生物授業実践記録
本校のスーパーサイエンスハイスクール
生物分野の取組み
−モチベーションを上げる教育のあり方を求めて−
愛媛県立松山南高等学校
丸尾秀樹
 
1 はじめに

 本校は、平成14年度からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定された。対象は主に平成14年度理数科入学生であるが、平成15年度理数科入学生と科学系部活動に所属する普通科の生徒も対象に入っている。SSH事業は国の「科学技術・理科大好きプラン」の一つであり、モチベーションを上げるために、従来のカリキュラムにとらわれない取組みが可能となった。
 そこで、本校では「サイエンスX」「理数セミナー」「チャレンジX」という新設科目を設定した。また、理数系教育における特別行事を実施するとともに、科学部活動の充実強化などの取組みを行っている。
 一連の取組みの中から生物における授業内容について紹介したい。
 
2 「サイエンスX」

 この科目は、1年次(平成14年度)に3単位(水曜日の午後3時間連続の授業)で実施した。これは科学史、科学的思考と実験、最先端科学の3つの内容からなる。本校の理科(物理・化学・生物・地学)と数学の5分野の教員が、担当する期間を決めて、それぞれユニークな授業を実施した。
 生物分野では、生物工学(バイオテクノロジー)をテーマに,一連の授業を実施した。昨年度の6月に,ちょうど愛媛県の教育研究会があり、そのとき研究授業として、SSH対象生徒向けの新設科目「サイエンスX」において「光る大腸菌を作ろう」と題した遺伝子組換え実験を実施した(写真1)。

写真1 遺伝子組換え実験。
県内の高校で初めてということで,マスコミ取材の中で
実施された研究授業。

 新・旧教育課程においては、DNAに関連した内容をきちんと学ぶのは生物Uに入ってからである。したがって、一般には、理系に進んだ生徒で、しかも生物を選択した生徒でないとDNAについて学ぶ機会がない。しかし、DNAやバイオテクノロジーは生物分野において、現在最も注目を浴び、今後の研究成果が期待されている分野であることは言うまでもない。生徒にとっても、今,生物分野で最も関心を抱いている分野と言える。
 そこで、「高校でまだ生物を学んでいない1年生であっても、DNAやバイオテクノロジー関連の授業(実験)を実施することによって、生物分野に対するモチベーションを上げることになる」という仮説を設定して、SSH対象生徒全員に一連のバイオテクノロジー関連授業(実験)を実施した。
 1月に実施した内容は、次のとおりである。
 「発酵微生物と発酵食品」実験中心の授業(3時間)
   [1] 発酵微生物の観察と純粋培養
   [2] 酵母菌の発酵における糖の資化性
   [3] 乳酸菌、納豆菌の働き
 「分解者の働き」実験及び下水処理場の見学(4時間)
   [1] 放線菌の観察
   [2] 土壌微生物の培養
   [3] 下水処理場の見学・活性汚泥中の微生物の観察
 「バイオリアクターの作成・DNAの抽出」実験中心の授業(2時間)
 「組織培養(写真2)・プロトプラスト・細胞融合」実験中心の授業(3時間)

写真2 組織培養実験。
SSH予算で購入したクリーンベンチ内で実施した。

【1年間「サイエンスX」を実施して】
 年度末に実施したアンケート調査の結果によると、1年間のSSH対象生徒に行われた全ての授業の中で、「最も印象に残っている授業」として、第2位に「遺伝子組換え実験」が入った。ちなみに、第1位は「超伝導実験」であり、生徒にとって、興味・関心の高い分野は、やはり最先端科学の分野であると言える。本校の教育課程では、1年次は化学を履修している。生物は履修していない。もし生物を履修していたとしても、高校入学の早い段階では、最先端分野に関連した内容の授業はなされていないと思われる。まだ授業がなされていない内容であっても、教科書の範囲を超えた内容であっても、生徒自身が今一番興味・関心を持っている実験を自分で実施することで得た感動は、生物分野に対するモチベーションを上げることに繋がったと考えられる。

