英語授業実践記録
これから求められる受験指導
−英語教育を通して, 今こそ心の教育を−
福岡県立光陵高等学校
高瀬 博
 
1.これまでの受験指導とその弊害

(1) 現代若者気質と受験教育
 最近、新聞の紙面を賑わせている記事というと、子供が親を殺したり、親が子供を殺したりといった、ひと昔前では考えられないようなニュースばかりである。
 列車に乗っていても、お年寄りに席を譲る人は少なくなったし、それどころか自分の欲望を満たすためなら周囲の状況もお構いなしに大声で携帯電話をかけ、音楽をならす始末である。信号機のない横断歩道を渡ろうとするお年寄りを見つけて、止まってあげる車が何台あるだろうか? 今の世の中、全て自分中心になっていないだろうか?
 一体誰がこういう若者たちをつくってきたのだろうか? 教職の立場にある私には、今までの受験指導にも責任の一端があるように思われる。

 「我が子を国公立か有名私立の大学に入れたい」という多くの保護者たちの願いを可能な限り叶えたいという思いから、高校、塾、そして予備校までもが『うちに来れば必ず志望の大学に入れます』をキャッチフレーズに生徒の争奪戦を始めた。気がついてみたら、「うちからは国公立に何人、有名私立に何人合格した」といった数字のみを競い合うようになっていた。そして、「入試に出るから勉強する」「入試と関係ないから勉強しない」といった間違った概念を生徒たちに植え付ける結果となったのである。
 全国の高校の多くは、今でも3年生になると生徒達に教科書は買わせるけれど実際には使わず、過去に頻繁に出題された問題を要領よくまとめた入試対策の問題集を別に購入させ、実際にはそれを使って授業をしているというのが実態ではないだろうか? ひどいところになると、「生徒の進路実現のため」という大義名分のもと、本来あるべきカリキュラムを大幅に逸脱し、教科書そっちのけで「受験指導」に専念している学校すらあるらしい。

(2) これでよいのか効率重視教育
 最初は「一人でも多くの生徒の進路目標を実現させよう」という意図で始まったこのような受験指導が、年を経るうちに「自分の進路希望達成のためなら何をしても許される」「自分の進路実現にとって不必要な教科の勉強は、役に立たない無意味な勉強である」といった価値観を生徒だけでなく教員や保護者の間にも浸透させてしまったのかもしれない。気が付いてみたら社会生活全般にわたって、「自分の利益にならないことはやっても無駄である」という風潮になりつつあるようだ。
 教科書には、実際の受験には出ないかもしれないけれど人間生きていく上でもっと大切なことがいっぱい書いてあるのに、「内容よりも効率重視」のこうした受験指導を続けていて果たしていいのだろうか?

 
2.これから求められる受験指導

(1)「2006年度 大学入試」分析結果から
 今まで述べてきた「受験指導の弊害」を早く解消しなくてはならない。そのためには、

[1] 「大学入試の問題」を変えていく必要がある。
[2] 今までよく出題された問題をただ単に丸暗記しておきさえすればある程度の点がとれる時代は終わりにしなければならない。

 そういった思いからか、 2006年度の国公立の2次試験では次のような問題が多く出題されている。いずれも自分で考え自分なりの意見を表現する問題である。
 しかしながら、この種の問題をわかりやすく生徒に指導するための対策本や参考書は今のところ皆無に等しい。(たとえば、何でも廉価で手に入る飽食の時代に生きる現代の若者たちに「もったいない」という概念(下記問題ウ)を理解してもらうのも一苦労ではないだろうか。)

あなたがこれまで中学校、高校、塾、予備校、英会話学校などで習った英語の先生の中から一人選び、その先生との思い出について100語程度の英語で述べなさい。
(2006. 大阪教育大学・筑波大学(類題))
「成熟した大人」になるとはどんな人になることだとあなたは考えますか。そう考える根拠、理由を示しながら100語程度の英語であなたの考えを書きなさい。
(2006. 大阪外国語大学・名古屋市立大(類題))
2005年2月に来日したケニア副環境大臣のワンガリ・マータイさんの「もったいない」の話
(2006. 岩手大学・岡山大学・九州大学)

(2)「使えて話せる・一石二鳥の英文法」の指導を
 今年4月、いわゆる「新課程の生徒たち」が高校に入学してきた。「ゆとり教育」という大義名分のもと、「英文法なんぞいらない、オーラル、オーラル」で育った生徒たちである。
 その生徒たちも3年後には、自分の進路実現のため「大学入試」という高いハードルを飛び越えなければならない。もちろん進学する生徒たちばかりではない。多種多様の生徒のニーズに答えながら「英語のたのしさ」を実感させることのできる英文法の指導も必要となってくる。
 I hope, I wish, I wonder を例にとって説明しよう。

人の役に立つ立派な人間になるんだよ。
I hope you become a good man who can be useful to others.
ぼくはいつも金欠なんだ。金のなる木はないかなあ。
I am always flat broke. I wish money grew on trees.
(1) きょうは誰が投げるのかしら。
(野球で)
I wonder who'll pitch today.
(2) あと30分で終わるかしら。 I wonder if I can finish in 30 minutes.
(3) きょうはどうやって
暇をつぶそうかなあ?
I wonder how I can kill time today.

 こういった実際に使える例文で構成されている英文法の参考書やテキストであれば生徒たちにもわかりやすいし、実際「やる気」も出ると思うがいかがなものでしょうか? 
 ちなみに、「あなたはもう忘れたかしら」という有名な曲の歌詞も、上の慣用表現を使えば I wonder if you have already forgotten it ? と簡単にできますね。
(実は、上で紹介したような実際に使える例文を取り上げたテキスト『使って話せる・一石二鳥の英文法』の原稿をまとめました。このようなテキストを希望される方が多いようなら出版したいと思っているのですが…)

(3)英語教育を通して、今こそ心の教育を
 文部科学省検定済の英語の教科書には、必ず「Rapid Reading」といって生徒の心の琴線に触れる読み物が入っている。Alfred Tennyson の『Enoch Arden』や O. Henry の 『The Gift of the Magi』や『The Last Leaf』。これらを読んでいたら「自分の思い通りにならなかったから殺人をした」という言い訳をする若者はずっと減るであろう。生徒の心の琴線に触れる読み物が、一つ、二つ必ず教科書に載っているのに、受験に出ないからという理由でカットされるという現実がある。今こそ、英米の文学を見直す時期に来ているのではないだろうか。英語教育を通して、心の教育はできないだろうか?と今、強く思うのである。