もくじ

2008年2月架線

山陽本線の上り電車に乗って,車窓を眺める小旅行をした。
新幹線でなく在来線に90分程乗った。
色々な電線が目に飛び込んでくる。架線に電力を送り込む高圧線から通信線まで多様に何本も平行している。
数日前のテレビのクイズ番組で,電線をゆったりとたるませて張っているのはどうしてでしょうかというのであった。
電線の伸び縮みに対応するためにという正解の説明が続いていた。
車窓から見る遠くの山の送電線も確かにしっかりそうしてある。

停車した駅の,向こう側のホームレールのつなぎ目に確かに隙間がある。
同じ場所で,夏の写真を撮っておこうと考えた。

でも,電車の動力を供給する架線はパンダグラフときっちり接しなければいけないだろう。ピンと張っておかねばならいのであろう。そのための工夫がたくさんある。
ある距離毎の電柱に,コンクリートの錘が下げてある。
ポケットからカメラを取り出して早速撮してみた。

2008年1月太陽の影

めずらしく校長室の机に長くついて仕事をしていた。
給食の時間も近づいていた。ふと見ると机の上に窓の影が映っていた。 冬至のころと比べるとずいぶん影の位置が変わっていた。もう1月ものこりわずかになってきた。

昨年の夏至の前の週には稚内に行っていた。

衛星アンテナの向きがずいぶん下向きなのに驚いた。同時に太陽の動きが私のすんでいる地方と異なるのも実感した。家に帰って天文年鑑年間を開いて納得したこともあった。 四季の巡りも自分の住んでいるところ大いに異なるのだろうなと感じた。

四季の巡りの中で子どもは育つのか四季の巡りが子どもを育てるのかという書き出しの本があった。体育関係の地方発の刊行物であった。 教育活動と自然環境との関わりは不可分のところがある。言葉のうえだけでの二十四節季,季節だけでなく,四季の巡りと学校生活との接点を設けたいものだ。

学校に帰ってから夏至の日,太陽が出る前に校門のカギを開けた。もう明るくなってはいるが学校に隣の幼稚園でラジオ体操をする人たちも,まだいなかった。

日の出の掲揚柱の影を,マジックでマークした。正午の影もマークした。校舎の幾つかの場所におなじようにした。

もうすぐ正午になる。
校内巡視をするときに,太陽の影をみておこう。

朝会の今朝の話はこれにしよう。

2008年1月とんど

氷雨の降るなか,しめ飾りを「とんど」に入れに行った。私の住んでいる地方でも,この時期「とんど」祭りが行われている。多くは成人の日の前の日に行われていたが最近は,地区によって異なっている。

私の生まれたころ,「とんど」はすたれていたが,30年くらい前から町内の川原で行われるようになっている。

今年の正月は,しめ飾りの稲穂をついばむ雀の声で目覚めた。
私たちの地方では,しめ飾りに稲穂をつけている。
一夜飾りを防ぐために,30日に掃除を済ませた後飾るのが好ましいとされている。
私が子どもの頃から,しめ飾りをつけると,近所の雀がやってきてお食事会を始めるのが常だった。ところが最近は雀がすぐにはやってこなくなってきていた。昨年は雀がやってきたのは,正月の5日であった。職員室の話題になったこともあった。今年は,早めにやってきたのだなと,思わずにこっとしたものだった。

「とんど」は,集落によって微妙に異なっている。稻わらを編んでつくる袴や,緑の杉の枝を匠に配してアクセントをつけたり,青竹の組み方などそれぞれの集落の特徴ががある。これを見て回るの大好きである。「とんど」焼きは最近は日中に行われている。見渡すとあちこちから煙が立ち上っていくのが見える。自動車を走らせて「とんど」焼きをみるのも大好きだ。

しめ飾りや書き初めなどが集められ,何かを祈るという気持ちはどこも共通である。餅を竹にさして「とんど」に集まっている人々の顔は和やかである。学校行事の儀式的行事の,清新な気持ちをもち,節目をつけるという性格に直結した集落の行事には学ぶべき事が多い。
自分たちの「まち」の行事は大切にしたいものだ。

雨のために,「とんど」は一週間延期だと表示がつけてあった。
楽しみの期間が長くなった。