授業実践研究
試行錯誤の90年代
−鳥取西高校数学科の取り組み−
鳥取県立鳥取西高等学校
岩 田 直 樹

1.はじめに

 本校は1873年に創立され,現在では全日制(普通科,家庭科学科),定時制,通信制−生徒総数2220名,教職員146名−を有するマンモス校である(附属幼稚園を併設).
 そのうち全日制普通科(1学年10クラス)の進学率は99%(今春実績),大学入試センター試験を95%以上の生徒が受験する.部活動も盛んで,全日制では今年度,県代表として全国高校総体にはバスケットボール男子,新体操,なぎなた,陸上,バドミントン,全国高校総合文化祭には器楽管弦楽,美術,放送の各部が参加した.
 本稿は,学力低下,理数離れが進んだ90年代における本校数学科(全日制)のささやかな取り組みの記録である. 

2.中高連携−「3校数学研究会」

 20年以上も前から,本校数学科は近隣の鳥取市立北中学校,中ノ郷中学校との間で,年1回,公開授業,意見交換を行い,中高の実態の相互把握に努めている.
 97年までは主催校の教員によって公開授業がなされていたが,さらなる連携を深めるために,98年から中学校で高校の教員が,高校で中学校の教員が授業を実践することになった.
 98年5月,中ノ郷中学校2年3組において,本校の教員が「文字式の利用」の単元の授業を行った.偶数,奇数を文字で表すことからはじめて,簡単な例題3問で50分が経過.5分で理解でき暇そうにしている生徒もいれば,最後までわからない生徒もいる.比較的均質な学力の生徒を相手にしている私たちにとって大いに考えさせられる授業であった.
 あらかじめ2年生全員対象に数学に関するアンケートがとられており,「高校数学に対してどんなイメージを持つか」という質問に対し,「1日5ページ以上進む,記号が頭の中で渦巻く,数学UBからさっぱりわからんと聞いている,頭が割れているかも」等の率直な感想が寄せられ,参加者の苦笑と反省を誘った.
 99年は本校1年9組で,北中学校の4名の教員によるティーム・ティーチングの授業が行われた.内容は「三角比」の導入.まず教員が教室の高さの測り方(仰角測定と作図)を実演,「校舎内外で何でもいいから高さを測ろう」という指示に生徒は教室を一斉に飛び出した.三角比の定義の解説と問題演習で1日6〜7ページは進むことが恒例となっている私たちにとって,新鮮な実践であった.
 中高連携の必要性はますます高まっている.年1回ではあるが,今後も絶やしてはならない交流であろう.

3.高大連携−大学での補習授業

 90年以前から毎年5月,本校において,県内の高校が参加して鳥取大学入試問題数学科研究会が開かれていた(県東部地区高校数学教育研究会主催).鳥取大学の教員を招き,その年の2次試験問題について,出題の意図,採点者から見た答案の問題点,高校の数学教育に望むこと等を話していただき,高校側も大学への要望を語る建設的な会であった.
 ところが,97年5月上旬,鳥取大学からの突然の要請で研究会が中止され,それ以降開かれていない.鳥取大学には本校から毎年80名前後の合格者を出しており,高大連携の貴重な場が失われたことは大きな痛手であった.
 昨年度,鳥取県教育委員会と鳥取大学は「県立高校・鳥取大学教員交流事業」の推進を合意し,2000年度に大学で補習授業(数学,英語,物理,化学,生物)を行うことを決定した.国立大学と県立高校のこの種の連携は全国初である.
 本校数学科に派遣要請があり,普通科2年の担当者が毎週火曜日,17時30分から90分間の補習を15回行うことになった.高校での履修状況と入試結果によって指名された教育地域科学部(旧教育学部),工学部,農学部の23名が参加予定で,推薦入試合格者のうち工業高校出身者は数学Vを,農業高校出身者は数学Uすら履修していなかった.
 5月9日から7月25日までの計10回,微分の定義からはじめて,弧度法,初等関数の微分・積分等,高校では半年以上かけて学ぶ内容を駆け足で進んだ.
 参加者は第1回目で16名,最終回にはわずか4名.4月の打合せ会では「休むようであれば,その学部は来年度から補習に参加させない」という大学側の発言があったが,高校側と大学側にこの事業に対する温度差があったようである.
 初年度故にさまざまな問題点が指摘された事業ではあるが,補習授業が単位化される来年度は,学部間の意思統一を図り,何よりも高校と大学のコミュニケーションをしっかりとることで,実りある取り組みになることを期待したい.

