生物授業実践記録
DNAや染色体を実感する実験実習実践
神奈川県立逗葉高等学校
万行由美子
 
1.はじめに

 「理科総合B」の生物領域、「生物 I 」および「生物 II 」の生命の連続性や遺伝に関連する授業において、遺伝物質に直接触れることから学習をしています。
 「DNA」や「遺伝子」等の語句は、生命科学以外のコマーシャルや雑誌等でも使われることが多い中、きちんとその意味づけや実体を認識していない生徒もいます。生徒一人ひとりが物に触れ、気付き、わかったと腑に落ち、充実感が得られる学習展開を目指しています。
 実習や実験のたねは、これまで多くの先生方に教えを受け、自分の中でも工夫を重ねてきたものです。
 ここでは、「理科総合B」で行った授業を中心にまとめました。
 
2.「生物と遺伝」についての事前調査

 第一学年「理科総合B」の生物領域導入の際、生徒の認識の度合いを知るためにワークシートを書いてもらった。中学校での学習の基礎的なことがらは理解できているようだった。

【問い】これから染色体、遺伝子、DNA、ゲノムなどについて学習していきます。現在あなたは、これらについてどんなものだと理解していますか?それぞれについて、説明してください。

【生徒の回答のうち代表的なもの】
[1] 染色体とは……核の中にあるひも状のもの
[2] 遺伝子とは……次の世代に受け継がれるもの
[3] DNAとは……らせん階段のような形をしている
[4] ゲノムとは……わかりません
 
3.実習「ねじりっこDNA」

 DNAと染色体の関係が模擬的に実感できる。

【準備するもの】
 生徒全員に白色スズランテープを1mに切ったものとフィルムケースを配付する。

【実習の概要】
 ヒトの1個の核には染色体が46本ある。そこからDNAを取り出して全部つなげると約1mになる。スズランテープをDNAに、フィルムケースを核に見立てることにしよう。このスズランテープをなんとかきれいに折りたんで、フィルムケースの中にしまうことができるだろうか。…ここで少し試行錯誤させる。そのうち、スズランテープを二つ折りにしてねじり始める生徒が出てくる。教師も模範を示す。…一度二重らせんにしたスズランテープを持つ手の力を少し緩めてやると、その中央で折れ曲がってさらに二重らせん状に巻き付いていく。これを数回繰り返すと短い染色体状になる。ここまでくると、フィルムケースにすっぽりと収まる。また逆にほどいていくと、元の1本のひもになる。白色のスズランテープを使うのは、後の実験で抽出できるDNAの実際の色に合わせているためである。
 この実習は、神奈川県生物教育研究会の2008年の研究会で麻布大学 村山洋先生に教えていただいたものである。

 
4.実習 染色体の核型分析
 「チャイニーズハムスターの核型分析」

 チャイニーズハムスターの染色体数は24本であり、実習しやすい。この実習によって、体験しながら相同染色体や2nの意味や性染色体の存在を理解できる。

【準備するもの】
 細胞分裂中期の染色体の写真、はさみ、のり

【実習の概要】
 相同染色体と性染色体に注目して、細胞分裂中期の染色体の写真を教科書の図のように、きれいに並べ替えてみよう。

[1] 染色体とその番号を一緒に、1本ごとハサミで切り抜く。
[2] 形や長さに注目して、相同染色体となる、2本ずつのペアを見つける。ただし、この写真はオスの染色体の写真のため、相同にならない染色体が2本ある。それがこの動物の性染色体である。
[3] 台紙の上に、長い順に並べる。常染色体を先に並べ、性染色体は最後に並べる。
[4] 動原体の位置が、左右に一直線に並ぶようにする。このとき、短腕(たんわん)は上に、長腕(ちょうわん)は下になるようにする。

 この実習に用いた写真は、神奈川県立教育センター(当時の旧称)の研修(1993年)で国立遺伝学研究所 今井弘民先生に頂いたものである。

 
5.実験
 「ブロッコリーからDNAを抽出してみよう」

 緑色の植物体のろ液から白色のひも状の物質が出てくる瞬間、DNAを実感できる。

【準備するもの】
○薬品
 DNA抽出液:[4人分として]三角フラスコに純水45mlとNaCl 3gを入れ、よく振り混ぜNaClを完全に溶かす。さらに台所用合成洗剤5mlを加え振り混ぜる。泡を立てないこと。
 エタノール(99.5 %)[冷蔵庫で冷却しておいたもの]
○器具[1人分として]
 ハサミ、乳鉢、乳棒、薬さじ、100cc用ビーカー(1個)、50cc用ビーカー(1個)、不織布製のお茶パック袋、保冷剤、シャープペンシルの芯

