生物授業実践記録
読解力の育成を目指したグループ学習
−「細胞と酵素」の授業実践−
愛知県立武豊高等学校
松宮 誠
 
1.はじめに

 PISA調査とはOECD(経済協力開発機構)による国際比較調査です。2003(平成15)年の調査では「読解リテラシー」の分野で日本は前回の8位から14位と大きく順位が下がりました。そのため文部科学省は2005(平成17)年12月に「読解力向上プログラム」を発表し、PISA型読解力の育成に力を注ぐようになったことは記憶に新しいと思います。2006(平成18)年に行われた調査についても公表されていますが、芳しい結果ではありませんでした。
 PISA型「読解力」(以後読解力とする)は「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」と定義されています。「熟考」とは与えられたテキストからの情報だけではなく、自分の知識や経験などを基に内容や形式を深く理解し評価、判断していく力です。さらに、その結果を社会に参加するために、いかに表現するかまで求められています。私は日常生活の中で、読解力が最も発揮されるのは、お互いに自らの考えを述べ、討論し、意見をまとめるときであると考えています。社会の中で普通に他人と交わり、共に生活していくために必要なコミュニケーション能力といえます。
 以上のことを踏まえ、読解力の向上を目指し、教師が与えた情報から班員が互いに討論し、一つの答えにまとめる「グループ学習」を実践しています。今回は班員が協力して自作プリントの問題を解くというグループ学習の実践について報告します。単元は「細胞と酵素」です。自作プリントを解くために必要な情報の与え方によって、ヒントカードによる授業、 演示実験による授業に区分し、各1時限(計2時限)の授業としました。
 
2.ヒントカードによる授業

 各生徒に配布したヒントカード(情報源)から、必要な情報を抽出し、言葉によって伝達しながら問題に答える授業(図1)です。

(1) 授業の手順

[1] 班(4人編成)に自作プリント1枚(空欄に適語を答える問題14問)を配布します。内容については未習です。
図1 ヒントカードによる授業
[2] 班に解答をするのに必要な情報を記したヒントカード1組(26種類)を配布します。
[3] ヒントカードを班員に均等に配ります(1人4〜5枚)。
[4] 各自のヒントカードをみて、全員で話し合いながら、自作プリントの問に答えていきます。ヒントカードの内容は口頭で伝えることとしました。他の生徒にみせたり、内容を一覧にまとめたりすることは不可としました。

(2) 自作プリントとヒントカード

 以下に自作プリントとヒントカードの一例を記載します。

−自作プリントの問題例−
 常温で、過酸化水素はゆっくりと分解し、(1   )が発生する。試験管に入れた過酸化水素水に(2   )を入れるとこの反応が促進される。このときの酸化マンガン(IV)は反応の前後で変化がみられない。このように、自分自身は変化せず、特定の化学反応を促進させる物質を(3   )という。生物体の中にみられる触媒を生体触媒といい、主成分は(4   )である。生体触媒は一般に(5   )という。

−ヒントカードの記載例−

過酸化水素の化学式はH2O2である。
2H2O2→2H2O+O2
酸化マンガン(IV)は過酸化水素の分解反応を促進する。
触媒は自分自身は変化しないで他の物質の化学反応を促進させる。
生体触媒の主成分はタンパク質である。
生体触媒は酵素と呼ばれる。

 

 
3.演示実験による授業

 カタラーゼによる過酸化水素の分解反応の演示実験(情報源)を参考に自作プリント(表をグラフ化したり、考察する問題)を解きます(図2)。さらにグループで討論し、班としての解答を提出させます。

(1) 授業の手順

[1] 演示実験を実施します。
[2] 自作プリントを配布し、各自で問題を解かせます。
[3] 班に1枚ずつ自作プリントを再配布し、班員で話し合いグループとしての答えを決定させます。

図2 演示実験による授業

(2) 演示実験と自作プリント

 演示実験として過酸化水素水の入った試験管にニワトリのレバー片を加え反応を確認させました。対照実験は行いませんでした。
 以下に自作プリントの問題例を示します。

−自作プリントの問題例−
(1) 次の表はカタラーゼによる酵素反応の実験で、時間の経過と発生した酸素量を示したものである。
[1] 表をグラフにまとめなさい。
[2] カタラーゼを加えて5分間ほどは酸素が勢いよく発生していたが、6分を過ぎるとほとんど発生しなくなった。その理由を答えなさい。
(2) 完全に酸素が発生しなくなった後、試験管に以下の操作をした。酸素が発生するものに〇を付けなさい。
[1] 過酸化水素水を加える。 
[2] カタラーゼを加える。
(3) カタラーゼを加える直前の過酸化水素水に以下の操作をした。酸素が発生しないのはどれか。
[1] 過酸化水素水を沸騰させる。 
[2] 過酸化水素水に塩酸を加える。
(4) [1] 過酸化水素水の量は x(g) のまま、カタラーゼの量を2倍の 2y(g) 加えた。
発生する酸素の質量の変化を点線(………)でグラフに書き加えなさい。

