3〜6年
ヤゴ(トンボ)を育てよう!              
東京都多摩市立北豊ケ丘小学校
新井 将司

1.はじめに

 ヤゴのような水生昆虫がいきてゆくことができる自然に恵まれた場所は,減りつつあるが,案外わたしたちの身近な意外な所にたくましく生き続けている。学校プールもその一例で,人工的なものでも条件が合えば,昆虫は十分に育つことができる。
 慶応義塾幼稚舎の「ヤゴ救出ネット」に代表されるような,学校プールのヤゴ救出は,ここ5年くらいの間に全国に急速に広まり実践されるようになった。このことは,自然愛護の点ですばらしいことである。
 ただ,「救出後のヤゴをどうするか?」「どのように,子どもたちの授業につなげていくのか?」「ヤゴの飼育のしかたは,どのようにするのか?」という点において困っている方も多いと思われる。これらのことについて,実践してきたことを紹介する。


2.実践学年

 理科として行う場合は,3年生で昆虫の教材があるので不完全変態としてのヤゴ(トンボ)と完全変態としてのアオムシ(モンシロチョウ)の比較教材として行うのが良いと思う。4年〜6年では,総合的な学習の時間でヤゴ(トンボ)の目から見た環境問題として扱うのが良いと思う。低学年でも生活科の中で生き物を採取し育てることで授業の中で行うことができる。そういう意味では,全学年で取り扱える内容だと考える。

3.教材としてのヤゴ

 昆虫教材としてのヤゴは,代表的教材としてのアオムシと比較して,子ども達により適した教材はどちらであるかということを考えるための,意識調査を行ってみた。

 

 全体を通して考察してみると,[アオムシ]よりも[ヤゴ]の方が知られていない,見たことがなかったにもかかわらず,実物を見ての第一印象や育ててみたいかという調査でも[ヤゴ]の方が数値が高い。また,その特性から興味深い点もあるためか,より追究してみたいテーマが多くでている。特に女子にとっては,[アオムシ]よりも[ヤゴ]の方が好印象をもっていて,より良い教材といえる。本物をよく観察して調べる学習においては,興味をそそり,また楽しい教材の方が児童にとっては良い教材と考えられる。これらのことから,[ヤゴ]は教材としての価値が高いと考えた。

4.学習活動案

 理科の切り口からの「総合的な学習の時間」の活動案である。
※この指導案で3年〜6年の総合的な学習の時間で実施可能。

5.ヤゴの採取について

  (1)  学校によって地域等の環境が異なるため,プールでのヤゴ採取の数がかなり違う。これは,以下の点が考えられる。

1) 前年度のプール指導終了後の際に,残った塩素剤を相当量プールに投入した場合。
 これによって,プール内の生物が全滅した可能性がある。塩素の量が通常の1万倍にもなった例があり,翌年はヤゴが皆無だった。これでは生物は生きていけない。

2) プール終了後にプールの工事に入り,トンボの産卵時期の秋に水が入っていなかった場合。

3) プールの底に泥や葉っぱがほとんどなかった場合は,ヤゴが少ない。普通,風で少なからず土や葉っぱがプール内に入る。

4) アシやガマなどの草を入れると,ヤンマがその茎に産卵するのでヤンマ類,イトトンボ類のヤゴを採取することができる。草がなくてもプール上をギンヤンマ等は飛翔するが産卵はしてくれない。


ギンヤンマ

5) 学校のすぐ近くに森や林や野原などがあるとヤゴが多く採取できる。これは,トンボの餌になる小昆虫がそこには多くいるのでトンボにとっては過ごしやすい環境であるため。

 以上の理由で学校によって採取の差がかなりある。前任校(町田市)では,約500頭であったが,現任校では敷地内に自然林があるため,昨年は約10,000頭,今年は約7,000頭程ヤゴがいた。

  (2)  ヤゴの採取の前にやっておくこと

1) 管理職と体育主任(プール担当)及び教職員にヤゴ採取をすることと日時について周知しておく。

2) 業者のプール清掃の日にちを聞き,その直前にヤゴ採取の実施日を決定する。
(東京の場合:だいたい5月下旬〜6月上旬あたり)私の場合は,3日前に設定している。前日にしないのは,雨天だと困るため。また,あまり前だと消防署からの許可がとりにくいことと,ヤゴがあまり小さいと見つけにくくなるため。