【興味関心を引き出すための導入:ワークシートに、考えて書く】
(1) DNAは、何色をしていると思いますか?
(2) DNAは、原始の海で合成された物質である。ということは、DNAをよく溶かすものは、次のうちどれか?一つ選びなさい。
[サラダ油、砂糖水、食塩水]…(正解は食塩水)
(3) DNAは、他の生物の汗やだ液などの体液に含まれるDNA分解酵素によって、分解されやすい。材料を扱うときに気をつけることを考えよう…(正解は材料に直接手で触れない、しゃべらない、マスクをする等)


【実験のコツ】
DNAは他の生物のDNA ase(ディーエヌエース)というDNA分解酵素によって分解されやすいので、茎を持つ。花芽には素手で触れない!唾液末も厳禁!!
かくはんする際はビーカーを手で持って、揺するようにして、ゆるやかに行う。DNAはちぎれやすいので、ガラス棒などは決して用いないこと。
その後、5〜10分間くらい放置する。
ろ過する際はビーカーの上に不織布製のお茶パック袋を置き、内容物をこし取る。孔の大きさがDNAの分子量サイズに合い、また扱いやすい。
ビーカーの内壁には、DNAが、特に多く付着しているので、薬さじでよく取ること。さらに、薬さじを使ってお茶パック袋内の液をしっかり絞る。その後、お茶パック袋はまとめて処分する。
エタノールを注いだ後DNAが析出したら、シャープペンシルの芯を使って下の層まで差してゆっくりかき回すと、DNAが巻き付いてくる。シャープペンシルの芯は黒色で表面に凹凸があるのでDNAが巻き付きやすく、見えやすい。DNAが白色で粘性があることが実感できる。
60%エタノール入りの管びんに入れておけば、常温で長期保存が可能である。DNAは最初浮遊しているが、分子量が大きいのでやがて下に沈む。

 この実験は、神奈川県立総合教育センターにおける土屋尊子先生の研究(2002年)を参考にさせていただいている。

 
6.実習
 「DNAペーパークラフト作成」

 50分の授業時間内に作業を完成できる。二重らせん構造、相補的塩基対、10ヌクレオチドで1回転していること等が理解できる。

【準備するもの】
DNAペーパークラフト印刷用紙、ペットボトル、はさみ、のり

【実習のコツ】
立体的に作り上げたDNAモデルは、ペットボトルの上部を切り開けて中に納めると、長期保管しやすい。
ペットボトルの口部からDNAモデルを見ると、ウィルキンスとフランクリンが撮影したX線回折写真に現れた、らせん構造の特徴がわかる。

 このDNAペーパークラフトは、広島県高等学校教育研究会理科部会生物部教材生物・教具研究会の研究(2003年)を活用させていただいている。

 
7.その他の教材および生徒の理解

 「ヒトゲノムマップ」(文部科学省監修)や「染色体カレンダー」の写真、「遺伝子組み換え」や「ヒトゲノム解析計画」に関する本からの自作読み取りワークシートなどを活用して、生徒がより興味関心を持って、意欲的に学習できるよう、工夫をしている。
 これらの学習の後、生徒がどのように理解できたかを書いてもらったところ、次のような記述がなされた。一定程度の理解は得られたと考える。

【問い】次のことについてあなたは今どのように理解できていますか?実験、実習、ワークシートなどを通してこれまで学んできたことを振り返り、説明してください。

【生徒の回答のうち代表的なもの】
[1] 染色体とは……細胞の中の核の中にある。ほどくと二重らせんのDNAになる。人間には46本あり、生物によって異なる。ほとんどの生物は偶数本ある。
[2] 遺伝子とは……染色体の中にある。子孫に受け継がれていくもの。
[3] DNAとは……タンパク質をつくる。塩基をもつ。
[4] ゲノムとは……ひとつの生物がもつ遺伝子情報全体のこと。
 遺伝子(gene)+集まり・総体(ome)=ゲノム(Genome)
[5] 疑問に思うこと、もっと知りたいこと、こんなことができるといいなと思うこと……ヒトをつくっているものだから、とても興味がある。遺伝子やDNAがないとヒトはできていないから、もっと詳しい内容や構造を2年生で勉強したい。実際に実験をして、自分がわかるようにしていきたい。
 
8.おわりに

 「生物 II 」の授業においても、DNAの分子構造や転写翻訳を学習する前にこれらの実験実習を行ったところ、生徒は理解しやすく、好評でした。
 平成24年度より実施される「生物基礎」の中で、生物の共通性と多様性や遺伝情報とタンパク質の合成について学習します。中学校で学習する内容を踏まえてさらに指導法を工夫し、わかる授業により生徒の学習意欲を向上させ、確かな学力を育てていきたいと考えます。自らが、いつもわくわくできる授業展開をしたいと思っています。
 授業に向かう廊下や階段の途中でよく思い出す言葉があります。「この一言、子らの心に残れかし」。30年前、所属校の校長先生が退職されるときにいただいた短冊の一句で、肝に銘じている言葉です。