英語授業実践記録
学習英文法の「効果的」利用法
−その欠陥を逆用するための一試案−
追手門学院大手前中・高等学校 英語科非常勤講師
山本純平
 
1.「学習英文法」=「悪者」というイメージ

 高等学校で英語を教える場合、好むと好まざるにかかわらずある程度大学入試を意識した授業にならざるを得ない。長文読解や文法問題をひたすら解くという授業展開などはその典型と言える。特に後者の授業では、教師が英文法の内容を一通り説明し、その後で生徒が問題演習を行うという形式に終始することになる。そのような授業の根本的意義(「文法偏重ではないか」や「コミュニカティブな英語を教えていない」など)はしばらくおくとして、問題なのはそこで使われている「学習英文法」である。これまで繰り返し指摘されているように、現在の学習英文法には欠陥が多く、生徒の英語理解の助けとなるどころかかえって障害となるような用語や説明が散見される。その結果として「文法嫌い」の生徒を生み出し、文法は言語を習得するための必要条件(ただし十分条件ではない)であるにもかかわらず「文法」=「悪者」というレッテルが貼られてしまうことになり、大学入試に必要な英語力を身につけるための障害になるという悲劇(あるいは喜劇)を生み出している。
 このような事態を打開するためには、当然、学習英文法そのものを改変していかなければならないのだが、現場の教師にとってそれを待つ時間はない。それならば、教師が現在の学習英文法の欠点を深く理解し、それらを「逆用」することで少しでも生徒の英語力を伸ばし、ひいては言葉そのものに対する理解を促すことができないだろうか。そこで本稿は特に5文型と不定詞の副詞的用法を取り上げ、それらの説明が持つ欠点を実際の教室でどのように扱うべきかということについて筆者の実践を元に報告していく。そして結びとして、それらの実践報告を踏まえて、「あるべき学習英文法」とは何かということに対して一言してみたい。

 
2.欠点を取り上げる方法

(1) 5文型の諸問題
 学習英文法を論じる際、必ずといっていいほどその功罪を問われるのが5文型である。そこで5文型の中から次の3構文を取り上げ、その活用法を紹介する。

[1] 第3文型の同族目的語構文
 多くの文法教材が同族目的語構文を第3文型の特殊例として取り上げている。しかし、取り上げるだけで詳しい説明はほとんどなされていない。たとえば、次のように目的語に形容詞がつかないと非文法的になるという事実は挙げられていないので、教師が補足する必要があるだろう。

ア. She smiled a happy smile.
イ. *She smiled a smile.

 また、第3文型に分類されるということの大きな利点は、「動詞の後ろにある名詞句が目的語であり、受動態にできる」ということである。ところが、同族目的語構文はその限りではない。

ウ. I dreamed a funny dream last night.
エ. *A funny dream was dreamed (by me) last night.

 多くの授業でこのようなところが指摘されないでいる。しかし、こういう事実を指摘することで、「第3文型であるなら受動態にできるはずだ」という推論を生徒に促すことができ、さらに「目的語」という文法役割を意識させることもできる。ちなみに、同族目的語構文は英語にしかない現象であると思い込んでいる生徒が少なからずいる。そのような生徒には日本語の同族目的語構文(「歌を歌う」や「踊りを踊る」など)を提示することを心掛けておきたい。

[2] 第4文型の「所有者制約」
 第4文型に分類されるいわゆる「授与動詞」の間接目的語には所有者しか来ない。したがって、次のようなコントラストがある。

ア. John sent a letter to Mary.
イ. John sent Mary a letter.
ウ. John sent a letter to London.
エ. *John sent London a letter.

 このような事実はまったくといっていいほど文法教材には記載されていないが、提示すると、間接目的語と直接目的語の関係が「受取人−贈り物」の関係であることがスムーズに理解される。さらに、上記のような書き換えの意義(新情報が文末に置かれるという談話の方略)も伝えておきたい。そうすれば、直接目的語が代名詞のときに第4文型ならない事実もはっきりと示すことができる。

オ. I gave the boy an interesting toy.
カ. *I gave the boy it.

[3] 第5文型と「常識的解釈」
 英語を理解するためには第5文型を習得しておくことが重要であることは言うまでもない。しかし、多くの生徒が理解に苦しんでいる。特に補語に現在分詞と過去分詞のどちらがくるのかということが生徒にとっては難しいようである。そこで、文脈がないと一義的には決まらないにもかかわらず答えとして現在分詞と過去分詞のどちらかを選ばせる問題を取り上げて、両者の違いを説明することができる。たとえば、次のような問題を考えてみる。

ア. 誤りを訂正しなさい。
 You should not keep her studied for three hours.