 
4.実践結果

 グループ学習を2時限実践しました。学校生活において生徒間に問題がないこともあり、真剣で協力的な雰囲気の中、授業を進めることができました(図3、図4)。


図3 ヒントカードによる授業

図4 演示実験による授業

(1) ヒントカードによる授業の結果

提出した自作プリントはほとんど正解でした。
自分のヒントカードの情報を伝えないと問題に答えることができないため、全員が積極的に授業に参加することができました。
時間の経過とともに、全員が自分の情報を適切なタイミングで伝えることができるようになりました。
時間の経過とともに、各グループにリーダー的な存在の生徒が現れ、効率的に解答が進みました。
2枚のヒントカードを組み合わせないと答えることのできない問題があるため、全員が自分のヒントカードを確認し討論する場面がみられました。

(2) 演示実験による授業の結果

生徒にとっては難解な問題が多く、正答率は決して高くありませんでした。
討論するとき、生徒は各自のイメージを膨らませながら考えを伝える様子がみられました。
例 「化学反応というのは戦っている状態で、加熱するということは白熱した戦いをしているということである。」
ほとんどの生徒が自分の考えを伝えることに熱中してしまい、他の意見を聞くことがおろそかになることがありました。
非論理的な発言をする生徒と、それを訂正する生徒が中心となり、討論が進むようになりました。
各自のプリントでは正解であるにもかかわらず、討論する中で他の班員の間違った答えを選ぶ例がみられました。

(3) アンケート結果

 1時限目の最初にプレアンケートでいろいろな項目について得意かどうかを、2時限目の最後にポストアンケートで授業を受けた感想についてアンケートを実施しました。プレアンケートの結果をみると、以下のような結果が示されました。

「話し合うこと」「説明すること」など言葉による自己表現を苦手とする生徒が多い。
「不連続テキスト」を取り扱うことを苦手とする生徒が多い。
「話し合うこと」「説明すること」の方が「不連続テキスト」を取り扱うことより苦手とする生徒が多い。

 さらに、プレアンケートとポストアンケートとを比較すると、[1] 学習の効果が特に著しい項目、[2] 学習の効果が見られる項目、[3] 学習の効果が小さい項目に区分できることが分かりました。

[1] 学習の効果が特に著しい項目(グラフ1)

 「話し合うこと」「説明すること」「考察すること」についてはプレアンケートとポストアンケートによる差が著しく大きく、肯定的に回答した生徒が50%以上増加しました。特に、「説明すること」については全員が否定的な回答から肯定的に回答しました。2時限の授業実践でこれほど効果が現れるとは驚きでした。特に1時限目のヒントカードによる授業で

今までの受け身であった一斉授業と異なり、生徒全員に活躍の場があったこと
一種のゲーム感覚で授業が進んだこと
自己表現の「楽しさ」を体感できたこと

以上のことに起因するのだと思われます。また、学習項目と生徒同士が話し合った体験を同時に記憶するため、効果的に知識が定着しました(例 「基質」って○○君がなかなか答えられなかった問題だ)。

[2] 学習の効果が見られる項目(グラフ2)

 「長い文章を読む」「結果を予想する」「表やグラフにまとめる」ことについては、十分に効果がみられると思われます。「長い文章を読む」ことについてはヒントカードによる授業で空欄を埋めることに熱中してしまい、全体を見通す余裕がなかったにも関わらず、効果がみられました。また、授業の様子をみると、生徒にとって「表やグラフにまとめる」というのは、与えられた数値をグラフ化することができるということだと思われます。



[3] 学習の効果が小さい項目(グラフ3)

 他の項目に比べ、グラフや表を「読み取る問題」「まとめる問題」については学習効果が小さいことが示されました。生徒の様子をみると、グラフ3の「まとめる問題」は酵素反応のグラフを予想し答えることでした。「不連続テキスト」の問題の習得には経験が必要で、2時限の授業では補うことができなかったためだと思われます。

 
5.おわりに

 グループ学習では生徒間でコミュニケーションを取りながら、協力する機会を増やし、能動的に学習させることができました。自己表現の場を提供し、個々の生徒に活躍の機会を与えたため、知識の定着もよく、読解力の向上を図ることは効果的な学習方法といえます。
 また、友人関係を上手に作ることのできない生徒、自分から話しかけることが苦手な生徒も、問題解決を進めるためコミュニケーションに参加する姿が見られました。各班にリーダー的な生徒が出現することもグループ学習の特徴であると思います。
 さらに学習効果を高めるために、効率よくフィードバックさせること、グループ全体の雰囲気づくりや取組みの方向性を維持することが重要です。相互評価、自己評価や振り返りの時間を確保することも必要です。教員は教える立場ではなく、コーディネーターとして授業に関わることになります。今後も読解力の向上を目指した教材の開発に取り組みたいと思います。