授業実践記録
数学の直感的指導法に関する試み
埼玉県立杉戸高等学校
黒野正道
 
1.はじめに

 数学の授業は定義することから始まるが、その定義が抽象的な場合は生徒にとって理解への大きな妨げとなる場合がある。そもそも「定義」とはそう決めることによってうまくいくことが確認されている(well-defined)のであって、そこには具体的・直感的アイディアが存在しているはずである。その一端を(歴史的事実とは異なるかも知れないが)紹介することにより生徒へのより深い理解を促そうというのがねらいである。決して奇をてらったものを考えるのではなく、「説明の順番を入れ替える」や「言葉で表現しやすくする」程度の工夫を念頭に置いている。

 
2.いくつかの試み

(1)三角比の定義
直角三角形はひとつの鋭角が決まれば形が決まる。(相似になる)

形が決まれば(相似であれば)各辺の倍率が決まる。

この倍率を三角比という。(サイン,コサイン,タンジェント)

この3つの倍率を sin A,cos A,tan A と表す。

 三角比は一般的には「比」→「倍率」の順序で説明をしていくが、ここでは「倍率」→「比」の順序で説明をしてみた。本来の定義である

は「三角比の求め方という扱い方」にした。
 「比」と「倍率」は本質的に同じものであるが、「比」と言うよりは「倍率」と説明した方が理解しやすいようである。
 この「定義」と「利用」を逆にすることによって「三角比ってなに?」という質問に直感的な解答を与えることができた。

(2)対数の定義

  一般的には と定義するが、言葉で表現できるように上のような説明をした。
 この延長上で考えれば「底の変換」や「常用対数の値⇔その数の桁数」が表す直感的イメージもつかみやすいと思われる。

(3)二項間漸化式の解法

  漸化式の問題に対しては解法のテクニックを中心に説明する場合が多くなる。それ故「問題は解けるが、何故このようにやるのかが解らない?」という感想を持つ場合が多いようである。
 二項間漸化式を解くとき、特性方程式の解を考え と変形することにより等比数列に帰着させるが、「数列 が等比数列になる」ことがイメージしにくい生徒もいると思われる。
 具体的な形で一度見ておけばこの解法も直感的に理解できるであろう。
三項間漸化式の解法も同様なことが言える。

(4)微分係数

  「定義」と「応用」の順序を逆に説明してみた。本来「関数」と「図形」は区別をして話を進める必要があると考える。
 しかし直感的イメージを示すことなく「平均変化率」を

と定義をしても「平均変化率」の本質が見えにくいし、ましてやこの極限値である「微分係数」の存在意義など感じられないであろう。
 そこで、グラフの接線の傾きを求めることを先に行い、その作業を数式で表現することにより「平均変化率」と「微分係数」を示した。
 その際、グラフを斜面に見立てれば「平均斜度」と「その地点での斜度」というように、より具体的な話の中で授業を展開できると思う。

 
3.おわりに

 「理系離れ」「学力低下」が声高に叫ばれる中、一人でも多くの生徒が「数学嫌い」でなくなってくれればと、この20年にわたり微力ながら努力をしてきたつもりである。
 「数学」という学問は「スマートな部分しか見せない」という特質は理論体系を組み立てる観点で考えれば、必要であることに疑う余地はない。しかし、これが数学を学ぶものにとって障害となる場合が多い。理解の手助けをするためにも「直感的指導法」を模索するのは大変意義のあることだと確信している。ある意味、数学の命である「演繹性」を犠牲にしてでも「イメージ優先」で授業を行う必要もあると思う。歴史に名を残す「大数学者」も新しい理論を考える際は「イメージ優先」であったと信じたい。
 このようなささやかな授業の工夫を積み重ねることにより、私の理想とする「(理解ができる)楽しい授業」の実現に近づければと思っている。