物理授業実践記録
【物理 II 授業の投げかけの試み】
電子の比電荷(e/m)測定実験器の活用
−発展「粒子加速器の原理」,「オーロラの発光」どちらが効果的か?−
 福岡県立八女高等学校
與田浩二
 
はじめに

 電子の比電荷(e/m)測定実験器(物理 II 演示実験)に対する生徒たちの反応や興味関心が,だんだん薄くなっているように感じるのは,私だけだろうか。
 物理 I B(旧課程)では,「電子の発見」の項目で,陰極線,トムソン(電子の比電荷)の実験,ミリカンの油滴実験を学習した後,物理 II の「磁界中での荷電粒子の運動」で,ローレンツ力による円運動を学習していた。現在は,陰極線や電子の比電荷を学習せずに,物理 II の「荷電粒子の磁界中の運動」として演示実験をするためかもしれないが。
 
物理 II の授業の中で

図1 中央:e/m測定器,左:直流電源,右:真空管電源装置
 「磁界中の荷電粒子の運動」の項目で,磁界に垂直に投射された電子の運動を,ローレンツ力によってどんな運動をするのか考えさせ,その後,円運動の運動方程式を立て,軌道半径や円運動の周期を求めさせたりするのが,教科書の一般的な流れである。
 電界による加速によって電子のもつ運動エネルギーや速さを計算させたり,電子の速さ(加速電圧)によって円運動の軌道半径が大きくなることや,磁界の強さ(磁束密度)によって軌道半径が小さくなることを示したりできるので,エレクトロニクスの演示実験として,“e/m 測定実験器”を大切にしてきたのだが,生徒たちの反応は今ひとつということが多くなってきた。そこで,円運動の周期が速さによらず一定になることを利用して,原子核や素粒子の研究に欠くことのできない“サイクロトロン”がつくられていることを発展学習するが,興味を示す者は少なくなってきた(粒子加速器“サイクロトロン”が身近でなく,想像しにくいためか)。
 
公務員理科の課外授業の中で

図2 アンドーヤ・ロケット発射場(ノルウェー)で撮影したオーロラ(©宇宙航空研究開発機構(JAXA))

図3 本校の実験装置で見える光の環
 数年前,公務員希望の生徒たちから「オーロラが北海道でも見られた」とニュースでいっていましたと話しかけられた。地学分野で大気圏(対流圏,成層圏,中間圏,熱圏)について,さらには「太陽風と黒点活動」や「デリンジャー現象」を学習する。成層圏でのオゾン層や,熱圏での電離層,オーロラについては,過去に公務員採用試験の問題としても出題されている。地球の磁場やバンアレン帯,太陽からの荷電粒子が地球の超高層大気にぶつかって発光する“オーロラ”についても,地学図解で簡単に説明していた。

 「先生,“オーロラ”見たことがありますか」
 「どうして北欧や南極でしか見られないんですか」
 「一度は見てみたいですね」と生徒たちが話してきた。
 「先生,物理の実験装置で“オーロラ”を再現できないんですか」
 「何か,“オーロラの発光原理”が説明できるものはないんですか?」

と。

 地球の磁場に太陽からの荷電粒子がとらえられ,超高層大気にぶつかって発光するものとなれば,「e/m 測定実験器」でもどうかと思い,オーロラと e/m 測定器の写真を見せたところ,ぜひ実験してくださいということになった。
 e/m 測定実験器にヒート電圧6.3Vを加え熱電子を発生させて,次にプレート電圧200Vを加えて電子を加速し,その加速された電子が真空管の中に少し封入してある水素ガスに当たって発光する仕組みを生徒たちに説明しながら,電子の軌跡を示す“青白い光”を見せた。
 真空管内の水素ガスが地球の超高層大気に相当し,加速された電子が太陽からの荷電粒子(太陽風)に相当することを説明した。また,コイルがつくる磁界によって電子の軌跡がフレミングの左手の法則にしたがって曲げられ円軌道になることや,その円軌道の半径が,加速電圧や磁界の強さによって変わることなどを説明しながら実際に確かめていった。
 “青白い光”に見入って,写真のオーロラの色や“虹の色”との違いなどについて質問する様子は,物理を受ける生徒たちとは何かしら違うものがあった。“オーロラ”という神秘的な自然現象の原理の一端を説明し,再現する「物理のすごさ」に感心する生徒たちの様子に,物理の授業に欠けているもの(五感で感じ,不思議さや疑問を大切にする)に気付かされた。
 
今,物理の授業の中で

図4 「あけぼの」が紫外線で撮影したオーロラ(©宇宙航空研究開発機構(JAXA))

図5 土星の極地に出ているオーロラ(ハッブル宇宙望遠鏡(NASA))
 物理 II の二学期の授業「磁界中の荷電粒子の運動」の中で,電子工学の興味づけの演示実験として“e/m 測定実験器”を活用している。「“オーロラの発光のしくみ”を利用して,直接目で見れない『電子の磁界中での運動』を観察します」と紹介していくと,公務員志望の生徒たちと同じように,電子銃のしくみや加速された電子の速度計算,ヘルムホルツコイルの磁界による円運動の軌跡について,生徒たちの学習態度が変わるのに驚かされてしまう。
 現在は,オーロラの“緑白色の光”は556.7 [nm] の酸素原子の線スペクトルであることや,地上から見えるオーロラだけでなく,「人工衛星からみた磁極点を中心としたオーロラの環」(『オーロラ〜その謎と魅力〜』岩波新書,赤祖父俊一著 に掲載)のことにも触れている。また,ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた「土星のオーロラの写真」(前述の同書に掲載)を見せ,土星の大気の主成分が水素やヘリウムであることを説明し,水素ガスが少し封入されているe/m 測定真空管内の電子の軌跡を示す“光の環”は,宇宙から見た「土星のオーロラ」を再現したものと言えることを付け加えている。
 
まとめにかえて

 生徒たちの声「“オーロラ”ってどんな光?」から,自然現象の中にある総合科学的な見方につながる紹介や興味付けを,もっと活用していくべきではないかと気付かされた。
 オーロラの色の中には,酸素原子のほかに窒素原子や窒素分子の線スペクトルが含まれている。水素原子スペクトルは教科書で取り上げるが,共有電子対をもつ水素分子スペクトルとはどんな違いがあるのか,“e/m 測定実験器の青白い光”を直視分光計で観察してみた。確かに水素原子の強い赤色の線スペクトルは見られない。水素分子の共有結合している電子のエネルギー準位など,新たな疑問が出てくる。化学結合に関する疑問ではあるが,未知なる物への探究心を呼び起こす“問いかけ”として大切にしていきたいと考えている。