3) プールの水抜きは,2〜3日かけて少しづつ行う。水中に入るのがいやではない方は,排水口に細かい網をかけるという方法もある。30センチ位の所まで水位を下げる。

  (3)  ヤゴの採取の道具について

1) 釣り具のたも網(先が四角い物)が採り易い。又は,金魚,熱帯魚用の小型の網が良い。ただし,クラスや学年の子ども達はあまり持っていないので,My網を自作する。お母さんの古いパンティーストッキング1つと針金ハンガー1つを持ってこさせ,ハンガーを網の形にしてストッキングを被せ,網代わりにする。かなり使える代物ができる。

2) ヤゴの入れ物は,ペットボトルを半分に切ったものを使う。2リットルの物が良いが小さくても十分使うことができる。

3) 長靴もしくは濡れてもいい靴を履かせる。プールの中にとがった石など入っていることやプールの底がつるつるすべって危険なため。

自作のあみペットボトル水槽

  (4)  ヤゴの採取の仕方について

1) 子ども達を見ていると,いっぱい採れる子とほとんど採れない子がいる。ここで上手く採るポイントは,場所と採り方である。場所は角が良い。また,泥や葉っぱがたくさんある所にもヤゴは多くいる。
 採り方は,底から泥と一緒に採る。それをプールサイドに持ち上げて,網を逆さにして全部あける。そうすると泥の下の方からにょろにょろと顔を出してくる。とりこぼしがないように,泥の中や葉っぱの間も丹念に探す。

2) マツモムシやアメンボやゲンゴロウ等の仲間も採取すると面白い。(泳ぎ方がコミカルで子ども達には人気がある。)ついでに採れたアカムシやカゲロウ等もヤゴの餌として入れ物に入れておく。
 ただし,後で教室内で飼育する場合はマツモムシやゲンゴロウ類とヤゴを一緒に入れておくと(個体差にもよるが)ヤゴの体液を吸われてしまったり,食べられてしまったりするので分けて飼育する。


コシマゲンゴロウ

  (5)  プールから救出後のヤゴについて

 子ども達にMyヤゴを選ばせ,1人に1頭づつ愛情を持って飼育させる。教師用として予備用のヤゴも余分に飼っておく。従って1クラスで100頭前後のヤゴを飼育する。早々に羽化したヤゴは,その子に2頭目を飼育させる。その他の多くのヤゴについては,以下のようにしている。
 ・家でも飼育したくて,餌の用意ができる子どもには与える。
 ・学校内の水生園やビオトープや池に放す。
 ・地域の水場に放す。
 バケツにヤゴをいっぱい入れておくと,酸素不足であっと言う間に死んでしまうので早急に対処する。また,予備用のヤゴはバケツ等に小分けして,水草を多く入れ(水質保全と隠れ家にするため),木の枝も何本か入れておく(羽化用)。深いバケツの場合は,エアレーションが必要である。直径30センチ位の丸型プラスチック水槽は透明で使いやすい。

  (6)  ヤゴの餌について

 ヤゴは共食いをするので,前述のようにイトミミズかアカムシを買って与える。毎日2〜3匹しか与えないので,1〜2週間生き餌として飼う必要がある。動かない餌には,反応しないのでどうしても生き餌が必要である。

1) イトミミズを飼育する場合(観賞魚店で購入)
 すぐに水を腐らせるので,毎日のように水替えをする。真夏の教室に置く場合等は,朝夕に水替えする。エアーポンプがあれば使った方が良い。日陰の涼しい所に置いておきたい。餌はいらない。

2) アカムシを飼育する場合(釣り具店で購入)
 新聞紙を濡らし,その上で飼う。水をきらすと乾燥して死んでしまうので気を付ける。また,切った大根の上や使い終わった茶殻でも使うことができる。いずれにしても日陰の涼しい所に置き,常に湿らせておくことが大切である。学校では,餌をまとめて購入してしまうことがよくあるが,そういう場合は一時的に冷蔵庫に入れて置く。活動をほとんどしなくなり,1週間以上は生き続けている。

3) 冷凍アカムシを使う場合
 生き餌ではないが,保存に大変便利なので冷凍アカムシを使う場合もある。ただし,死んでいるのでピンセット等で生きているように動かせてヤゴに食いつかせなければならない点で,餌やりに時間がかかる。


  (7)  ヤゴの水替えについて

1) 水が濁ってきたら水替えをする。毎日やる必要はないが1週間に1度位行う。

2) 取り替える水の水質は極めて重要なので注意する。元々の水を使うのが良いが,プールの水は使えないので新しい水を作る。薬品がない場合は,バケツに入れて2日程たった汲み置きの水を使う。