 答えは当然 studied を studying に変えるわけだが、それは「一般的常識に照らして」そうなるに過ぎない。「研究者である彼女が自らすすんで人体実験の被験者となっていて研究が続られているが、実験が過酷で3時間も続けて行うと被験者である彼女に申し訳ない」という文脈ではbeingを補うという訂正も「文法上」誤りではない。(もちろん、英語話者はこのような文を発しないのではあるが)このような突拍子もない文脈設定を提示することで生徒の興味を喚起することができる。ただ、注意しておきたいがこのような文を提示する際は「文法上」正しいに過ぎないということも併せて伝えておかなければならない。あくまで、興味喚起のための手段であることを意識することが肝要である。

(2) 不定詞の副詞的用法

[1] 下位分類の必要性
 周知の通り、ほとんどの文法教材で不定詞の副詞的用法は「目的」「感情の原因」「判断の根拠」「条件」「結果」など意味・機能的に下位分類される。日本語との対応関係を考慮すればこの分類自体は決して無意味ではないが、これもやはり一義的には決まらない。それゆえ、多くの生徒が機械的に日本語訳を出さないように注意を払いたい。たとえば、次の文は感情表現に後続しているにもかかわらず目的である。

ア. Susan pretended to be happy to conceal her mother's death.

 こういう文を提示すると、下位分類の機械的な適用を避けさせる助けとなる。

[2] Tough構文=副詞的用法?
 さらに、副詞的用法には「形容詞の修飾」という下位分類があるが、この構文を副詞的用法の一つとするとその特性が見えにくくなる。そこでこの構文は、「“It is 形容詞 (for 人) to do” の形容詞が難易を表す場合、不定詞の中の目的語が主語になる」という導入をした方が生徒は理解しやすい。(生成文法ではこの現象を「 Tough 構文」と呼ぶ)

ア. It is easy to drive this car.
イ. This car is easy to drive .

 このような説明を提示しておくと、動詞の後ろに代名詞が来ないことも指摘できるし、too - to ...構文と統一的に教えることができる。

ウ. This problem is too difficult to understand.

 このように、既存の説明・分類に甘んじることなく、生徒にとってよりよい説明方法を模索するためにも現在の学習英文法を「他山の石」にしておきたい。

(3) 語法のおかしさ
 さらに、文法のみならず語法にも「悪しき習慣」は多い。

[1] much more の古臭さ
 現代英語ではほとんど使われないmuch moreという表現は、日本で書かれた高校用文法教材には「比較」の項目の慣用表現として必ず登場する。

ア. He can speak German, much more English.

 筆者は、この文の古臭さを次のような訳で表すことにしている。

イ. 彼はドイツ語が話せる。況(いわん)や英語においてをや。

 つまり、訳によって表現としての古さを生徒に伝えるのである。そうすれば生徒はこの表現がいかに時代遅れであるかが納得できる。

[2] dareを「あえて」と訳す勇気
 (助)動詞dareは「あえて」と機械的に訳されることが多いが、すくなくとも現代日本語では「あえて」を「勇気を出して」という意味にはあまり用いない。むしろ、「必要ではないことをわざわざする」というニュアンスに用いることが多い。このような語の意味のシフトはよくあることだが、それに注意を払わず前例を踏襲したまま教えるのは教師の怠慢と言わざるをえない。さまつなことではあるが生徒の日本語運用能力を伸ばす意味でもけだし必要なことであろう。

 
3.より良い学習英文法構築に向けて

 以上、既存の学習英文法の不備を逆用する方法を提示してきたが、最後にこれからの学習英文法のあるべき姿について述べておきたい。それは一言で表現すると、「生徒にとって有用な文法」ということである。例外が多く含まれていて統一的な説明がなされていなかったり、時代にそぐわなかったり、難解な文法用語を用いたりしているままでは一向に生徒の理解は得られず、「文法=悪者」のイメージも払拭できない。英語教師としてもっともしてはならないのは、教材の説明を絶対視してその欠陥に目を向けないでいることである。日々の授業で教師が現在の学習英文法が持つ欠陥に注意を払い、よりよい説明方法を考えていくことで生徒のニーズに合った新たな学習英文法が確立されるはずである。本稿で提示した実践報告がその一助となれば幸いである。