物理授業実践記録
入試問題を遊ぼう!
−乗ってはいけないジェットコースター?−
大阪府立岸和田高等学校
山崎勝載
 
1.はじめに

 遊ぶことから学ぶこと。生まれたばかりの赤ちゃんの頃から基本なのだが,高校生ともなるとなかなか難しい。「遊び=楽しい実験」とも限らない。座学による理論計算にも遊び心はあるのだが,理論の中に遊ぶには想像力がいる。イメージと理論を正しくつなぐためにこそ現物体験が必要だ。多くの単元で比較的手軽に現物の助けを借りられるのが物理の強みである。
 今年赴任した本校では,3年生を対象に,大学入試問題演習に演示実験を交えた夏期講習が行われていた。このシリーズ講習は生徒に評判がよい。入試問題に出題される実物をその場で見て確認できる機会はありそうであまりない。通常の授業時間内に理論導入から演示実験,そして入試レベルの問題演習までを実施するのは困難である。いざ入試問題に取り組もうという季節になると,設問にある物理現象がイメージできないまま数式を操っている生徒が少なくない。たとえば入試問題に描かれた回折格子の模式図と実物とがまったく対応づけられていないのである。
 有名なファラデーのクリスマスレクチャーみたいな楽しい講義に育てることを意気込んでこのシリーズ講習を今夏は私が担当したのだが,そのコンセプトを受け継いだものを以下に報告したい。試みとしてこの実践報告のための題材選びに3つの方針を設けた。まず,学習教材としては3年生の夏期講習に限定せず,他学年のどの時期の授業にも適用できるもの。3年生なら難易度の高い入試問題にも取り組める(取り組んでほしい)が,2年生はまだ総合問題に不慣れである。単元の典型問題が適当だろう。次に,演示用器具としては普段の授業での使用を考慮し,普通教室の教卓サイズで演示できるコンパクトな装置が望ましい。さらに,汎用性があり,他の実験にも流用できる器具であれば理想的だ。生徒実験用の力学台車などと違って,演示用教具は一つの目的のために作られた専用器具であることが多く,費用・保管の面からも多くは揃えられない。座学中心であるほど,演示実験でしっかりと実物を見せたいのである。
 
2.よくある鉛直面内の円運動の入試問題

 以上の方針により,教材としては鉛直面内の円運動の問題を取り上げた。教科書や問題集の発展例題にある典型問題であり,入試でもよく問われる。(図1参照。実際に出題されたものとは異なる。)直近では2008年宮崎大学で出題があり,円筒内の円運動に,最下点Oに静止した質量 3m の別の小球と衝突する問題が加わる。07年同志社大学でも衝突が加わり,06年山口大学では最高点から水平に飛び出した後の水平到達距離を計算している。05年京都大学の問題は,最下点を速さ vo で通過した小球が,壁面を離れてちょうど最下点に落下するためのvo を求めている。

図1 よくある鉛直面内の円運動

 このようによく問われる鉛直面内の円運動だが,円運動から外れた後の小球の軌道が生徒にはイメージしづらいようだ。壁面から離れたとき垂直抗力がはたらかないので N =0 と書けるが,これを v =0 と混同している様子がある。たとえば,図1の鉛直面内の運動をジェットコースターに見立てて「乗ってはいけないジェットコースターは?」と問う。スタート位置Sがどの高さであれば安全なのか,力学的エネルギー保存をほのめかして予想させると,スタート位置はループの直径と同じ高さ,すなわち h =2r であればコースターは最高点 A まで達すると考える生徒が多い。コースターはループ状のレールを最初の位置と同じ高さまで上がると考えている。最高点で速さが0でなく運動エネルギーを持つことを見落としているのである。斜方投射の問題で,同様にスキーのジャンプ台の問題を予想させた場合より誤答する生徒が多くなる。このことからも,円運動において壁面から離れる場合の運動を正しくイメージできていないことがうかがえる。そこで現物体験として演示実験の登場となる。

図2 どこまであがる?スキーのジャンプ台の問題

 
3.演示実験装置を組み立てる

 演示用教具としてはループ型レールが販売されている。黒板に磁石で固定できて便利そうだが,他に使い道がなく安いものではない。そこで,ここではスペースワープという玩具とビースピを用いる。スペースワープは25年ほど前に発売された組み立て式のコースターで近年復刻版が出ている。ビースピも元は玩具だが,現在は教材会社が取り扱う比較的安価で便利な簡易速度計である。

図3 スペースワープとビースピ 玩具が教具になる

 スペースワープの自由に曲がるレールを数個の固定具で支えながら必要な曲線を作っていく。ビースピはセンサー部2か所を物体が通過する時間から速さを計算している。このセンサー部がスペースワープの2本のレールの間にくるようにビースピを取り付ける(図4)。

