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テレビの野球放送で解説者がよく「ここで結果を出さないと,四番定着も難しくなります」などと言っているのが聞こえてくる.しかし理屈で言えば,いったん打者が打席に入れば何らかの「結果」が出てくるのは当然である.凡フライかもしれないし,ゴロを打ってダブルプレイを喫するか,それはその時の運次第というものである.
しかしこの場合の「結果」というのは,そのような「不首尾」を問題にしているのではない.この際の「結果」とは「良い結果」でなければならず,ホームランとは言わないまでも,最低でも外野にフライを打ち上げて,三塁ランナーをホームに迎え入れなければならないのである.
つまり,「良い」に代表されるプラスの意味合いを持った形容詞が,「結果」の前から省かれてしまっているのである.同じような言い方としては「彼はその分野で評価されている」というのがあるが,これも「・・・(高く)評価されている」というのが理屈通りの言い回しである.
このように形容詞を省略するのには,ある種の簡潔さが伴っていて,べたべたとした印象とは無縁である.スッキリとした感じがあるので,スポーツの解説などで好まれるのも自然の成り行きである.
形容詞を省くのが日本語の傾向であるとすれば,名詞が姿を消してしまうのが英語の趨勢である.例えば,at present,in the past,in futureなどではtimeという名詞を補って考える必要がある.the Japanese「日本人」では,後にpeopleを考えればよいし,a professional「知的職業人,専門家」ではpersonを思い付けば便利である.
a historical「歴史小説」ではnovelを補充して考えればよいが,そのうちにa detective「推理小説」などというのが登場するかもしれない.これらは英語の統語法において形容詞の役割が大きくなった結果,形容詞が名詞の領域にまで食い込んできつつある具体例と考えられる.
これらは歴史的にも決して新しい現象ではないが,最近になって勢いづいてきた印象があるので要注意である.これから先の段階では,もっと数多くの形容詞が思いがけない名詞的用法を有することになる可能性が高い.この用法もまた簡潔できびきびとした語感を有しているので,現代人の感性に合致した言い回しになっていると考えられるのである.
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