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比較表現の語法 |
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「よりよい社会」という語法
近頃,日英語の比較表現について対照研究をするとき,すぐ気がつくのは,次のような表現が急速に増えつつあるという事実である. (1) この(1)の各例の冒頭のよりは本来の日本語の用法とはかなりズレた用法であって,英語の more important,more effective の more や, richer, better の -er の訳語として用いられ,はじめは無理を承知で使用していたものが,最近ではすっかり定着したと思われる.日本語のよりは,本来は (2)A is more beautiful than B. のように,‘than’に対応する助詞であった.それが,比較文でありながら「than以下を欠く文」の訳文などで,‘more’や‘-er’(これらを以下「比較マーカー」と呼ぶ)に対応する一種の接頭辞のような機能を持つようになったと思われる.したがって,文脈によっては,このよりの機能がわかりにくいような文も多く見られるようになった.次の二つの文は新聞記事の中の文であるが,これを一読してすぐに記者の意図したとおりに読みとることはかなり難しいと思われる. (3)……学級規模を小さくしてよりきめ細かな指導をすることが…… 記者の意図は (3)’……小さくして,よりきめ細かな指導… のように分析して読むというつもりであったと思われるが,それにしても(4)は「より多くの母性」なのか「より多く発揮する」のつもりかわかりにくい.本当は「より母性的になる」という意味で用いたものらしい. 日英語対照研究の基礎 以下,基本的な用例をあげて,英語の比較マーカーの使い方と,それを持たない日本語が,「比較」の意味をどのような語法でカバーしているかの2点を対照的に考えてみよう. (5)早い!(That's too fast.Go more slowly!) この(5)の「早い!」は,ある三曲(琴,三絃,尺八の合奏)の舞台げいこの時に尺八の奏者が,他のパートよりも急ぎすぎて,先へ,先へと吹奏するのを,近くにいた師匠がとがめて「それは早すぎる,もっとゆっくり構えて吹奏しなさい!」と注意したときの発言であり,(6)の「早く!」は体操の時間に,のろのろと走っている生徒がいたので,「もっと早く走れ!」と指示するつもりで言ったことばである. (7)I have never been happy. この(7)は happy という原級を用い,(8)は happier という比較級を用いているが,その違いは,次の日本語文で明らかになる. (7)’私は幸福であったことは一度もない. つまり,(7)と(8)は同じように見えて実は意味が反対になるのである. 絶対意味と相対意味 (9)John is now old. この文を見ると,(9)と(10)の‘old’は‘young’の反対語で「年寄り」「高齢の」の意味であるが,(11),(12)の‘old’は「高齢」という意味ではなく,Tomが老人であるという前提はない.(11),(12)では人間として生きている以上は,常に何ほどかoldであることを前提としている.たとえば生まれて1日たった赤ん坊について,He is one day old.と言うことができる.このことは(13)の比較級 older,(14)の最上級 oldest についてもあてはまる.(9),(10)の old のように,高齢者であることを前提とする形容詞の意味を相対意味,(11),(12)の old,(13)の older,(14)の oldest のように,高齢者であることを前提にしないで使われる old の意味を絶対意味と呼ぶ. (15)This is the fast train.(相対) 発想の違い 次に‘worse’を用いた英文を2例あげて,それぞれの和訳と比較して,日英間の発想の違いを考えてみたい. (21)It might have been worse. ある人(A)が株の売買で10万円の損をした.それをなぐさめるつもりで,その友人(B)〔アメリカ人〕が言ったことばが(21)で,その和訳が(22)である.(21)と(22)とがあまりにかけはなれているように見えるが,日本人ならば,そういう場合に(22)のように言うのがふつうで,もし,この(21)を,「それは,もっと悪かったかもしれない」などとすれば,全然(21)の意味は伝わらない.状況はこうである. 1.Aは株売買により,10万円損をした. これだけの状況を踏まえて,改めて(21)を見れば,日英の発想の違いは次のようにまとめられる. (A)英語では,可能性として存在した worse な状態を指摘し,実損の軽さを含意として伝えて,それをなぐさめのことばとする. 次に,もっと日常的な出来事についての発言を見よう. (23)He was none the worse for the fall. この(23)の意味が(24)の日本語の意味と同じだということがわかってしまえば,とくに発想の違いがあるようには見えないかもしれないが,私は(23)の文は(24)と比較してみるとき,そこに英語の<nominalization(名詞化)>という特徴がよく表れているという点で重要であると思う.この名詞化というのは,ある状況を説明するとき,<動詞よりは形容詞><動詞,形容詞よりは名詞>を表現手段として用いることをいう.(24)で「転落する」「ケガをする」と動詞を使って表現されていることが,(23)では,それぞれ the fall,none the worse と,名詞,形容詞を使って表現されているところに発想の違いを見ることができる.いうまでもなく,none the worse の the は The more,the better.の the と同じであって,これは定冠詞ではない. 比較の角度 最後に前回と同じくGraftonの推理小説からの引用によって比較の角度の違いということを考えてみたい.いま, (25)A>B という記号があるとする.これは (26)AはBより大きい. のどちらの意味を表しているかということは問題にならない.あるいは(25)は(26),(27)の意味を同時に表しているともいえよう.しかし,自然言語でいうときには,(25)の意味として(26)か(27)のどちらかを選ばなければならない.その選び方の相違を「比較の角度」と呼ぶのである.次の(28)は,「病院へ行ってカルテを調べればいい」と言われた探偵が「そんなことは不可能だ」と答える場面である.以下の3例では英語では(26)の型を意味または暗示し,日本語では(27)の型の表現になっている. (28)You don't know hospitals.I'd have better luck getting access to state secrets. −K.Ch.8 病院というものを知らないからそんなことが言えるんですよ.カルテを調べるなんてことは,国家機密を探り出すことよりも,はるかにむずかしいと私は思いますよ. (29)Electronic surveillance is expensive,illegal unless authorized by the court,and looks a lot easier on television than it is in real life. −E.Ch.20 電子機器で監視するなんてことは,金はかかるし,裁判所の許可がなければ不法行為だ.それに,それはテレビで見れば,たやすいことに見えるが,実際にやるとなるととてもむずかしいのですよ. 次の(30)は女性が就寝前に化粧落としをする場面で,as meticulousはそのあとに〔as she〕を補って解する. (30)I've seen dental hygienists who weren't as meticulous in assembling their instruments. −K.Ch.11 通例歯科衛生士は必要な道具を台皿の上にキチンとそろえて並べるものだが,今晩,彼女が化粧落としの品を鏡台の前に並べるときの周到さは,歯科衛生士にまさるとも劣らぬものだった. Sue Graftonの作品の略号〔前回に引用したものを除く〕:E=‘E’is for Evidence |