図4 レールとセンサー部の拡大

 振り子が最下点付近を振動する場合には速度が変化することは一目瞭然なのだが,ひとたび小球が円筒内を一周してしまうと,どういうわけかそのことに気づかない生徒がいる。ビースピをループ上に複数取り付ければ,鉛直面内の円運動が等速ではないことを速度計で直接示せる(図5)。等速ではない円運動だが,等速円運動と同じ形の運動方程式が立てられること,しかし等速ではないために運動方程式一本だけでは解けないところがミソだから,ここは演示実験を通してしっかりと印象づけておきたい。

図5 等速でない円運動を印象づける

 
4.入試問題を解体する

 先の宮崎大,同志社大のように,2球の衝突問題が含まれている場合,この部分は運動量保存則と反発係数の式から衝突後の速さ V ' を計算させる。

   運動量保存則 mv+0=mv '+MV '

   反発係数の式 

 同時に演示実験を行う。ここでは質量比が3:1の衝突球を「流用」する。衝突球を見せることで,総合問題の中から衝突部分だけをクローズアップさせる。ビースピを用いれば,衝突前後の速さも直接測定できる。こうして入試問題の紙上計算と演示実験の両方からV ' が得られる。これをあらためて円運動の初速度と呼びvo と書きなおせば,ここから先は鉛直面内の円運動の問題である。(08年宮崎大の場合がM =3m, e =1である。)

図6 衝突球で衝突部分をクローズアップ

 実際に 3m の小球を最下点に置いて衝突させればよいのだが,この部分の再現は簡単ではない。入試問題の再現実験が目的ではないからこれで勘弁してもらう。むしろこうすることで眼前の演示装置自体があたかも単元ごとに分離され,大学入試のような総合問題も,すでに十分練習した基本パターンに解きほぐせるという印象をより直接的に与えられるのではないかと考えている。
 衝突前の斜面SO部分の運動も「解体」したい。鉛直面内の円筒に入る前のアプローチ部分である。よくあるのは高さhの点から静かにすべり落ちる設定であり,定石は,力学的エネルギー保存則 から vo= の関係を導き,必要な初速度の値が得られるように高さを求める。つまり h を変えることで vo の値を調整できるので,円筒の壁面をどの高さまで上がるかが決まるわけだが,これは実験手法としてこれまで初速度 vo を直接測定したり,調整したりすることが難しかったためだろう。
 斜面 SO は円運動そのものの理解には必要のない部分である。演示実験では,衝突部分と同様,摩擦などの条件で h の値は力学的エネルギー保存則による計算どおりにはうまくいかない。それなら高さ h でなく,斜面上の各点に「その点から落下させたときに実際得られる最下点での速さ」をそのまま表記してはどうか。予備実験時にビースピを最下点に設置してあらかじめ何度もパチンコ球を斜面から落下させ, vo が1.0m/s,2.0m/sになるスタート位置に印をつけておく。この表記は vo= からの計算値ではなく実測値というわけだ。これで最下点での小球の速さ vo の大小によってその後の小球のふるまいが決まるというこの問題の本質がより鮮明になる。

 図7 斜面に対応する速さを直接表示する

 さて最後に主題の鉛直面内の円運動部分だけが残された。運動方程式(または遠心力を含めた力のつりあいの式)と力学的エネルギー保存則から計算させる。

  中心方向の運動方程式 

  力学的エネルギー保存則 

 ここから最高点 A に達するのに必要な最小の vo と分かる。計算と同時にこの実験装置 r =7.0cmなら1.9m/sと印のある高さからパチンコ球をスタートさせるとよい。生徒が誤ったイメージを抱きやすかった最高点で N=0となった後の軌道も予想させて演示するのもよい。また, より小さければ小球は最高点に達するまでに壁面を離れ,放物運動をするが,ちょうど最下点に落下する速さは となる(05年京都大)。この装置なら 1.5m/s と印のある高さからスタートさせる。

 
5.今後の課題

 円の半径を変えようとしても,スペースワープは曲率を変えにくいという難点がある。支柱の長さも十分でない。演示効果のためにループ半径を大きくするとスタンドが必要になるなど,けっして使いやすいとはいえない。それでも予算もままならない現状を考えれば,安価で様々な実験に使い回しがきく組み立て実験キットが望まれるのではないだろうか。今回はあえて「流用」にこだわってみた。
 楽しい実験については諸先輩方にたくさんの実践と蓄積がある。私は今年教諭として採用され,初任者研修でも様々な実験をペットボトルなどでいかに(安く)工夫するかという実践的な技術を学んだ。まるで工作遊びのように思われるかもしれないが,けっして実験工作だけが物理の楽しさということではない。授業で演示できるものには質量とも限りがあり,すべてを演示することはできないし,する必要もない。私が学んだことは,効果的な演示実験を適切に配列することで,生徒自身がイメージする力をつけさえすれば,現物体験を離れて理論そのものを楽しめるようになるということだった。演示実験は,生徒が正しいイメージを持ってさらに深く理論そのものの中に遊ぶためのジャンプ台のようなものである。入試問題を越えて,今度は学びそのものが遊びといえる日がきっとくるだろう。

図8 教卓サイズの入試問題から想像力の翼をひろげよう