1.主題設定の理由

確かな学力,豊かな心,健やかな体の調和を重視して生まれた『生きる力』は,新学習指導要領へと引き継がれた理念であり,これからの時代を生き抜く子ども達にますます重要になってくると考えられる。『生きる力』のうち,学力については,①基礎的・基本的な知識・技能の習得,②知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・表現力など,③学習意欲の3つが重要な要素であることが新たに示された。そのため,①の習得の上に②の育成をめざそうとしたとき,学習活動の基盤となる「言語に関する能力の育成」を,各教科においても取り組む必要性が出てきた。ここで算数科に着目することにした。新学習指導要領の算数科の目標に,先述した学力の3要素が位置づけられているからである。また,新しく注目されてきた『活用力』についても,算数科はもともと既習事項を活かしながら新たな学びをつくり出す教科であり,この点からも算数を取り上げることは価値がある。

そこで,本主題を設定して活用力の向上を目指して授業実践をすることにした。明確な目的意識のもとに展開される個人思考(自分の考えをもつ),考えの交流と練り合い(伝え合う豊かな表現力),身につけたことを活かす(必要な既習事項を取捨選択する判断力),それらができる子ども達を育てていくことがねらいである。

2.「活用力」のとらえと目指す子ども像

(1)「活用力」をより明確にするために次のようにとらえることにした。

○問題に対して,予想と見通しを持ち,自分の力で解決するために意欲的に考えようとする力

○相手の考えを正確に理解し,自分の考えをわかりやすく伝える力

○今まで学習してきたことや自らの経験を活かして課題を解決する力

(2)(1)のように「活用力」をとらえた上で,めざす子ども像を次のように設定して実践を進めていく。

I 根拠を明確にして自分の意見や考えをもつことができる子(思考力)

II 自分の考えを相手に分かりやすく伝えることができる子(表現力)

III 目的や課題に応じて,既習事項や友達の意見などから必要な情報を取捨選択できる子(判断力)

3.授業実践で工夫するところ

めざす子ども像を具現化するためには,学んだことを活かす授業づくりを行うことが大切だと考えた。そのために,以下の点の工夫を行う。

○学んだことを活かす授業づくりを行うための工夫

I 根拠をもとに考えられる思考力

①単元全体として,また,一授業形態として問題解決型の学習形態を取り入れる。

②多様な考えが生まれるよう学習課題を工夫する。

II 伝え合う豊かな表現力

①伝え合う場面での学習形態(ペア学習,自由発言による練り合い)を工夫する。

②自分の考えをわかりやすく伝えるためのワークシート(発言メモ)を活用する。

III 必要な既習事項を取捨選択する判断力

①単元構想の中に,習得した知識・技能を活用する場を意図的に盛り込む。

②授業に活用できるような既習事項を掲示物として提示する。

4.単元構想

6年「分数のわり算」で単元を構想し,上述した工夫を次のように位置づけた。

5.授業の実際

見通す・深める場面:第二次「みんなで『分数でわる計算の方法』を考えよう」の第2時を,右のように計画し,授業実践を行った。

(1)つかむ場面

まず,問題からどんなことがわかるかを発表し合った。答を求める式が「3/5÷2/3」であること,そして,その計算の方法についてはまだ習っていないのでできないことをみんなで確認し合った。そして,その中から自然にわき上がる「分数のわり算ってどうやるのだろう?」という子どもの疑問を本時の課題として設定することにした。また,その課題を考えるにあたって,掲示物を見ながら,活用できそうな知識や考えを確認した。

既習事項を示した掲示物
発言メモ
ペアでの説明活動の様子

(2)見通す場面

「友達に説明できるよう,3/5÷2/3の計算の方法を見つけよう」という主課題を設定し,一人調べの活動に入った。子どもたちは前時までの学習を生かし,自分なりの考えを発言メモに書き始めた。

分数のかけ算の時の学習を生かして,面積図と数直線図で考える子が多数をしめた。図があることから,視覚的に理解しやすい,友達に説明しやすいという理由もあると考えられる。子どもたちは自分の考えの方向性が決まると,友達にわかりすく伝えるための説明の仕方を考え出した。発言メモ(ワークシート)に示されたわかりやすい説明の仕方の話型をたよりに,話し方の構成を考えた。

次に,ペアで説明し合う活動に移った。全体発表の前に,相手意識をより強くもてるようにすることと,お互いの説明の仕方について,意見交流をすることが目的である。子どもたちは2人組になり,向かい合ってお互いの考えを説明し合った。頭の中では分かっているつもりでも,実際に友達に考えを伝えようとすると,うまく話せないことが多い。説明し合った後で,質問し合ったり,説明のアドバイスをし合ったりすることで,子どもたちは自分の考えに自信をもったり,どう話せば友達に伝わるのかを確認することができた。

