物理授業実践記録
光の屈折の学習における
「フェルマーの原理」導入の試み
兵庫県立明石高等学校
新村晃司
 
1.はじめに

 光が空気中から水中に進むとき,屈折が起こる。光の屈折は中学校段階から学習が行われており,生徒達にとっては周知の事実である。高等学校の物理 I では入射角と屈折角の関係を「屈折の法則(一般にはスネルの法則)」として学習するが,ホイヘンスの原理に基づく説明は無味乾燥で,従来から天下り的になりやすいという印象をもっていた。
 今回,屈折の法則における授業で,少しでも生徒に興味を持たせるために私なりにいくらかの工夫を試みたので紹介する。

 入射角 θ1 と屈折角 θ2 を測定する実験は例えば図1のようなことを行えばよく,教科書にも取り上げられている。実験自体はそれほど難しいものではないが,測定したθ1θ2 の関係にどのような規則性があるかを生徒自らが見つけ出すことは容易ではない。

   図1 入射角と屈折角を調べる実験例(啓林館 中学校1分野上より

 θ1 を大きくすればθ2 が大きくなることはわかっても,それ以上のことはなかなかわからない。物理学史上においても,θ1 θ2 の値を求めた文献は紀元前にも見られるが,その二つの変数の間にある規則性がスネルによって発見されるまでに1500年以上の時間がかかっている。
 単純でかつ答えがなかなかわからない問題は格好の教材である。今回の実践では,授業ですぐに答え(スネルの法則)を教えてしまう前に,光の進み方を考えるための全く別のアプローチがあることを生徒達に伝え,光のもつ魅力を実感してもらうことを試みた。

 
2.フェルマーの原理

図2 海岸の設定
 生徒の興味を引く話題にフェルマーの原理(最小時間の原理)がある。例として図2のような海岸を設定する。中央の境界線より上が砂浜,下が海水の領域である。自分が点Aにいたとき,女性が点Bで溺れていたという状況を仮定する。すぐにでも助けなければならないこの状況で,諸君なら最も早く点Bにたどり着くためにどういうルートを通るか,という発問をするわけである。ただし,砂浜は速く走れるが,海水中では泳がなければならないため,進むのが遅くなる。

 生徒に考える時間を与え,意見を出させる。一見,点Aから点Bにまっすぐに進めばよいとも思えるが,すぐに,できるだけ砂浜を長く走った方が早く着けるのではないかという意見も出る。しかしその場合は総距離が伸びるため,これは距離と速さの兼ね合いの問題であることがわかってくる。

 もっとも有効なコースを探し出すために,ここでパソコンを利用する。この時,必要な計算は四則計算と三平方の定理だけであり,エクセルの基本操作ができれば十分容易な作業となる。
 一例として,図3のような座標を与える。図の x 軸が海岸線で +y 側が砂浜,−y 側が海である。自分自身は点A(0,50)の位置におり,女性は点B(100,−50)の位置で溺れている。点Aから点Bへ向かう無数のコースのうち,最も所要時間が短くなるコース(グラフのXの値)を見つけ出すことが目的である。ただし,ここでは各位置の座標の単位をmとし,砂浜,海水で進む速さをそれぞれ5m/s,2m/sとした。

図3 初期値の設定

 生徒各自がパソコンに向かい計算をする。パソコンの利点は適当な初期値さえ設定すれば,しらみつぶしにすべてのルートを確かめることができる点にある。Xの値を0から100の範囲で少しずつ(例えば1ずつ)変えてゆき,それぞれの場合の所要時間を計算させる。概ね図4のような表をつくることができれば,最短ルートを決めるXの値を求めることができる。結果を図5のグラフに示した。横軸がXの値,縦軸が総所要時間であり,このことからX=82を通るルートが最も所要時間が短いことがわかる。

図4 Xの値を変えていったときの総時間を求める表(一部)

図5 横軸にXの値,縦軸に総所要時間を取ったときのグラフ

実はこの軌道の決まり方こそ,光がどのような角度へ屈折するかを選ぶ原理に他ならない。この軌道の法線からの角度θ1 θ2 を幾何学的に求めさせ(図6),θ1 θ2 の間に

    (1) 

の関係があることを確認させる。

図6 Xの値(82)によってθ1 θ2 が決まる

 式(1)の右辺の値(ここでは2.5)は,2つの媒質中における速さの比(屈折率)となる。すなわち式 (1) はスネルの法則そのものを表している。光はある点からある点へ進むあらゆる経路のうち,最も短時間となる経路を選ぶという事実は発見者の名にちなんで「フェルマーの原理」と呼ばれ,ちょっとした驚きを与える事実である。
 このように屈折の法則を,少し違う角度から捉えさせることで,光や屈折に対する関心を高めさせることができると考えている。

 
3.屈折率の測定実験

 屈折の法則を検証させる実験として,次のようなことを行っている。
 図7のように500mlビーカーの縁に定規を設置し,目の位置を決めておき,水を入れる前に上面から読み取れる最下点の目盛り(点P)を測定する。次にビーカーいっぱいに水を満たし,目の位置を変えずに読み取れる最下端の目盛り(点Q)を測定する。ビーカーは横から見ればほぼ長方形とみなすことができるため,ビーカーの直径と水面からの深さを求めておけば,入射角θ1 と屈折角θ2 が計算できる。 の計算から,水の屈折率を求めることができる。簡単な実験ではあるが,非常に精度良く生徒達に水の屈折率を求めさせることができるため,必ず取り入れている。

図7 実験の概念図(左)と実際の様子(右)
 
4.おわりに

 湯飲み茶わんの底にコインを置き,水を入れていくとコインが見えなくなる。私たちが子供の頃,一度はやったことがあるこのようなありふれた遊びも,今の高校生は案外,夢中になってやってみようとする。光の屈折は身近に頻繁におこる現象であると同時に,光のもつ不思議な性質の表れでもある。光の屈折の授業が,「魅力のない分野」だと思われないように,今後いろいろな工夫を重ねていきたい。