3) ハイポを使う場合
 バケツに1粒入れて,溶かした後に使う。

4) 良質の水を作りたい場合(私はこのやり方)
 以前,熱帯魚や海水魚を飼育したことがあり,それ以来魚類や水生生物を飼う時はこのやり方をしている。5年生でメダカ飼育をする方々には大変お薦めである。多少お金がかかるが・・・。
・コントラコロライン(テトラ社)《塩素を取り除く》
アクアセイフ(テトラ社)《重金属を取り除く,えらの保護,ビタミン含有等》
 この2つを適量入れて,かきまぜるだけ。一瞬で最高の水が出来上がる。
 テトラ社以外にも同様の物が市販されている。
 観賞魚店やホームセンター等にもだいたいおいてある。


6.羽化について

  (1)  ヤゴの種類や個体差によって時期が異なるため,採取して早々に羽化するヤゴもいる。そのため,ペットボトル水槽には早々に羽化の足場となる30センチ程の木の枝を入れ,立てかけておく。小さいペットボトルの場合は,割り箸でもよい。長く入れておくとかびが生えるのでその場合は,よく洗う。この枝の他に,4センチ位の短い枝も入れておくとヤゴはそれにずっとしがみついている。水草(アナカリスやマツモ等)でも代用できるので1本程度入れておく。

  (2)  羽化した場合

1) 夜から明け方にかけて羽化するので,朝教室に入ってみると壁や窓のカーテンにトンボがしがみついている。そのため,教室が開けっ放しだと廊下に飛び出していなくなってしまうのでこの時期は,教室をきちんと締めてから帰るようにする。
 必ず抜け殻があるので,誰のMyヤゴかを判別できるが,2頭以上羽化して同じ種類の場合は判別できないことも多々あった。

2) 羽化直後は羽がまだしっかりとしていないので,羽に十分気を付けて捕虫網で捕まえる。(羽が曲がってしまったら餌とりができなくなり死んでしまうので,ほとんどの場合,私が捕まえた。)

3) その後,飼育ケースに入れて観察カードに記入する。昆虫図鑑で種別を行い,雌雄を判別する。胸の下に副性器があるのが雄,ないのが雌。慣れると子どもでもすぐに判別できる。
 場合によっては,トンボと一緒に記念写真を撮る。

 

4) その後,育て上げた子にトンボを持たせて,大空に放す。子どもたちは,「トンボさん,元気でね〜!」等と言って感慨深げである。感動の一瞬である。

7.ヤゴが死んでしまった場合

 理由として考えられることは,いくつかある。

  (1)  水替えをしなかった場合
 水質の汚れは水生生物にとって致命的である。

  (2)  餌をあげなかった場合
 水生生物は基本的に毎日食べなくても生きている。餓死しないように教師がまめに水槽を見る。

  (3)  脱皮に失敗
 何度も脱皮を行うため,時に失敗することがある。

  (4)  羽化に失敗
 脱皮同様,羽化も命懸けで行うので失敗することがある。
 半分羽化して力尽きてしまったり,羽化直後に水の中に落ち溺れ死んでしまったりすることもある。そのため,足場になる木の枝は入れ物から10センチ位,出るくらいの長さの物を用いる。

  (5)  死んでしまったヤゴは,その子に丁重に葬らせる。
 その後,予備用のヤゴを与える。

  ◆生物教材を行う場合,死は避けられない。ヤゴにしてもメダカにしてもその他の生物にしても短期間で死んでしまうことがある。悲しい事だが,今の子どもたちは往々にして死ぬことの重要性があまりわからないことがある。「虫1匹くらいいいよ。」と言う子どもも少なくない。こういった時こそ,命の大切さについて考えさせる絶好の機会である。上記の(1)や(2)の理由の場合は,特に世話の仕方について振り返らせることが大切である。

8.トンボの観察について(夏から秋にかけてトンボを採取して観察する場合)

  (1)  昆虫図鑑で種別を行う。また,雌雄を判別し,観察カードに書く。これだけでも,トンボに関する子どもの見方が変わる。プール上や校庭を飛ぶトンボを見て,「あっトンボだ!」から「あっノシメトンボだ!」になり,さらに関心の深い子どもは,「あれは,雄だ!」と言うようになる。

