教育改革のとりくみ 目次

特別支援教育から見た小学校1学年の算数

玉川大学教職大学院
准教授 阿久澤 栄

はじめに

 昨年4月から始まった特別支援教育。その対象となる学習障害(LD),注意欠陥多動性障害(ADHD),高機能広汎性発達障害(高機能自閉症やアスペルガー障害)などの子どもたち(以下「この子たち」という)が学級に一人でもいると指導が大変なことになる。毎日の生活の指導から教科の指導まで‥‥。しかし,この子たちは,担当される先生方よりももっと大変な思いをしているのかもしれない。彼らの障害特性を理解し,ちょっとした工夫をすれば,先生方も子どもたちももっと楽ができるかもしれない。そんな思いから,私と関わりのあった特別支援教育の対象となる子どもたちの様子を通して「授業」,特に小学校1学年の「算数」の進め方を考えてみた。

1.特別支援教育対象の子どもたち

  ここにあげた障害は,医学的にはそれぞれ診断基準があり厳密に区分できるものである。しかし,教室で見ているとそれぞれの障害特性の違いより共通する点が多いのも事実であり,指導にあたっては,子ども一人ひとりの障害種別(障害名)を気にするより,次のような点にまず注意して指導することが大切になる。

1

あいまいな表現は避け,見通しを持てるような言葉がけをする。

2 いやみや皮肉は通用しないので使わない。また,言外に意味のある言葉も通用しない。さらに,ほめるときには何が良かったのか,その理由を言い,徹底的にほめる。
3 ゆっくり短いことばで指示を出す。一度に複数の指示を出さない。
4 聞くことより見ることの方が得意な場合が多いので,複雑な指示は紙に書く。
その際は,単純明確に余計なことを書かないことも大切。また,時間を追って[→]などを使うなどわかりやすく簡明なものにする。
5 全体への指示は自分に話されているという意識は持ちにくいので,全体に指示した後,個別に声をかける。
6 禁止や制止よりもやってほしいことをいう。

 ある年の5月,小学校の1年生の教室で授業を参観していたときに窓際に座っていた子どもが突然立ち上がった。担任の先生がすかさず「○○くん,何してるの?」。その子もすかさず「立ってます!」。この子は広汎性発達障害(アスペルガー障害)のある子どもだが,この子たちの多くは言葉は十分使えるものの,字義通り解釈してしまうことが多い。その結果が前述の問答である。先生の「何してるの?」には,言外に『今授業中だから立ってはいけません。座っていなさい。』が含まれており,ふつうはこれを聞いた子どもが言外の分まで理解するということである。だが,この子たちには言葉に含まれている言外のことなど通じない。「今授業中だから座ってようね。先生にお話があれば,あと△△分したらお休み時間になるからいっぱいお話聞いてあげるね。」と言わなければならない。さらに,この子たちは変更に弱いもの。△△分と一度言ってしまったら,そのことを守らなければそのことで騒ぎだしてしまう。

 この子たちはこんな子どもたちである。しかしここであげたことは,学級の中の障害のない子どもたちのかなりの数の子どもたちにも通用することではなかろうか。


2.あたり前のこと?

 小学校1年生の算数/十の位の導入の授業を参観していた。その教室では水道方式以来のタイルを使って位取りを指導していた。担任の先生が「タイルが10個集まったら『棒』になるんだよ。それが十だよ。」と言い,多くの子どもたちはうなずくようにしていたが,指導の難しい子どもとして観察を依頼されていた高機能自閉症と診断されているAくんが突然手を上げ「先生,どうしてタイルが10個集まると棒になるの?9個じゃならないの?11個じゃならないの?5個だって棒になるよ,ほら。」と言って机にタイルを5個並べた。この文章をお読みの先生方ならAくんに何と答えてあげるのだろう。担任の先生は「そう決まってるの!」と,またかという顔をして断言。見ていた筆者は<そりゃそうだけど>と絶句。当のAくんは「おかしい,おかしい」と繰り返していたが,授業は先に進んでいってしまった。

