化学授業実践記録
ディジタルコンテンツを活用した化学授業
北海道函館東高等学校
渡辺儀輝
 
1.ディジタルコンテンツ教材に思うこと

 昨今、IT技術の活用ということで、様々なディジタルコンテンツが大流行の状態であり、各種科研費の申請も、実験手法の開発等ではなく、この手のものが多くなってきていると聞いている。しかしながら著作権があるにも関わらず、授業板書の内容をプレゼンソフトでガチャガチャ組み立てたものだの、実験手法を市販のビデオからmpegでキャプチャしたものだのが見受けられ、その数の多さに私自身少々食傷気味である。実際に生徒に見せると、生徒は最初はおもしろがるのだが、それが続くとうんざりしてくるようだ。かといって、限られた時間の中で悪戦苦闘しながら本当にすばらしいコンテンツを作成し、授業全般をディジタルコンテンツのみで運営するには、たいへん時間がかかる。この手間と従来の授業を天秤にかけると、生徒も教師も板書の方がよかった、ということにならないであろうか。
 同じようなことが「おもしろ実験の氾濫」の時期にもあった。生徒の目が輝く、というふれこみで、数限りない投げ込み実験が開発され、乱発された時期があった。ただやみくもに実験が行われ、生徒は「もっとおもしろいものはないのか」と求めるが、自然科学の知識が十分教授されることもなく、「あぁおもしろかった」で終わってしまう傾向があった。今回のディジタルコンテンツの狂想曲も同じ運命をたどるのではないかと危惧している。
 このような状態を生み出したのは、「ディジタルコンテンツをどう使うか?」という授業運営の議論の欠落である。授業の全てではなく、導入なのか、途中での思考の補助なのか、単元を終了した後のまとめなのか、その観点が抜け落ちているから胸焼けがするのである。おもしろ実験もそうであった。素晴らしい教材・実験群を現場教師がどのように運営していくのか、その議論がほとんどないままの状態になっていたのである。
 ディジタルコンテンツはアマチュアディジタリアンである理科教師の数少ない知識で作成するより、やはり教材会社が作成したものの方が見栄えがする。しかし、教師自身が描く授業のメインロードを逸脱した理科教材も多いのも事実である。どんな奇抜なソフトが開発されても、授業現場であまり活用できないのであれば、残念な限りである。
 
2.現場で必要なディジタルコンテンツとは

 現場の授業で必要なコンテンツ、それは素材である。物質のカタログ的なソフト、絶対見ることはできない分子結晶のソフト(3Dで回転できる)、重合などの化学反応をわかりやすく解説するシミュレーション、生徒実験をする前に安全面を配慮するような実験導入ビデオ、などなど。オールインワンである必要はまったくない。担当する教師の個性にあわせて取捨選択できるような自由度の高いディジタルコンテンツが、今一番必要なのである。実験mpeg動画を作ると、現場で化学実験が行われなくなる、という意見もあるが、それは使う教師の資質の問題であると考えている。安全面に配慮するということから、実験の導入部に生徒達に提示する観点もあるはずである。教科書の平面的な図ではわかりにくい立体構造の分子などを3D表示で示し、理解の補助とする、法則の羅列で黒板に書きまくるのではなく、ワープロソフトの全画面表示(プレゼンソフトは少々うるさい感じがする)で短時間で知識の整理をさせることも可能であろう。授業のメインロードはディジタルが走るのではない。担当する教師の情熱と方針がメインロードを走るのである。
 ハード面の充実も忘れてはいけない。文章と画像を同時に教室に提示するには、輝度の高い液晶プロジェクター(暗幕を張る必要がないもの、暗幕を使う場合には、手元に照明のリモコンが必要)およびスクリーンの2面配備が必要であり、かつパソコンの操作もOHP程度の手軽さにならなければならない。動画、スライド、シミュレーションなどでメモリー不足ですぐ落ちる、なんていうことはあってはならない。最近のパソコンにはスライドショーのついた画像提示ソフト、mpegをスムーズに再生できるプレーヤーなど多数の便利な機能が最初から付いているものが多く、組み合わせることで大いに力を発揮できる。それらがすべての教室に標準的に配備され、ネットワークでつながり、全国の化学教師が自由にサーバーに入っている多数の著作権フリーの素材を自分の授業運営方針に従って操作できる。そうならなければソフト開発の徒労はいつまでもいつまでも続くのである。ハード面の配備はミレニアムプロジェクトにより、またフリーの素材の開発については文部科学省・日本科学技術振興事業団(JST)が現在事業を展開している。私もその作成にあたり、「プラスチックと高分子化合物」「医薬品と肥料」にアイディアを提供し、実際に実験の撮影をしている。まもなくインターネット上に公開予定である。
 
3.私の実際の授業運営

 私はおもに実験の導入と、授業の単元の終了時にディジタルコンテンツを使用している。実験mpegを実験の最初に導入したことにより安全性が飛躍的に増した。理科部の生徒達ともに撮影したものをIEEEでおとしている。

 単元の終了時にはまとめとして以下のものを組みあわせて使用している。

  1. 大きめのフォントを利用したワープロ全画面表示によるまとめシートの提示(図1
    (次ページへ進む場合のメニューを別ウィンドウで操作できるように工夫している)
  2. 実際の物質のディジタル写真、または生徒提示OKの物質カタログ
  3. 私、または理科部の生徒がやった実験の様子を収録したmpegビデオ(写真1
  4. 市販され授業での提示許可がでているシミュレーションソフト(図2


図1 透析に関するまとめシート(ワープロソフトを使用)


写真1 水酸化鉄コロイドをつくる実験の映像(mpeg動画)


図2 チンダル現象に関するシミュレーションソフト(生徒提示許可済)

 もちろん見せっぱなしではなく、適度に生徒への質問、確認のための紙の小テストなどを取り入れている。付属のパソコンにはPHSが装備され、いつでも生徒の質問に応じてインターネットへ接続できるようになっていることも特徴である。
 ディジタルコンテンツをどう授業の中に組み入れていくのか? その議論が今最も重要である。
 ちなみに、私の実験室で使用しているノートパソコン、PHS、液晶プロジェクター、スクリーンはすべて私物である。通信料、ソフト料も自費である。このように、まだまだ環境が整っていない学校がある。これが現場の実態なのでもある。