  (2)  プールには産卵によく飛んで来る。水泳指導の際にもよく交尾しながら飛んでいるものもいるので,そこで一言「今そこを○○トンボが交尾しながらとんでいるよ。」というと,子どもたちのトンボに関する興味・関心も高まるようだ。

  (3)  トンボは移動距離が1〜2キロメートルあり,飼育ケースなどでは小さすぎて2日くらいで死んでしまう。そのため,観察後はすぐに放してあげる。デジタルカメラや写真に撮るのが良いだろう。

  (4)  捕まえたバッタやチョウをトンボの口元に近づけるとムシャムシャと食べる。また,水も飲ませる。

  (5)  雌の場合は,腹部の先を水面につけたり上げたりを繰り返すと,産卵することが 度々ある。数百個産む。孵化は,種類によってまちまちだが,ウスバキトンボやシオカラトンボは,1週間くらい。アキアカネでは,4カ月ちょっとかかる。孵化したミニヤゴを双眼実体顕微鏡で観察する。約1ミリのヤゴを見て,子どもたちは,一様に「かわいい〜!」と言う。

  (6)  幼虫であるヤゴから成虫のトンボへ,そして産卵,孵化となった時点で,トンボの一生の形が完結する。この後の,ミニヤゴへの餌やりは難しい。イトミミズやアカムシは,大きすぎる。自然界ではプランクトンを捕食する。そのため,プランクトンを与えれば良いのだが困難なので,プールなどの水場に放してあげる。(かわいいといっていつまでも入れ物に入れておくと,次々に共食いをしてしまう。)

  (7)  トンボは,産卵するときに光る物に反応して産む。水場でないところでも産卵する。
 自動車の屋根など反射する素材に産むこともある。水場の少ない都会では,トンボにとって産卵場所探しは困難である。学校プールは絶好の場所である。あちこちの学校でプールのヤゴ救出作戦が広がってほしいと思う。

9.ヤゴ・トンボの学習の発展として

  (1)  環境問題
 ヤゴは水生昆虫であり,水場に棲んでいる。トンボは陸上(空中)で生活している。このことで,ヤゴの目から見た環境とトンボの目から見た環境を私たちは考えることができる。昔に比べ,私たち人間は科学の進歩と共にどんどん暮らしやすくなってきたが,トンボは少なくなったと言われている。このことは,人間本位の暮らしやすさであり,トンボ(他の生物)にとっての暮らしは深刻になりつつあり,数多くの生物は絶滅してきた。宅地開発による田や池や沼の埋め立て,河川のコンクリート化や水質汚染。大規模な農薬散布。人間にとって蚊や蝿や蛾を捕食する益虫であるトンボにも強い影響が出ている。近年では,外来魚のブラックバスやブルーギル等をむやみに放流する人が多く,その魚によって,どんどんヤゴやトンボが減少している。こういったヤゴ・トンボへの悪影響は,いずれ私たち人間にも降りかかって来るだろう。次代の子どもたちにも,ヤゴ・トンボの学習を通じて,地球環境を考えてほしいと思う。

  (2)  プール救出作戦以外の他の種類の飼育
 中流の川に行くと,プールではお目にかかれない種類のヤゴに出会う。それらを学校に持ち帰って見せる。コオニヤンマやコヤマトンボは,奇抜な格好をしていて子どもたちは初めヤゴとは思わない。羽化したヤンマの姿をみて,「やっぱりトンボだったんだ!」とびっくりする。ミズカマキリの本物を初めて見た子どもは,しばらくじっと見ていて興味津々という感じである。またコオイムシやタイコウチ等生態が面白いので,子どもには人気である。他の生物にも興味・関心を広げていくことができる。


ミズカマキリ

10.参考資料

  ○「日本産トンボ幼虫・成虫検索図説」 石田昇三・石田勝義・小島圭三・杉村光俊著 東海大学出版部

  ○「トンボのすべて」 井上 清・谷 幸三共著 トンボ出版

  ○「出会った生き物 育てた生き物」 三石初雄・大森 亨編集 旬報社

  ○「水とビオトープの生きものたち」 全国学校ビオトープ・ネットワーク(編) 合同出版

  ○「ヤゴ救出ネット」のホームページ
http://rika.yochisha.keio.ac.jp/yagokyu-net/

  ○「平成12年度 小教研理科部 研究紀要」 東京都町田市小学校教育研究会理科部

  ○上記 平成13年度版

  ○上記 平成14年度版

  ○平成9年度(第42期)東京都教育研究員(小学校理科) 第3学年分科会研究報告書

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