英語授業実践記録
私の授業― 白杖とブレイルノートと、
そしてまわりの人に恵まれて
大阪府立今宮高等学校
有本圭希
 
馬手に白杖……

 「馬手に白杖、弓手にブレイルノート」私が教室に向かう現在の出で立ちです。
 「ブレイル」というのは、点字を発明した視覚障害者で、フランス人のルイ・ブライユにちなんだ点字という意味の英語 braille からきています。この「ブレイルノート46X」はユーザー領域として開放された約5メガバイトのメモリを内蔵した46マスの点字ディスプレイを装備したポータブルな点字電子ノート。白杖と共に私の「つええ(強い)見方」です。
 さて、教室の戸を開けると「先生、そこでちょっと待って。動いたらあかんで。」という元気のよい数人の生徒の皆さんの声。教壇のそばのストーブを、私が通りやすいように移動してくれているのです。「お待たせ。もう大丈夫やで。」私はやおら教卓に進み行き、ブレイルノートをセット。授業を始めます。
このブレイルノートには、私が担当しているクラスの名簿、教科書、参考書、私の準備メモの点字データがぎっしり詰まっているのです。出席をとり終わったらデータを教科書に切り替えて授業に入ります。ここで少しだけ私の状況を書かせてください。
 うすうす気付かれたことと思いますが、私は全く眼が見えません。明暗と折り紙の色を見た感覚は憶えていますが、墨字(点字に対して眼の見えている人が使う文字を総称して私たち見えない者はこう呼んでいるのです)を読んだことも、物の形を眼で認識したこともありません。

 
点字電子ノートや点字変換ソフトが強い見方

 母校の大阪府立盲学校から眼の見えている生徒の皆さんの学ぶ府立高校に転勤して20年余り。最初は弓手に点字書だったのですが、ペーパーレスになって随分楽になりました。つまり、たとえば昨年度リーダーの授業で使っていた「マイルストーン I 」をB5の点字用紙に打ち出すと300枚以上になってしまいます。とても片手で運んで行ける分量ではありません。しかも、それを20年前のように朗読ボランティアに読んでもらって聞き書きしたり、点訳(墨字を点字にすること)ボランティアにお願いして点字教科書を作っていただいていた頃は、授業準備=点字教科書作成作業でした。
 そのうちにマニュアルに教科書データのフロッピーディスクが添付される時代が到来し、点字教科書作りの苦労も軽減されました。視覚障害者もパソコンの恩恵に浴し、テキストデータを点字データにかなりの精度で変換するソフトが出現したからです。ご存知の方も大勢いらっしゃるとは思いますが、点字は音標文字です。漢字は発音する音に変換された点字になります。だから先ほど「かなりの精度」と書いたのです。
 それに私が知っておいていただければと思うのは、 MS-DOS も WINDOWS もモニター画面を音声確認できるソフトを先駆けて開発したのは、画面をビープ音などで確認しながら「どうしてもなんとかしたい」という強い心をもった偉大な視覚障害者だったということです。もちろん、上記のテキスト→点字変換ソフト開発者もその偉大な人の1人です。
 話を点字教科書に戻しましょう。確かに随分楽にはなりましたが、マニュアル添付のディスクだけではまだ不充分でした。新出単語や文法のまとめや練習問題のページのデータが無いからです。それに私はリーダーだけを担当してきたのではありません。英文法や英作文の教科書は添付ディスクが無いため、相変わらず聞き書きと点訳にたよっていました。生徒の皆さんに読んでもらったこともありました。
 そういった「呪縛」から完全に解放してくださったのが、リーダーでは啓林館編集部の方々だったのです。教科書データはいうに及ばず文字にできない写真や挿絵の説明や練習問題の解答・和訳もテキストデータでいただきました。教科書の心配をしないで1年を過ごせたのはこれがはじめてでした。ありがたいことです。本来の授業準備に専念できました。H15年度は「マイルストーンU」を指導します。啓林館の皆様、今年度も引き続きどうぞよろしくお願いします。
 
私の授業風景―言葉と心のキャッチボール

 最後に、私がどんなふうに授業をするのかを少し書かせてください。基本的には生徒の皆さんとの「言葉のキャッチボール」によって進めていきます。いただいた教科書中の写真の説明データを読みながら、私が「このページに中田博士の写真(マイルストーン I Lesson 12)が載ってるんやね。どんな人?」と聞くと「白髪のおじいさん。かっこいいで。」と即座に返ってきます。「そういえば先生、全然白髪がないなあ。苦労してないねんなあ」。……。
 それから質問で答えを引き出しながら大意をとったり、重要表現で短文を作らせたりしていきます。どうしても黒板を使う回数が少ないので、授業プリントで要点を確認します。でも、たまに私が黒板に向かうと、英文を1個書くだけで静寂が訪れます。奥の手の1つです。きちんと書けたかどうかは生徒の皆さんに読んでもらって確認します。これは英作文の答え合わせで、当てて黒板に書いてもらった答えを確かめる時にも、他の人に読んでもらうという形で使っています。ややこしそうなつづりはキャッチボールで確認しますし、後で虫食いプリントでも確認します。眼の見えている先生方と同じことをしていてはとうていかないませんので、なんとか言葉を中心に工夫をこらしていこうと考えています。
 私に質問する時には生徒の皆さんも心を決めて、「ここ」と指を指すかわりに、その箇所や問題を音読してくれます。それに間髪を入れずに反応できるかどうかが勝負! 年齢と共にやや反応が鈍ってきましたが、なんとかがんばっていくつもりです。
 そういえば、生徒の皆さんとのキャッチボールというのはすごいスリルがあるのです。ボランティアの方々のお陰で、ようやく「大辞林」、「プログレッシブ英和・和英中辞典」、「研究社英和中辞典」等の点訳データや各種参考書点字データが入手可能となり、パソコンで調べられるようになってはきています。しかし、先生方のように授業に辞書は持参できませんし、生徒の皆さんの方がより新しく詳しい参考書や辞書を持って待ちかまえているところへほぼ丸腰で入っていくのですから、ほんとうにおもしろいです。うまく辞書を読んでもらってこちらの知識を増やしながら生徒の皆さんの力を伸ばしていくように心がけています。私は、「読めない、電子辞書等の装置が使えない」ことは決してハンディだと思っていません。まわりの人に恵まれているからです。
 
最後に

 長々と読んでくださってありがとうございました。なにか私に協力してやろう、教えてやろうという方がいらっしゃいましたら、また、統合教育で視覚障害生を担当して心配しておられる方がおられましたら有本までメールをください。よろしくお願いします。

 (本文に出てきました「ブレイルノート46X」は株式会社ケージーエスの商品名です)
e-mail: yanerockjp@yahoo.co.jp