4.自主教材開発

(1)『漸化式とその解法』(91〜94年)
 90年代は,自主教材の開発ではじまった.教科書,問題集,参考書の漸化式の扱いについて不満をもっていた私たちは,漸化式の体系づけた解法−大きく5パターンに分類−を提示するために『漸化式とその解法』(35頁)を作成し,91年から94年の旧課程最後の2年生まで授業で用いた.(この教材による授業実践報告は92年に本誌で紹介された.)
 かなり粗い手作り教材であったが,徹底した教材研究の産物であり,次なる自主教材開発の布石になった.

(2)『センターの基礎』(94〜99年)
 普通科では2年で文系,理系の各5クラスずつに分かれる.校外模試,センター試験で文系数学は例年苦戦を強いられている.
 文系担当者は危機感を抱き各人が個別に対応してきたが,個人の閉鎖的な努力が実を結んだとは言い難かった.『漸化式とその解法』作成で教材開発のノウハウが得られた私たちは,1年間をかけて問題選定を行い,94年4月から『センターの基礎』(117頁)を文系3年生の必修授業(週5コマ)のテキストに用いた.
 1頁に1時間で扱える4,5題をやさしい問題から順に配列,巻末にセンター試験の本・追試験(過去5年分)を採録したこの教材は,教員,生徒ともに好評で,毎年改訂を重ね99年まで活用された.学力は著しく伸びたわけではなかったが,一応の成果をあげたと言えよう.

5.授業,自宅学習の充実のために

(1)65分授業,2学期制の導入と授業進度計画
 94年度開始の教育課程を実施するにあたって,旧課程の単元配列をなるべく踏襲し,特に,2次関数,2次方程式(判別式,解と係数の関係,複素数)を1年7月までに扱うこと,理系の微積分を3年7月に終えていた旧課程のペースを維持することを重点課題とした.
 月2回の土曜休業による各教科の授業時数減少に対応するため,本校は97年度から65分授業(1日5コマ)を,98年度から2学期制を導入した.1日あたり授業時間が25分増え,さらに,1年間で授業日が1週間増えるからである.
 そうした努力にもかかわらず,94年入学生以降,理系数学を3年夏までに終了できた学年は2回だけであり,きわめて厳しい状況に置かれている.夏休みに数学Vの総復習ができるか否かは,理系生徒の現役合格率を左右する.幸いにも今年度は6月に終了し,7月から復習のための問題演習を行っている.

(2)週末課題(92年以降)
 91年以前,学力上位者を対象に毎週土曜日の午後「数学土曜テスト」を行っていた.それに代わり,92年4月から,中低位者対策として毎週末に課題プリント1枚(連休のときは2枚)を配布し,週明けに配られる解答を見て自己採点し提出する「週末課題」がはじまった.
 当初はその週の授業で扱った内容を盛り込んでいたが,前年度の復習,定期考査対策等,さまざまな目的で使われるようになった.また,平常点として評価に組み入れられており,試験で高得点をとっても,怠けていれば欠点がつく.
 毎年,各学年で生徒の実態と進度に合わせて約40枚を作成している.その労力は小さくないが,9年目になる今年度もごく当然のこととして続いている.

6.次の10年に向けて

(1)本校における94年ショック
 本校では94年ショックが今でも語り継がれている.現行の学習指導要領の実施開始学年を境に,生活態度,学力ともに大きく変質したからである.
 93年度入学生までの国公立大学合格者数は,おおよそ現役180名,浪人100名で例年ほぼ一定だった.しかし,94年度入学生以降は98年春を除き,現浪合わせて240名を切るようになった.新入生4月の自宅学習時間調査の結果を見ても,90年代前半と後半では30分以上の差が出ている.
 変化に対応できなかった本校教育に一因はあろうが,義務教育段階での基礎学力が低下していることは確かである.
 
(2)展望は拓けるのか
 いくつかのトピックについて,90年代における本校数学科の「敗北の歴史」を粗述してきた.この10年の取り組みが十分だったのかと自問するとき,内心忸怩たる思いに駆られる.
 2002年度から完全週5日制が導入され,その結果,65分授業導入時の2週53コマは2週48コマに大幅に減少する.
 さらに,2003年には新学習指導要領が実施される.巷では「2003年ショック」なる語が一人歩きしており,本校にとって94年ショック以上の衝撃になるのではないかと懸念されている.
 また,本校では2001年度から普通科が,自然科学コース(1クラス,理科3科目の履修が特色),人文科学コース(1クラス,地歴Bの2科目,公民1科目履修),総合科学コース(8クラス)の各コースに改組される(家庭科学科は募集停止).
 これらの変革の波に本校は翻弄されている.「展望は拓けるか」と問われても,確たる答えを返すことはできない.しかし,地方の公立高校の火を消さないためにも,中高大の連携を強め,次なる10年を乗り切っていかなければなるまい.

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