「今日,街で外国人を見かけた」,と子供が夕食のとき報告したとすると,その外国人は「白人」を意味します。北海道だけかと,思っていたら,当代の作家,鬼平犯科帳の,池波正太郎の『私の風景』朝日新聞社1997年1月1日発行16頁,『谷中の異人屋敷』に,氏が幼年期に,初めて外国人を見た時のことに触れています。
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「……従兄の声にうながされ,異人屋敷を見やると,金髪の,眼の青い,まるで相撲のように大きくて白い躰の女が門から現われたので,びっくりした。これが私の,生まれてはじめて,外国人をみたときの印象である」
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1923年東京生まれで東京育ちの氏が,この体験以前に,朝鮮半島の人,中国人,を見たことがないはずはありません。氏の,「外国人」は,白人を指しています。黒人であれば,「黒人を見かけた」とか,インド人であれば,「インド人を見かけた」,と言います。「外国人を見かけた」とは言いません。辞書の定義とは,違う使い方をします。「あの人は外人のように足が長い」,と言いますが,短足の外人だっています。
『広辞苑』の定義は,
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「[1] 他の国家の人民。異国の人。[2] 日本の国籍を有しない人。」
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とあります。小学館の『大辞林』も大同小異です。
英語の世界にも,似ている事象があります。「人には指は何本ありますか」,と日本語で尋ねられれば,「10本,待てよ,足にもあるから20本が正解かな」,と思います。でも,“How many fingers do you have?”と,英語で聞かれると,事情が少々変わります。足の指はすべて toe で, finger ではありません。手の親指は thumb で,これも finger ではありません。しかし答えは ten です。
辞書で finger にあたると,「手の指,ただし,親指は除く」,とあります。この定義に従えば,“How many fingers do you have?”の答えは,“Eight.”となるべきですが,英語人は “Ten.”と答えます。辞書の定義とは違います。解剖学の問題でしたら,“Eight.”が正解でしょうが,普通は “Ten.”です。その証拠としては,試合中,ボクサーが激しく殴られ,受けたダメージの程度を知るため,セコンドが,
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“How many fingers am I holding up?”
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と,朦朧としているボクサーに聞くことがあります。左手の5本の指と,もう一方の手の人差し指で six を示します。この場合も,thumb を finger として数えます。
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“We couldn't talk, so he held up six fingers to tell me the time.”
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「声を出すわけにはいかなかったので,6本の指で男は私に時刻を告げた。」 |
この場合も,thumb は finger の範疇に入ります。
もし,人が,掌を上にして,両の手をあなたに差し出しながら,“Give me ten.”と言ったなら,あなたも両の手を開き,親指も加えて,10本の指,全部で,答えます。喜びを分かち合うジェスチャーです。“Give me five”なら片手の指全部です。親指も入ります。
英語教師は辞書が頼りです。しかし,金科玉条にするのは,危険です。
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