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授業実践記録(物理)

安価にできる生徒実験の実践例-物体の空中衝突-

大阪府清風高等学校 木田 忍

背景

「物体の運動」は,物理を学習する生徒たちが最初に学ぶ分野であるため,授業の内容や印象はとても大事であり,その後の物理の学習に計り知れないほど大きい影響を与える。なぜならここでの学習で楽しさを感じてくれると,子どもたちは物理に対し苦手意識を持つことなく,物理そのものを好きになってくれる場合が多いからである。逆にこの初期段階で苦手意識を持ってしまうと,物理アレルギーになってしまう危険性がある。こういった意味において,「物体の運動」での授業展開や実験内容などは,とても大きな意味を持つので慎重に取り組まなければならない。

今回は,「物体の空中衝突(かつてはモンキーハンティングと呼んでいた)実験」を取り上げて考えてみた。空中衝突の現象は初学者にとって,とても興味深い不思議な物理現象であり,また物理的な現象を考える上でも「物体の運動」のまとめとなる内容を含んでおり,様々な知識や物理的考察を要するとても良い実験である。

現状

物体の空中衝突実験では,弾丸を発射すると同時に物体(ターゲット)を自由落下させることが非常に難しく,多くの場合,電気信号によって物体を自由落下させている。ただ電気回路を含む装置は非常に高価であり,実験装置も複雑になってしまい,子どもたちに積極的に参加させることは難しい。また実験操作もボタンを押すだけの単純動作になってしまい,物理現象を見せるだけの演示実験としては良いが,生徒たちは実験に直接的に参加できないので面白みを感じられないという欠点がある。一方で空中衝突について,子どもたちが物理現象を理解しているかどうかと言えば,物体が自由落下するイメージは抱きやすいが,質量の小さい弾丸が放物運動する際に鉛直方向に物体の自由落下と同じ距離だけ落下するイメージは抱きにくいのが現状である。物体と比べて軽い弾丸はあまり落下せずに,発射後もそのまま直進してしまうイメージを持っている。

目的

・ 全員が楽しく参加でき,物体の空中衝突を体感できる安価(1コイン100円程度)な実験装置の具現化

・ 物体(ターゲット)を狙う角度や位置から,軽い弾丸にも物体と同じだけの大きさの重力加速度がはたらき,弾丸と物体との鉛直方向の落下距離が同じであることを気付かせる。

・ 物体(ターゲット)から弾丸を見たときにどのように見えるかを考えさせ,物理的考察力を養う。

実験手順

①準備品(6人グループを設定)

クリップ2個,たこ糸(10m程度),ポテトチップスの容器(紙筒),チョーク,塩化ビニルのパイプ棒(内径:13mm,外径:18mm )100cm程度,輪っか,ビニルテープ(黒or赤),スタンド,ペットボトルのキャップ,ガムテープ

②弾丸

チョークをビニルテープで2重巻きにして弾丸をつくる。チョークの長さは3cm程度が望ましい。

→ビニルテープを巻くと質量が若干であるが重くなり,軌道が安定する。軽すぎると空気抵抗によって軌道が安定しない。また当然ながらチョークの粉砕を防ぐ効果もある。

→テープを巻きすぎるとパイプ内で詰まるので注意する。テープの色は弾丸の軌道が見えやすくするために赤色か黒色が望ましい。

→様々な弾丸が考えられるが,木製などの材質にすると軽すぎて,揚力により弾丸軌道が上空側にホップ,もしくは空気抵抗により軌道が安定しないのであまり適さない。

→重い材質にすると弾丸が発射できない,もしくは人に当たると非常に危険であるので適さない。

これらの理由により,最終的な材質としてチョークにたどり着いた。

弾丸(チョーク)

③弾丸を発射させるパイプ棒

パイプ棒の先端に図のようにクリップをテープで巻きつけて固定する。

弾丸を発射させるパイプ棒

④ターゲット(狙う物体)

ポテトチップスの紙筒の中にペットボトルのキャップを入れて,フタをしてフタの中央部にたこ糸を通し固定する。紙筒の代わりにアルミ缶などを使用しても良い。

→弾丸が紙筒に当たったときに衝突音がしてわかりやすい。ターゲットを猿のぬいぐるみ等でやっている実験が多いが,弾丸とターゲットが衝突したときに衝突音が鳴らないので,弾丸が命中したかどうか判断しにくい欠点がある。

