物理授業実践記録
コンピュータを用いた力学実験
―斜面を転がる鋼球のv−tグラフの作成―
福岡県立城南高等学校
西村衛治
 
1 はじめに

 コンピュータを活用した物理実験は,従来の実験方法では測定が難しい計測を可能にします。本校で実施したA/Dコンバータを用いた簡単な物理実験を紹介します。
 
2.物理計測における
コンピュータ利用のメリット

 コンピュータの物理教育への利用は,物理計測だけでなくレポートの作成,シミュレーションなどさまざまな方法がありますが,A/Dコンバータを用いた物理計測を行った場合,以下のようなメリットが考えられます。

(1) 複数のセンサーを用いて同時に複数の物理量の計測が可能。(例:電流と電圧を同時に測定し表示する)
(2) 非常に短い時間間隔での計測が可能。(本校で用いた「キューブセンサー」(スズキ教育ソフト)では最短20ミリ秒間隔)
(3) 条件を設定した上での測定。(例:気温が25℃以上になった場合のみ測定する)
(4) 非常に短時間の測定,または長時間に及ぶ実験の自動計測。
(5) 測定結果がすぐに数値あるいはグラフ化して表示されるため理解しやすい。また,実験結果がすぐに表示されるため,実験結果の判断,再実験の必要性の判断などをしやすい。
(6) 計測を効率よく行うことができる。
(7) センサーを交換するだけで各種実験を統一した操作で行うことができる。
 
3.A/Dコンバータを用いた
物理実験例
―斜面を転がる鋼球のv−tグラフの作成―

 コンピュータを用いた物理計測の基本を学習するため,電極つきのレールを転がる鋼球の速度を測定し,得られたデータを表計算ソフトで処理しv−tグラフを作る実験を行いました。(図1)

 
図1 実験装置全体

(1)A/Dコンバータについて
図2 キューブセンサー
 A/Dコンバータは,光や温度,電圧や電流などの各種物理量をセンサーでとりこみ,デジタル信号に変換しコンピュータで処理します。今回スズキ教育ソフトの「キューブセンサー」を用いました。「キューブセンサー」は温度や光,電流,電圧,圧力等の各種センサーを取り付けることができ,8ビットでA/D変換します。センサーは2つまで同時に使用することができます。(平成14年11月に新製品が発売されているようです)(図2)
(2)測定原理
   運動する物体の速さの測定は,通常2組の光センサーを用いて,センサー間を通過する時間を測定して求める方法が一般的です。2点以上の速さを求めることができれば,加速度を求めることができます。(図3)
図3 光センサーを用いた速さの測定

 しかし,今回の実験のようにv−tグラフを描くには,複数の区間の速さを求める必要があり,光センサーを用いた場合,多くの光センサーが接続できるA/Dコンバータが必要です。
 今回用いた「キューブセンサー」はセンサーが2つまでしか取り付けられません。そこで,レールに取り付けた電極に運動する鋼球が触れることで回路に電流を流し,電流センサーで取り込む方法をとりました。この電極つきレールを用いる方法は,電流センサー1つで測定可能であり,電極の位置や数も必要に応じて配置できるので,実験の目的に合わせた利用ができます。図4に電極つきレールの配線図を示します。各電極には並列に電圧が加えられており,鋼球が電極に触れると電流が流れます。鋼球が電極を通過するたびに電流が流れるので,A/Dコンバータと電流センサーを用いて,経過時間と電流値を測定します。測定終了後,各電極に電流が流れた時刻より,電極間の平均の速さを求めます。

図4 電極つきレールの配線図
(3)電極つきレールの製作
(ア) プラスチック製レール(長さ182cm)の裏側を角材で補強します。
(イ) 写真のようにレールに30cmごとに6か所アルミテープを用いた電極を取り付けます。
私はアルミホイルと両面テープを利用しましたが,薄手のアルミテープもよいと思います。
(ウ) レールの両側にそって銅線をはり各電極をつなぎます。(図5)
図5 レールへの電極の取り付け
(4)実験方法
(ア) 図4のように測定する回路を組み立てます。図6に全体の写真を示します。
図6 実験装置
(イ) 予備実験
 電流センサーを取り付ける前に,電球を用いて予備実験を行います。
 各電極を鋼球が通過するたびに電流が流れていることを確認します。(図7)
図7 電球を使った予備実験
(ウ) 測定
[1] 電流計を電流センサーに取り替え,キューブセンサーを起動させる。
[2] 測定間隔を最短の2msに設定する。
[3] 鋼球をレールの先端より静かに転がし,電流と時刻の関係を測定する。
[4] 測定終了後直ちに画面で確認する。測定結果を見ながら,必要に応じて測定を繰り返す。
[5] 計測画面の表示をグラフ表示から一覧表表示に切り替え,各電極の通過時刻を確認し,プリントの表に転記する。
(エ) 実験結果の処理
 表計算ソフトに必要な計算式を入力し,電極間の平均の速さを求め,v−tグラフを作成する。
(5)結果
 実験結果の一例を図8に示します。
図8 斜面を転がる鋼球の v−tグラフ

 単純な実験ではありますが,v−tグラフがほぼ直線になり,等加速度運動であることが確認できます。原理が簡単なため,生徒もすぐに理解することができます。

 
4.実験を指導して

 今回のコンピュータを用いた実験を行う前に,記録タイマーを用いた重力加速度の実験を行い,手作業でv−tグラフを描きました。
 自分自身の目で実験を観察し,計測し自分で実験データの処理を行うことは,実体験が少なくなっているといわれている現代において,科学的なものの見方・考え方を身につける上でも,ますます重要になると思います。
 手作業で重力加速度の実験を行った後に,その体験をふまえてコンピュータ計測を行うことにより,コンピュータ計測のメリット・デメリットを実感しながら理解することができます。v−tグラフの作成では,手でグラフを描くときには誤差を考慮して直線を描きますが,コンピュータでは折れ線グラフしかできません。コンピュータで同様な処理を行うためには近似計算をさせる必要があります。手作業とコンピュータの2つの実験を自分で行うことにより,それらのことを実感させて理解させることができます。
 コンピュータ計測のもうひとつのメリットは,一度操作方法をマスターすれば,センサーを交換するだけでいろいろな実験に利用できることです。この実験は,コンピュータ計測の導入としての位置付けであり,その後の物理実験における,測定方法のひとつとして,運動量の測定,比熱の測定,電球の電流―電圧特性などの場面で利用しました。
 
5.おわりに

 現在2台のコンピュータを実験室の廊下にむけて設置し,気温の連続測定を行っています。現在の気温をリアルタイムでデジタル表示とグラフ表示を行っています。廊下を歩いている生徒が,現在の気温とその変化をグラフで見ることができ,多くの生徒が足を止めて見ています。コンピュータによる連続計測の例を示す意味でも手軽で実施しやすい演示実験です。(図9)
図9 気温の連続測定