(3)深める場面

全体の発表の場面では,まず,数直線図の説明が発表され,続いて,逆数の活用,倍数の活用,面積図の順に全部で4つの考えが発表された。どの発表者も「まず」「次に」「そして」という順序立てて説明する話し方や,「○○を使って考えました」という話型を使ってしっかり説明することができた。

【面積図を使って考えた子どもの発表の記録】

私は面積図を使って考えました。
まず,この部分は(図を
指さして)2/3dLで塗れる面積です。 次に,求められているのは,1dLで何平方m塗れますかということだから,2/3を3/3にすることを考えます。そのためには,1/3をつけたします。すると,この部分が(図を指さして)今求められている1dLで塗れる面積になります。
そして,この部分を求めるには,この小さい長方形が(図を指さして)何個かを考えます。この部分は縦が5つに分けられ,横が2つに分けられているので,長方形は1/(5×2)になります。それが縦3個,横3個,つまり3×3個分あるから,
式に表すと,(3×3)/(5×2)で9/10になります。

その後,4種類の説明の仕方のそれぞれ「よさ」について追究する話し合い活動を行い,「わかりやすい」「いつでも言える」「はやい」「かんたん」「せいかく」の視点でみんなで意見を出し合った。もともと優劣のある4つの意見ではないので,深まりという点では物足りなさが残ったが,「4つの考えに共通している考えは何かな」という発問を加えることで,式に着目し,公式を導くことができた。

板書の様子

(4)振り返る場面

最後に本時の振り返りを,振り返りカードに記述する形式で行った。 振り返りは単に感想を書かせるだけでなく,「友達の意見でよいと思ったこと」「次の時間に考えてみたいこと」「今日の学習で自分が変わったこと」など,その時の学習内容に応じて視点を与えて書かせるようにしている。本時の振り返りには,「発表ができるようになってよかった。」「分数のわり算ができるようになった。」と多くの子が記述することができた。

振り返りカードの記述の様子

6.実践を終えて

I 根拠をもとに考えられる思考力を高めるために

今回の実践のように,「分数のわり算はどうやるの?」という自然にわきあがる子どもの疑問を課題として取り上げて単元を構想し,授業の課題として学習を進めていくことは子どもの意欲の高まりにつながり,単元を通して子どもの学びを支えたと考えられる。また,式の意味をイメージとしてとらえやすいようにペンキの問題を扱うことは,面積図や数直線図などの多様な考えの活用につながったと考えられる。このように,問題解決型の学習形態を取り入れ,多様な考えを生む学習課題の工夫は有効だったと考えられる。

II 伝え合う豊かな表現力を高めるために

今回の実践では,説明することを苦手としている子たちが,発言メモに書かれた話型をたよりに,わかりやすい説明の手順を身につけていく姿が多く見られた。また,発表することに消極的だった子も,ペアでの説明活動を通して自信をつけていく様子がみられた。以上から,伝え合いの学習形態の工夫や,自分の考えをわかりやすく伝えるためのワークシートの活用は有効だったと言える。

III 必要な既習事項を取捨選択する判断力を高めるために

今回の実践では新たな考えを生み出すのに必要な既習事項を教室に大きく掲示し,常に振り返ることができるようにしておいた。子どもたちは困ったときは教室掲示から必要な既習事項を探し,解決の道を探るようになっていった。また,第三次に発展的な課題を用意し,活用せざるをえない場面をつくることで,子どもたちの達成感とともに多くの知識を活用する姿を引きだすことができた。以上のことから,単元構想の中に,習得した知識・技能を活用する場を意図的に盛り込んだり,授業に活用できるような既習事項を掲示物として提示したりすることは有効だったと言える。

7.課題

今回の実践を通して,根拠をもとに考えられる思考力,伝え合う豊かな表現力,そして,必要な既習事項を取捨選択する判断力の育成を目指して授業実践を行い,上述のような成果があった。しかし,話し合いを通してよりよい考えを練り合うための表現力や,既習事項を他の教科や生活場面に幅広く生かしていこうとする態度の育成には物足りなさを感じた。今後は「活用」をさらに幅広くとらえ,多様な考えを関連づけて統合したり発展的に考えたりする力,生活や他教科の問題を算数の問題として見いだす力も算数科で必要な活用力としてとらえ,実践を重ねていきたい。