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Ritual
儀式
旭川工業高等専門学校教授
十河 克彰
 ノーベル賞の小林,益川両先生が,TVカメラの前で握手をしました。握手の感想を聞かれた益川先生は一言,「儀式」,と答えました。「儀式って何?」,そうだ!これは ‘ritual’ だと思いました。先生の頭には,‘ritual’ があり,反射的にその訳語「儀式」が口に出たのではないかと思います。
 儀式,‘ritual’ は,決められた通りに進められます。それでこの言葉は,日常生活では,宗教と関係なく,ある,「一連の決まり切ったやり方」を指します。たとえば,LDCE (1981)の用例に,

“She went through the ritual of warming the teapot before she put the tea in.”

「その女性は,紅茶の葉をティーポットに入れる前に,ティーポットを温めるという儀式を手順通り行った」(筆者訳)

 とあります。紅茶通の人は,一定の手続きを踏んで紅茶を入れます。また,先祖伝来の器を並べて,客を招き,一度使うと手入れの大変な銀のスプーンまで持ち出します。労はいといません。決まった手順で入れます。
 紅茶に関する表現に,次の表現もよく耳にします。

“Don't bring the boiling kettle to the teapot but bring the teapot to the boiling kettle.”

「沸騰しているやかんを,ティーポットのところに持って行くのではなく,ティーポットを沸騰しているやかんのところに持って行きなさい」(筆者訳)

 これを怠る輩は tea を語る資格のないものとされます。ペットボトルに入っている紅茶や,器に tea bag を入れ,これにお湯を注ぎ,事足れり,とする人には,こんな面倒なことは,‘ritual’ に過ぎません。ただの形式です。この LDCE の用例は,紅茶を飲むため,面倒なことをする女性をからかった,とも言えます。でも紅茶を愛する人にとって,面倒な手順を踏むことは当然であり,不可欠なことです。形式ではないのです。微妙な紅茶の香りを楽しむにはそれなりの苦労がいるのです。それを‘ritual’ などと言われると,憤慨します。わが国の茶道は,‘ritual’ の集合体で,‘ritual’ なしには成立しません。

“Some people are saying that registered marriage is just a ritual. Marriage life depends upon not a sheet of paper but how much they love one another.”

「婚姻届はただの儀式と言う人がいる。結婚生活で重要なのは,一枚の紙ではなく,二人がどれだけ愛し合っているかだ」(筆者訳)

 結婚しても入籍しない人がいます。入籍など,‘ritual’ と言うわけです。しかし国家は国民で成り立っています。その国民を生み,育て育むのは夫婦を中心とした家庭です。入籍は“ritual” などではありません。国家の基幹をなすものです。
 ‘ritual’ に関して,思い出すことがあります。

“He went through his morning ritual.”

「男は(一連の)朝の彼の儀式を行った」(筆者訳)

 男は毎朝,出勤前にすることがあります。歯を磨く,顔を洗う,ひげをそる,等々です。朝の ‘ritual’ です。これをしなければ一日が始まりません。
 この表現に出会ったとき,アメリカ人の先生に聞きました。「男の朝の儀式は決まっているのだから,‘the ritual’ とすべきでないか。先生の答えです。
 「洗顔の後, 歯を磨くか,歯を磨いてから洗顔するのか。髭剃りは,電気かみそりか,各自それぞれ異なる。よって ‘his ritual’ となる。」