 
3 「理数セミナー」

 この科目は、高校と大学の連携を図った授業である。単位数は3単位で、1年次に2単位、2年次(今年度)に1単位の分割履修である。昨年度は月曜日の6・7時間目に実施した。今年度は、「チャレンジX」のある水曜日5時間目に実施している。大学訪問等の授業においては、「チャレンジX」の時間と振り替えて、まとめ取りをすることで実施している。
 大学に出向いて講義や実習を伴う授業を受けたり、本校において大学の先生の出張講義を実施することにより、研究の最先端あるいは最新情報を学び、研究の進め方や方法論等について理解を深めさせることを目的とした。
 12月までは、本校の理科(物理・化学・生物・地学)と数学の5分野で担当し、それぞれにテーマを設定して、大学(主に地元の愛媛大学)と綿密に交渉をし、内容を決定した。高校の授業との関連を含めて、大学の先生の授業が生徒に理解できるように、それぞれのテーマ毎に、事前授業・事後授業を高校教員が実施した。
 1・2月には、4回にわたって愛媛大学理・工・医・教育・農学部において、研究室訪問を実施した(写真3)。研究の現場に触れる経験を通して、生徒に,科学に対する夢を抱かせたり、研究に対する具体的なイメージを持たせることを目的とした。

写真3 愛媛大学農学部の研究室を訪問して。
初めて体験する(ウナギの)解剖。

 昨年度実施した「理数セミナー」生物分野(9月〜11月)は、「マクロとミクロの生物学」というテーマで、環境(生態学)からDNA(バイオテクノロジー)関連の内容にいたる広い視野を生徒に持たせるよう意図した授業である。
 9月は、高校教員による事前授業を実施した。「生物TA」、「生物U」を統合した形の独自教材を作成し、大学の先生方による授業との整合性を持たせることに配慮した授業を実施した。大学の先生方の授業後は復習と補足説明のための授業を高校教員で行った。
 大学の先生による授業は以下のとおりである。このうち「遺伝子治療」は愛媛大学医学部で、その他は本校で実施した。なお,「環境ホルモン」については,本校では化学(の教員)が担当したが、生物分野に関連があるので掲載した。
○田辺信介教授(愛媛大学沿岸環境科学研究センター、環境測定学)
 「環境ホルモン」(平成14年7月)
 内分泌攪乱物質(環境ホルモン)について,その定義と研究史、物質の名称とはたらき、影響などを講義。
○上真一教授(広島大学生物生産学部、生物海洋学)
 「瀬戸内海のプランクトンについて」(平成14年10月)
 生物海洋学の観点から瀬戸内海と世界の内海とを対比させ、瀬戸内海の特性とその豊かさについて講義。さらに、現在の瀬戸内海で起こっている「クラゲの大発生」について、最先端の研究成果を貴重なデータを見せていただきながら、分かりやすく、説明をしていただいた。フィールドワークのおもしろさ、重要さについて学んだ授業であった。
○林秀則教授(愛媛大学理学部、生化学)
 「遺伝子工学」(平成14年10月)
 バイオテクノロジーによって作り出された青いカーネーションを用いて、遺伝子組換えの持つ意義や現状、さらに今後の生物への応用について講義(写真4)。

写真4 青いカーネーション。
林教授が授業のために持参したバイオテクノロジー
によって作り出された青いカーネーション。

○大西丘倫教授(愛媛大学医学部、脳外科)
 「遺伝子治療」(平成14年11月)
 遺伝子組換えによる治療について、技術開発の歴史と理論的説明を受けた後、それを利用したガンに対する脳外科治療の実際について講義。講義終了後、医学部内の研究施設や救急治療室などを見学した(写真5)。

写真5 救急治療室の見学。
普段見ることのできない救急治療室で,
具体的な治療の説明を聞く生徒たち。

【1年間「理数セミナー」を実施して】
 この授業では、高大連携や研究室訪問等を通じて理系の広範囲にわたる学問分野に触れた。そのことで、生徒はそれぞれの学部において、数多くの新たな発見をしたようだ。「自分のやりたいことが見つかった」という生徒や,逆に「こんな面白い世界があることを知らなかったので、進路選択に迷うようになった」という生徒も出てきている。

 
4 「チャレンジX」

 これは課題研究の授業である。2年次、3年次にそれぞれ2単位ずつ、合計4単位配当している。今年は水曜日6・7時間目に入っている。担当する理科、数学の教員に生徒が数名ずつついて現在、班別に研究をしている。中には、昨年の理数セミナーとの継続した研究もあり、大学と繋がった研究をしている班もある。
 
5 おわりに

 本校SSHの取組みは、他に特別活動としてのさまざまな行事やサイエンスクラブと名づけた課外活動もあるが、今回は授業としての実践に限定して報告させていただいた。
 1年間のSSHの取組みは、本校最大の目標である「生徒のモチベーションを上げること」に大きく貢献したと言える。
 今後は「チャレンジX」において実施している生徒自身の課題研究において、研究する態度や方法を身につけさせると同時に、研究することの楽しさを体験させたい。そして、積極的に研究分野に身をおきたいと考える生徒を育てていきたい。