ターゲット(狙う物体)

⑤弾丸を発射させるパイプ棒の固定

パイプ棒を2台のスタンドで固定し,パイプ棒の先端にたこ糸を固定し(実験手順③参照),天井などに輪っかを貼り付け,たこ糸を輪っかに通して,ターゲットを空中に安定させる。パイプ棒とターゲットとの距離は,初心者なら3m程度,慣れてくれば5m以上でも大丈夫である。

(発射台からターゲットを見た様子) (発射パイプ棒の拡大写真)
発射台からターゲットを見た様子 発射パイプ棒の拡大写真
(実験装置の全体写真)
実験装置の全体写真

⑥弾丸の発射

弾丸をパイプ棒に入れて息を吹き込み,弾丸を発射させる。発射と同時に,物体を吊り下げているたこ糸が,パイプ棒の先に固定したクリップから外れ,物体が落下する。

発射と同時に物体が落下する原理

*パイプ棒の中からターゲットが直接見えるようにパイプ棒を固定すれば,必ず命中するが,生徒たちには,あえて何も伝えずに自分たちで命中する角度などを調べさせる。

⑦弾丸がターゲットに当たるまでの回数を数える。

実験結果

・ 一人当たり(40人クラスを想定)の費用負担100円以内で空中衝突実験装置を組み立てることができた。

・ 弾丸が当たるまでの平均回数 4~5回

 →ターゲットが落ちることを予想して,最初に空中に固定されていたターゲットの位置よりも低い位置を狙う傾向がある。弾丸のように軽くて水平方向に飛んでいるものは,重たく鉛直方向に落下する物体に比べて重力の影響を受けにくいと感じているらしい。ただ,修正をして5回前後で最終的にターゲットを当てることができた。

・ 実験の様子をYou Tubeに載せてみた。

検索ワード
「演示実験 モンキーハンティング」
「モンキーハンティングPart1」
「モンキーハンティングPart2」

実験結果の考察

・ 準備物がほぼ全て身近なものばかりで手作り感満載であるので,子どもたち全員が実験に積極的に参加できたと感じる。また,身近にある安価なものばかりなので,いつでも利用できる利便性がある。

・ 同一時間において,ターゲットが落下する距離だけ,発射された弾丸も鉛直に落下することに気づいた。また,物体の質量に関係なく同じ距離だけ落下することにも気づけた。

ターゲットを直接狙うと当たる

・ 物体(ターゲット)に対する弾丸の相対速度がV0であることから,弾丸が常に図の角度θ方向からV0 の速さで向かってくるように見えるので,弾丸は必ず物体に衝突することがわかる。

・ 生徒たちは,弾丸を発射させて物体に当てること自体が楽しいらしく,とても積極的に取り組めたと感じる。理科実験で最も大事な「なぜ?当たるのか?」といった「好奇心」を抱かせることができ,物理基礎の最初の実験としては,とても内容のある実験であったと感じる。

今後の方針

・ 生徒たちに実験の楽しさを伝えることはできたので,次段階として,本当に物体の質量が変化しても重力の影響が同じなのか?を確かめる。

  例)乾電池1個と2個とで地面に落下するまでの時間を測定させて,落下時間を比較して,質量の影響を調べさせる。

・ 最終段階として,鉛直方向と水平方向から放物運動を考察させて実際に演習をさせて確かめさせる。

終わりに

物理的な理論なども大事であるが,本質的に「なぜ?」「ターゲットに当てたい!」などの実験本来の楽しさを感じさせることができたので,当初の目的は達成できたと感じている。ただ,今後の取り組み内容も大事である。また子供たちだけでなく意外にも理科に慣れているはずの新人教員たちも楽しく熱心に取り組んでいたのでとても意味のある実験であったと感じている。

◇高校物理基礎実験講習会2016 in 大阪

物体の空中衝突に熱心に挑戦する若手教員たち(参加人数40名程度)

高校物理基礎実験講習会2016in大阪