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多読・速読のすすめ
−恩師から読書の重要性を教えられて−
西南女学院大学人文学部英語学科教授
佐賀大学名誉教授
大里文人
 
はじめに

 「時代とともに教育は変化し教室も変わる」というのが、45年間の教員生活を振り返って思うことのひとつである。音声中心のコミュニケーション重視の英語教育が叫ばれて久しく、その流れは今や小学校英語教育の導入へと展開している。一方その陰で、文字中心の読解力低下や文法軽視の傾向に懸念が投げかけられているのも事実である。英語教育は音声重視と文字重視の繰り返しとも言える。ここでは私の高校時代の恩師の便りを紹介しながら、多読・速読の重要性を先生方とともに考えてみたい。

 
高校時代の恩師の便りから

 私は戸畑高校(北九州市戸畑区)の出身で大学は教育学部外国語学科に進学した。入学直後から大学での学問に不安や悩みができたので、高校時代の英語の恩師(芳賀敬治先生、私たちが高校を卒業後、大学院に進学、後に北九州大学教授で亡くなられた)にハガキで2つの質問をした。勉強の仕方と英会話についてであった。なんと便箋13枚にわたる長いご丁寧なお返事をいただき、45年を過ぎた今も「家宝」として私を導いてくださっている。
 高校時代には「読んだ本が1メートル以上になるように読め」「岩波文庫に入っている本は皆読め」との先生の励ましで、私たちは目を丸くしながらも日本語・英語を問わず教科書以外の副読本を次々と読んでいくように習慣づけられていた。いわゆる、「多読・速読のすすめ」である。当時読んだイソップ物語、アラビアン・ナイト、ロビンソン・クルーソー、ハーンの奇談・怪談、バーネットの秘密の花園、G.オーウェルのアニマル・ファーム、対訳版の天声人語…などは、今でも本棚から取り出して手にとってみると懐かしい。また、読み進みながら独自に作成していった文法ノートや活用文例集、頻出単語帳などの工夫や挑戦も今なお快い受験勉強の思い出となって私を勇気づけてくれている。

 
多読・速読の教育方針に導かれて

 大学生になった私はそれまでの短編でなく長編小説 『風と共に去りぬ』(ミッチェル、英語版、862ページ)に挑戦したが、一日に数ページではなかなか進まないので窮状を訴えた。それに対する先生の言葉は、「当たり前だ。まとまったことをやっていないのだから。その進め方、いくら考えたところで解決のつくものではない。読まなきゃ話にならない。もし読解力をつける目的で読むならば、そうした作品は速読にふさわしい。僕は学生時代に一日100ページを実行した」であった。
 先生の体験に基づく言葉はまだ続く、「とにかく何でもいい、手に入るものを片っ端から読んでいくことにした。ポーの短篇集、ド・クゥインシーのオピアム・イーター、スティーブンソンの新アラビアン夜話、スコットのアイヴァンホウ、アービングのスケッチブック、ホーソンのトゥワイス・トールド・テイルズ、シェイクスピアのハムレット、ロミオとジュリエット、シーザー、お気に召すまま、ヴェニスの商人、カーライルの衣裳哲学、ゴールズウォージィの劇、シェリーの詩、ワーズワースの詩、エマスンの代表偉人論、ハーンの詩論・・・なかなか思い出せない」〔これだけ思い出しているのに、と私はびっくり!〕。さらに、「シェイクスピアも難しくて、坪内さんの訳本を参考にしながら、それでも、一篇を読むのに、一日8〜10時間を費やして、まる一週間かかった」「汽車で九大に通った(当時片道2時間かかった)ため車中で読むことにした。シャーロックホームズの一篇が、片道で丁度読めたから一日に2篇、こうして60篇(5冊)を全部読むのに、5週間でよかったから、この車中での読書だけでも、積み重ねるとかなりの分量になる」〔とにかく先生の読書への迫力に圧倒され自分の勉強や大学生活を考え直すきっかけとなった〕。
 文学、英語学、英語教育学を専門にするにしても、あらゆる分野の知識や思考力・判断力のバックがなければものにならぬということらしい。13枚におよぶ先生からの便りの迫力、熱意、学生を思う気持ち、本物の実力というものをこの紙面で十分には伝えることは出来ないが、その一端を引用で紹介してみた。手紙の最後に、当時の私が英語で読める本として、先生はブロンテの『嵐ヶ丘』、その姉さんの『ジェーン・エア』、へミングウェイ『武器よさらば』、ディケンズ『デイビッド・コパーフィールド』、モーム『人間の絆』を推薦された。

 
教育講演会や受験合宿などで生徒に伝えて

 私の30年近い佐賀大学教育学部(現、文化教育学部)勤務時代には高校の教育講演会や受験合宿などで「能力・努力・運―効果的な英語学習方法」といった視点から生徒の皆さんにこの恩師の便りを朗読する機会をいただいた。多くの生徒から、便りの迫力と先生の熱意への感動とともに、英語の物語を毎日少しでも読み始めたいという感想を手にしていたことが思い出される。今でも機会があれば、大学の講義や出前授業の中で紹介する。昨年末は、本学(西南女学院大学)の図書館報に上記内容を一部修正して紹介したところ、内外の大学生や教職員の皆さんから、もっと早く、例えば、高校時代にこのような記事を読んでいれば勉強方法も変わっていたとか、便りのコピーが欲しいなどの反応が寄せられ面食らっている。
 ただ、今日的には古典や名作ばかりではなく、人気沸騰中の‘ハリー・ポッター’シリーズ(J.K.ローリング)をはじめ、スヌーピーやチャーリー・ブラウンでおなじみの漫画『ピーナッツ』(チャールズ・シュルツ)など、高校生に話題の著作への誘導が必要なことは言うまでもない。

 
基礎・基本の定着と滲み出る教養

 大学進学によって文系、理系、医薬系とそれぞれ専攻学科は分かれても大学で培う教養の基盤は同じであろう。あらゆる分野の読書からくる「滲み出る教養とマナー」こそが生徒一人ひとりの人間形成の「要」になる。私の場合、恩師による高校時代の多読・速読の教育方針とそれによって培われた読書習慣には今なお感謝の日々である。ぜひとも、高校生活で教科書以外の本を読むことの面白さを生徒に経験させたいものである。それが基礎・基本の定着とともに英検や TOEIC などの資格取得にも繋がり、学力低下をも防止する最善の方法になるのではないだろうか。先生方におかれましては、どうぞ独自のアイディアやキャラクターを生かして、生徒さんの将来に思い出の残る楽しく深みのある授業改善の試みを工夫されますよう期待している。