福岡県遠賀郡水巻町立伊左座小学校校長 佐野 憲夫
中国北京より北に200kmほど行ったところに河北省豊寧満族自治県がある。大都市北京の繁栄とはかけ離れ,自然条件の厳しい土地のため,なかなか豊かになれない山村がいくつも点在する。交通の便の悪い山奥の中に学校があり,子どもたちは遠くからいくつも山を越えながら学校へやってくる。 中国山間部,中でも内陸のいわゆる少数民族と呼ばれる人たちが住んでいる地域は,今の我々の生活から考えて想像を超えた貧しい生活を余儀なくされている。しかしこの村の人々や子どもたちはとても生き生きしている。厳しい自然条件とは裏腹に,村人はたくましく,しなやかで,そしておおらかに暮らしている。
この山村の小学校の支援に関わってすでに10年近くになる。はじめは学校に行けない失学児童の経済的支援のため奨学金を送る運動であったのが,現地を訪問する活動に変わった。訪問するかたわら,学用品やボール,跳びなわなどを持って行くようになった。中国のことわざに「錦上に花を添えるのみ有りて,雪中に炭を送るは無し」とある。人に錦を贈る時にさらに花を添える人はいても,雪の中で寒さに凍える人にわずかな炭をあげる人はいない。栄誉ある者にさらに花を添えることはあっても,貧乏な者に援助の手をさしのべることはない,という意味である。 援助の必要なところは中国でなくても日本国内にもある。それなのにわざわざ中国に出かけるのは,錦上の花でも,雪中の炭でも,人と人が出会うことが重要であり,顔を合わせて言葉を超えるナマの感覚で接すること,これほど多くの人が自分たちの訪問を待ち望んでくれていたのかと思うと,「ああ,来てよかった」という感動がこみ上げてくる。 1993年9月,日中国交正常化20周年の記念事業として,ユネスコ北京事務所の武井所長の呼びかけで資金が集められ「豊寧希望小学校」が建設された。この援助者の中から教育関係者を中心に「中国豊寧支援福岡県有志の会」が発足した。学校ができても学校に行けない子どもたちがたくさんいる。またこの年は「国際識字年」にあたることから非識字者をなくす運動として,失学児童に対する奨学金運動が始まった。
毎年夏休みの最後の1週間,失学児童の多い学校を訪問して教育交流を行っている。ユネスコ北京事務所のボランティアグループの助けを借りて現地を訪問し,様々な教育活動を通して交流を行っている。参加者は現役の教員を含め広範な市民であり,言葉は話せなくても集団遊びや折り紙,縄跳び,ボール遊びなど,日頃,日本でもやっていることをここでも行っている。
生活するのに精一杯の村では,教育に対する予算も出ない。古く老朽化している校舎や教室の中で,子どもたちは学んでいる。建て替えの必要な校舎は数多くあり,建設資金の援助を求められる。これまで二校(干溝尭田川希望小学校と東営子筑豊希望小学校)の建築援助を行った。物やお金の支援はあまりすべきではないという意見もあるが,実情を知ると何とかできることはしてあげたいという気持ちになる。
『有教無類』(教え有りて,類無し)とは,この国の孔子の言葉であるが,教育に携わる者にとって,学ぶ子どもたちの姿に何か「尊いもの」が見えてくる。両親や家族を楽にさせたいために学ぶ。将来,国と社会のために有用な人材になるために学ぶ。豊かになるために学ぶ。ここにはかつての日本以上に,希望や夢を持ち続ける子どもたちがたくさんいる。
また,高学年の児童には,水墨画やプリントTシャツ,習字なども行っている。日本の子どもたちの図画や習字の作品の交換や制作交流を行う一方,このように現地での文化的な交流ができるようになったのは,現地で十分な交流の時間をとることができるようになったからであり,その意義はきわめて大きい。Tシャツに書かれた絵や文字はアイロンで密着させ,洗濯しても消えないようになる。昨年作ったTシャツをわざわざ着てくる子どももいる。 自分の名前のほかに,日本の子どもたちと友達になりたい,という言葉も書かれている。
大都会の喧噪から離れ,空も山もすみわたり,この上なく空気がおいしい。移動する交通機関もなく,テレビなどの情報も十分ではない中で,ここにしかないものがある。お互いが助け合う気持ちの優しさもその一つである。ここでの生活は協力なしでは成立しない。だから大人も子どももみんな協力して,遠来の客人に対して一番のもてなしをしてくれる。 ロバやブタ,アヒルやガチョウなどの動物や草原の草花にも心がいやされる。
人は,誰かから想われる存在でありたいと願うものであり,またいつも心の片隅で誰かを想いながら生きていくものだと思う。※ホームページ参照(中国豊寧希望小学校支援福岡県有志の会) http://www3.ocn.ne.jp/~honey-c/
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