生物授業実践記録
男子校医進系生徒を対象とした
生態系分野の野外観察
(兵庫)瀧川学園 滝川高等学校
生物科常勤講師
秋葉 靖
 
1.はじめに

 高校2年の理系(主に医歯薬獣医系希望:本校では医進クラスと呼称)生徒を主な対象者として,今年の夏期休暇中に野外観察授業を行いましたので,ご紹介させていただきます。
 
2.「なぜ野外実習なのか?」

 近年,生物実験の内容は生化学や分子遺伝の分野を中心にして,相当高度な内容のものが扱われるようになりました。生物を微視的に説明するという視点は,それはそれで大事なのだけれども,一方で生物を巨視的に捉える(個体の生き様として捉える)という視点も大事なのではないか。バブル崩壊後どうもこちらの側面がますます少なくなってきているのではないかと反省しておりました。
 夏期休暇中に当該クラスの生徒を主な対象者として,普段の授業では扱いにくいテーマや切り口で,授業担当学年の枠を取り払って単科特別講習をやってみようという企画が持ち上がりました。私はこの学年の授業には出ていないのですが,生物部顧問としての野外観察引率の経験や,県主催のエコリーダー養成講座の講師を務めた経験などから,生態分野ならお手伝いできるのではと考え,その旨申し出ましたところ,やってみろとの指示を受けました。以下は企画書の概略です。

〜企画書〜
講座名: (第一案)森林生物群集や生産構造の比較
(第二案)植物群落の生産構造
  ー二次遷移における植物相の変化ー
内容:

二次入試で大差のつく生物 II の中で,特にこの分野と単元は,実体験の有無が決め手になる。2日間という限られた期間でもあり,今後の学習動機付けを兼ねて,観察に基づく着想力の大切さ・命の大切さ・多様性を体感できる構成としたい。

(第一案)

神戸市立森林植物園に至るハイキング道と植物園において,里山の植生や世界の植物区の植栽標本を見ながら,生産構造の違いを比較しつつ概説する。大学で行う野外調査法の作業の手順を説明しながら,そのような手法を用いることにより,どんな知見が得られるのかを体感する。

(第二案)

学校敷地内の駐車場横に,今春,生物部の生徒達が起耕した畑4区画があり,施肥2区画,無施肥2区画でコムギ,ケナフ,レンゲ,ワタ,ネギなどの播種植物種の間に,侵入植物種が群落を形成しているので,これらの区画の観察を通じて,都市生態系の二次遷移初期における個体群の成長曲線,種間競争,土壌環境との相互作用,生産構造図,収穫量一定の法則について概説する。

 擦り合わせの結果,第一案で行くことになり,日程は,平成20年8月6日および7日の午後13:00〜16:00と決まりました。

 
3.生徒への案内

 本校では前例のないこと,対象となる高校2年では生態系分野は未習であり事前に自己学習の必要があること,安全管理の面からこの行事が遊びではないと意識付ける必要があること,などにより,生徒向けに講座案内を兼ねたシラバスを配布しました。以下はその概略です(一部加筆修正)。

〜講座案内〜
*講習概略と注意点
講習場所:

神戸市立森林植物園および周辺の山林

集合時間: 

8月6日,7日,両日とも13時00分

集合場所:

北神急行谷上駅改札口

(ここから一般ハイキング道を徒歩30分で植物園に到着)
各自の最低限度の装備: 飲料水(必須),ノート(首から紐で下げるクリップボードまたは測量用トランシットブック),筆記用具,生物 II の教科書(生態分野のコピーでも良い),植物図鑑(なくても可),濡れてもよい靴+ポンチョ(雨具)+帽子+長袖のシャツ+長ズボン+軍手+手拭い, 交通費+入園料300円

*講習予定内容
8月6日(水)

<植物園休園日につき,途中の道か付属施設(学習の森付近)で実習。入園料不要>

於:谷上〜植物園
照葉樹林の里山(二次林)の植生観察

優占種と標徴種
何を手がかりにして,どのように決めるのか?

階層構造・生産構造の捉え方
競争?それとも棲み分け?それとも共生?

