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Ranald MacDonald and Einosuke Moriyama
Japan's First English Teacher and His Student
日本最初の英語教師と弟子
ラナルド・マクドナルドと森山栄之助
旭川工業高等専門学校教授
十河 克彰

 日本最初の英語を母語とする,アメリカ人英語教師,Ranald MacDonald が教科書に登場しました。彼に関する本,吉村昭の『海の祭礼』,マクドナルド,彼自身が書いた,「マクドナルド『日本回想記』」(刀水書房,富田虎男訳)と読んでいくうちに,彼から英語を学んだ,森山栄之助についてもっと知りたくなり,ペリー著 THE JAPAN EXPEDITION 1852-1854,に至りました。長崎で Ranald MacDonald が教えた弟子,森山栄之助のことを,ペリーが書き残していないかと思ったからです。「親を見たけりゃ,その子を見よ」と言います。「師を見たければ,弟子を見よ」も当然成り立つかと思います。
 ありました。1854年4月16日,二度目の来日の折,ペリー一行は横浜村を散策しています。この時,森山栄之助がチーフ通訳として同行した,とあります。 どの村に入っても,女性がいません。女性のいない人間社会は不自然です。どうやら,行く村々に,前もって使者が派遣され,女性は下層民と同列に扱われている国だから,排除されているのだと,提督は思います。Any of the villages or hamlets,どんな小さな集落に入っても,いないのです。それで通訳長の森山栄之助に,ペリーはそれとなく言います。

  “When I mentioned this to the interpreter he adroitly ascribed it to their modesty or shamefacedness.”
(註;p.180)
「私が何気なくこのことに触れると,くだんの通訳は,彼女らはひかえめであり,極度に羞恥心が強いためである,と adroitly に説明した」
(筆者訳)

 この時,幕府が一番恐れていたことは,尊皇攘夷の急先鋒が,提督に危害を加えることです。江戸湾内の艦船にいるペリーには手出しはできません。しかし,地上は危険です。ペリー自身が書き残しているように,「どの方向にも道がついている横浜村」は,彼を襲撃するのには理想的な場所だったのです。農民姿で,襲撃することもありえます。4月半ばなのに,農作業をしている人を見かけたと,ペリーは一言も記録していません。多分外出禁令が出ていたのだと思います。幕府は厳重な警戒態勢を敷いていたのです。
 吉田松陰がアメリカ密航を求めたのは,このときの黒船です。後年,生麦事件が起きたのも横浜です。
 ペリーが何者かに襲われると,江戸は艦砲射撃で火の海になります。事件が起きれば,日本は大混乱を起こし,即,列強の植民地になりかねません。
 When I mentioned this……,とペリーは言います。正面きって,「女性がいないのはなぜか」と聞いたのではありません。 mention したのです。何気なく聞いたのです。ペリーは探りを入れたのです。もし,森山栄之助が,テロから提督一行を守るため,警戒を厳重にしているので,女性,子供と言えども排除している。完璧な警戒態勢を敷いているのでご安心あれ,と言えば日本は国論が割れ,国民は一枚岩でなく治安の悪い国だ,とペリーに知られ,幕府の非力が伝わります。日本は平和な国で何も心配は要らない,と imply したのです。
 ascribe は「理由を示して説明する」です。日本女性について,さして情報を持たないペリーが,反論できない理由をあげたのです。すなわち,日本女性の性質など,ペリーが知らないことは,先刻知っていたのです。理詰めでくる欧米人に,つけ入るすきを与えなかったのです。頭にきたペリーは,

  “But on telling him I did not believe a word of what he said−a charge not considered reproachful to a Japanese interpreter whose duty it is to lie−……”
(註;p.180)
「そんなことは一言も信じられない,と言ってやったが,嘘をつくのが日本人通訳の(上層部から命じられた)仕事なのだから,日本人通訳に,とがありとは思えない」
(筆者訳)

 嘘つき呼ばわりされることは,今も昔も欧米では最大の侮辱です。男が,面と向かい,“You liar!”と言えば,決闘だ!と言って,侍も gentleman も死を賭して名誉を守らねばならぬ時代です。しかしペリーは森山栄之助を非難していません。下の者は上の命令通りに動くしかないことを,組織の人間としてペリーはよく知っていたのです。それに,日本女性に関して反論したくとも,反論できる論拠など,持ち合わせていなかったのです。一方,すでに,オランダ人の考え方を学んでいた森山栄之助は,アメリカ人の思考も同じだと,Ranald MacDonald を通して確認していたのです。「女性のいない理由を adroitly に通訳は説明した」とあります。もし森山栄之助が,嘘をつき,ずるがしこい方法で説明したのなら,当然,shrewdly,cunningly, subtly をペリーは使ったはずです。adroitly には悪い意味はありません。ほめ言葉です。ペリーは森山栄之助を嘘つき呼ばわりしても,反論できず,彼の見事な返答に一本取られたのです。彼の英語の巧みさを,ほめているのではありません。
 日本最初の英語を母語とする英語教師,Ranald MacDonald は教え子,森山栄之助をして,ペリーに adroitly と言う語を使わせた偉大な英語教師なのです。ひょっとして森山栄之助とペリーの間に,友情のようなものが, 芽生えたのでないかとさえ思います。

註:
The Japan Expedition 1852-1854, The Personal Journal of Commodore Mathew C. Perry (1968) edited by Roger Pineau with an introduction by Samuel Eliot Morison, Smithsonian Institution Press, City of Washington.