授業実践記録
公式と数学教育
−2次不等式が解けないこと−
湘南工科大学附属高等学校
鈴 木 雅 之

1.なぜ2次不等式が解けないのか

 普通の2次不等式の解法に関して,生徒の間に,意外に定着が悪いな,と気づいたのは,いつ頃のことだったか.随分前のような気がする.数学をさほど嫌がらないような生徒でも,解けていなかった例が結構あった.ここ何年かの生徒の学力低下は,この部分を広げる傾向にあり,さらに,2次関数の単純な最大値,最小値なども求められなくなってしまったきらいがある.(もちろん分かる生徒もたくさんいる.)
 この原因はどこにあるのだろうか.高校数学の基礎的な部分であるだけに気になるところではあったが,随分長い間,ほったらかしていたような気がする.十年一日の如く,放物線を描き,x軸を太線でなぞるだけの不等式解法の指導をしていたのである.

2.座標(xy

 これは,グラフがよく描けないという特徴にも通じていたのであるから,もっと早く気づくべきであったが,生徒達には,点の‘座標の定義’をもっと意識させつつ,グラフを描かせたり,不等式や方程式の解を考えさせたりするべきであった.
 中学校の教科書で,初めて点の座標が出てくるところを調べてみたが,初めての中学生にはそういう指導が馴染まないせいか,(xy)のきちんとした定義はなされていない.
x y 平面にある放物線yx2を時計回りに45°回軸させた曲線(縦軸:yx=0,横軸:xy=0)の方程式はどうなる?]に対して,高校1年のよくできる生徒でさえ,(xy)=(xy)2と答えることが多いのも,やはり,ここが原因となっている証拠であろう.

3.‘定義’と工夫

(1)点Pの座標(xy)の定義

x点Pとy軸との「有向距離」と呼ぶことにし,Pがy軸の右側にあればx>0,左側にあればx<0とする.そして,|x | は点Pとy軸との距離である.
y点Pとx軸との「有向距離」と呼ぶことにし,Pがx軸の上側にあればy>0,下側にあればy<0とする.そして,|y | は点Pとx軸との距離である.

図1
(2)図形の方程式の座標式表現

 上の定義を,生徒に,よく定着させるために,次の様な練習や指導をする.

    [1] 上の定義から,具体的に点(2,−3)などをプロットさせる.
    [2] 上の定義から,点(1,y)を座標とする点全体を,直線(1,y)と表現させる.(従来の,直線x=1のこと)同様に,x軸は直線(x,0),y軸は直線(0,y)と表現させる.
    [3] 上の定義から,点(x,2x−1)を座標とする点全体を,直線(x,2x−1)と表現させる.(従来の直線y=2xー1のこと)同様に,点(xy)を座標とする点全体を,平面(xy)と表現させる.(従来の xy 平面のこと)

図2
(3)問1として.平面(xy)内の点A(2,1)がある.直線(x,2x)と直線を座標軸とする座標面内での点Aの座標(pq)を求めよ.

    (解)点Aと直線(x,2x)上の点の距離の最小値がpだから,
      
      
     同様に,
      
      
      

(4)問2として.平面(xy)上の曲線(xx2)を時計回りに45°回転させた曲線の方程式を求めよ.

    (解)(3)と同様に,
      
      
      
      
     問題より,p2q だから,
      
     ∴ 求める曲線の方程式は
      

図3

(5)問3として.放物線(x,x2)のグラフを利用して,放物線(xx2+3)や放物線(x,(x+1)2)のグラフを描け.

    (解)放物線(xx2)と放物線(xx2+3)の違いは,y軸からの「有向距離」がxである点に対して,x軸からの「有向距離」が+3違うだけ.

図4

 x軸からの「有向距離」(x+1)2は放物線(x,x2)の,y軸からの「有向距離」(x+1)上の点から読みとれる.上図には,xが正と負の両方の場合について図示し,x方向への−1の平行移動が読みとりやすくした.

図5
(6)問4として,x軸との「有向距離」が正である放物線( x,(x+1)(xー2)>0)上の点とy軸との「有向距離」の値域を求めよ.(これは,従来の (x+1)(xー2)>0を解け.)

    (解)x軸との「有向距離」が正である放物線上の点と,y軸との「有向距離」の値域は,右図のように,
      x<ー1,2<x

     何よりも,生徒達の理解を深める表現が求められるものなのである.上の例では,放物線(x,(x+1)(xー2)>0)を解け.などとし,解を放物線((x<ー1,2<x),(x+1)(xー2)>0)などとしてもよい.同様に,放物線(x,x2+x+1>0)を解け,は,解が,(ー∞<x<∞,x2+x+1>0)などとなる.

4.公式と高校の数学教育

図6
 問4の不等式は,(x+1)(xー2)=0が‘平面(xy)’を3つの領域に分けることから,領域の図示の方法によっても解けるし,何よりも,連立不等式から,きちんと解けなければならないものであるが,今の教科書はグラフで解かせる方針をとっている.それは良いのだが.
 ところで,2次方程式を解け,に対して,皆,何ら気に病むことなく,解の公式を使う.数値を代入するだけの仕事を,教師が生徒に強いているのではないだろうか.2次不等式を解け,に対してはどうであろうか.どうも,こちらも,公式で答えさせようとする傾向がある.これらが,定着度の低さにつながる原因の一つではないかと思われるのである.
 当面の正答率を気にするあまり,公式的指導に走る教師も多いのではないか.2次不等式の解の形を,呪文の様に暗記させ,クラス平均点を20点も上げる先生もいたりする.
 今回のような提案が本当の意味での学力向上につながれば幸いである.

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