土壌生態
作用,反作用,相互作用

生食連鎖と腐食連鎖
食物網を予想してみよう。

於 植物園(学習の森又は隣接するスギ・ヒノキ植林地の特徴)
広葉樹林と針葉樹林のちがい(何が違うのか)

8月7日(木)

於 植物園 世界の植物区(北米区)

木の見方,森の見方
DBH(胸高直径)の示すもの

照葉樹林と夏緑樹林
陽樹と陰樹
幼木と親木の比較

植物個体群の競争
(共生?)戦略〜繁殖戦略

<閑話休題ハンミョウ(和名:ミチオシエ)の行動観察>

荒地の植生
二次遷移と先駆種

 時間があれば,収穫量一定の法則にも触れる予定です。
 メモ・スケッチは各自適宜取って下さい。
 現場で,『これはね』という説明や,『なぜ?』『どう説明する?』 と聞くと思います。その場で,周りをよく観察して,答えを確認する・見つける努力をしてみて下さい。
 生物 II の生態系の分野は,特に実体験の有無が物を言います。塾や予備校にできることは高校でもできるが,高校でできることは塾や予備校にはできない。そういう講習や授業をできればといつも思っていたので,今回の講習では,敢えて入試問題には触れません。その程度のことは,実体験があれば,少しの知識で諸君自身が自分で正解を導き出せると思うからです。
 大切なことは,教科書や入試に出てくる現象や視点を,諸君自身が,実体験・認識の一部として持っているということだと思います。
 拙い先達ではありますが,諸君にとって,たとえ片目でも「眼から イクラ」となる体験が得られれば幸いです。

 
4.当日の様子

 参加者は3名でした。1人で引率し,安全管理をしつつ観察指導を行うにはよい人数でした。幸い2日とも夕立ちにも遭わず,マムシやスズメバチにも遭遇せず,用意した救急用装備一式も使わずに済みました。2日とも,ほぼ予定時刻どおり行動できました。

(1日目)ハイキング道(山田道)に入る前に,行程と観察目標を再確認し,安全上の注意点(スズメバチとマムシ)を確認した後,相観と階層構造を観察し(図1),優占種と標徴種の目星を付けて,林内に移動開始となりました。マント群落を観察しながら(図2),その意義を説明しつつ,砂防堰堤の上流側と下流側の動植物相の違いを観察し,砂防堰堤の功罪を考えました。林内の樹種と樹高,沢の様子などから,この山が採炭林〜建材植林地〜放置林と変化してきたこと(森と人の歴史)を見ていくうちに河原に出ました(図3)。オイカワの分布と行動を観察しながら進むと,ササ〜シノダケ群落の湿地を通ってスギ植林地に至り(図4),ここで林床と林内の小川のリター(還元分解層)がそれまでのアベマキ〜コナラ,ヤシャブシ林の林床とどのように違うかを確認して林を抜けました(図5)。道端のススキ群落で,生産構造がイネ科型と広葉型の両型が見られることをスケッチによって確かめながら,その理由を考えました(図6)。土砂採取場の脇を抜けて土壌環境を観察したあと,わずかに残るブナ林を通って植物園正門に15:20に到着しました。来た道を戻り,16:10分に谷上駅で無事解散しました。

(2日目)1日目と同じ道を通って植物園に到着。植物園内を針葉樹林区(ツガ・トウヒ)〜照葉樹林区〜夏緑樹林区(図7),〜北米区の順に見て回りました。林床の違いと,下層葉の分布に注目しながら,耐陰性が成長と共に変わっていくことを観察して15:00に植物園をあとにし,15:40谷上駅で無事終了解散しました。

図1 図2
図4 図3
図5 図6 図7
 
5.生徒の反応

 真夏の昼下がりの山歩きはともかく,植物観察という男子校生徒にとっては敷居の高い題材でしたが,彼らは結構楽しみながら,森を見て,木を見て,草を見ていた様子でした。自然観察というと,つい専門用語で説明したり,知識のお披露目になったり,蘊蓄を垂れてしまいがちになるのですが,小学生にも解るように,一緒に考えながら,子供たちに見つけてもらう,何より授業臭さ,教師臭さを極力消して我が子と一緒に山歩きを楽しむように振舞ったことが良かったのではないかと感じます。
 当日および1か月後の生徒の感想は以下の通りでした。
「楽しかった」「中間や期末テストの後とか,冬休みや春休みにもやって欲しい」「いつもやっていないことをやって欲しい」「もののけ姫のモデルになった屋久島の森に行きたい」「今度は僕が先生を連れて行ってあげる」「新鮮感がありました〈満足度80〉」「授業進度に合っていないので時期的に早かった〈満足度60〉」「人数が少なかったので集中できた〈満足度70〉」
 参加しなかった生徒の半数以上は,塾・予備校の講習があったからと答えていました
 
6.最後に

 2年前に本校からお話しをいただいた折り,校長先生から,「実験や観察を通して,命を大事にする教育をお願いします」との指示を受けました。今回の企画が,多少なりともご依頼にお応えできたものであれば幸いです。次の教科書改訂では生態が必修分野として下りてくることでもあり,今後こうした取り組みは不可避になるであろうと考えます。
 子供がいとも簡単に殺される事件を毎日のように見聞きする昨今ですので,なおさら学校だけは,「勝ち組・負け組」や「やった者勝ち」「ばれなければいい」などというのではなく,「生き物の約束」が必要な場所と時代に来ていると改めて感じました。