ぶのかということです.そうだとすると,現在の高等学校に求められているのは,過去を懐かしがるような受験指導への回帰ではなく,受験だけではない教育目標を確立し,それにそった授業を創造していくことではないでしょうか.
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