 この子たちの多くはタイル一つとっても上に掲げたような感じ方をしている。十進法そのものがルールの一つであり人がそう決めたものだから,担任の先生の答えは確かに間違ってはいない。しかもこうしたことが度重なっているのだろう。担任の先生の気持はよくわかる。だが,本人は納得していないし,この一言の後はAくんはそのことだけが気になりもう他のことは耳に入ってはいなかった。(このように一つのことが気になったら他のことは一切考えられないというのがこの子たちの特徴の一つである。)タイルは一見具体物でありながら,「棒」になる段階で子どもたちにとっては抽象的なものに変化してしまう。ここの理解がこの子たちにとっては難しいというより納得できずに先に進めないということが起こる。知的に高くても納得できなければそこにとどまってしまい,結果的にその先のことが理解できなくなるというのがこの子たちである。しかし,この子たちだけではなく学級の中の少なくない人数の子どもたちもそう思っているのではなかろうか。

 授業のあと,Aくんと話す時間があった。筆者はポケットの中にあった1円玉,10円玉を示した。Aくんは金額として1円も10円も理解していた。その上で,「1円玉が何個でこれになる?」と10円玉を目の前に。Aくん「10個!」。明快に大きな声で答える。筆者「9個じゃ駄目?5個じゃ駄目?」,Aくん「ダメ!1円玉10個で10円って決まってるの!」

 私たちは,教科書に出ている方法や素材をこれならわかりやすいだろうと吟味もせずに当たり前のように使って指導することが多いが本当にそれでよいのだろうか。少なくともAくんの場合はタイルよりもお金の方が理解しやすくその後の指導にもつながりやすいことはわかる。学級の中の子どもたち一人ひとりの教育ニーズに合わせた支援を特別支援教育は求めている。しかし,通常の学級の中で一人だけ別の指導をすることはなかなか難しい。だが,例えば,タイルを使わずにお金を使って教えることは,学級全体の指導にも使えることだし,筆者の経験ではその方が学級の中にいる障害はないが理解の遅い子どもたちも理解しやすかった。Aくんはお金だったが,他の子どもは違うかもしれない。学級の中で指導の難しい子どもが何を考え何を使ったら指導の効果が現れるのか,そしてそれは学級という集団のみんなにも通用することなのかといったことをまず考えることが授業の前の大切な仕事なのではないだろうか。当たり前のことなどと考えずに‥‥。


3.横の式より縦の式,そして位どり

 各社の1年生の算数の教科書を並べてみると,すべて○+△=●といった横の式がメインである。ひとけた+ひとけたの繰り上がりのない足し算のような場合にはまだ何とかなる。だが,例えば3+12=□といった式になると,この子たちの多くは,視覚認知の弱さが如実に表れてしまい「42」と答える。学習障害の中でも計算障害といった障害のある子どもたちには特にこうした傾向が強い。

 こうしたことを解決するためにはどのような指導をすればよいのだろうか。計算障害の疑われるBくん,高機能自閉症が疑われるCくんの在籍する1年生の教室で筆者が行った指導は,足し算の指導に入る前に,お金(1円玉,10円玉,100円玉)を使った「位どり」の指導の徹底であった。先にあげたAくんのように,1円玉10個は10円玉1個と同じということは38人の学級の中でBくん,Cくんを含めた37人がしっかりと知っていた。1人は障害はないが理解の遅さが疑われるDくんであった。(Dくんには授業中や休み時間を使いこのことを繰り返し教えた。)

<図1>
 
 黒板に右のような図を書き,は1円玉のお部屋,は10円玉のお部屋として,図のようにまず「11」と書き,それぞれの「1」の意味を子どもたちと考えた。『同じ「1」が二つ並んでるけど,同じかなー?』といった筆者の発問に最初に答えたのはBくんである。『同じ「1」だけど最初はジュウ,後はイチ合せてジュウイチだよ。』筆者『あたり!そうだね。Bくんがすごいヒントをくれたけど‥‥』最後まで言わないうちに今度はCくんが『10円玉のお部屋の「1」は10円玉が1個,1円玉のお部屋の「1」は1円玉が1個のこと!』と自信たっぷりに答えた。筆者『すごいなー!大当たり―!ピンポンピンポンピンポン!』Bくんはニコニコしている。そこで,図のように「11」の下に「27」と書き,『じゃーこれは?』Bくんが立ち上がりかけたのを『Bくん待って!今度はほかの人に聞いてみようね!』Bくんの前でBくんにだけ聞こえるような小さな声で話す。(高機能自閉の子どもにはこうした方が入りやすい。まして,今は自分が英雄,興奮気味のBくんのような状態のときには‥。こうした声掛けのためにもこの子たちの座席は教師の目の前がよい。)Bくんは静かに座って後ろを見渡す余裕。たくさんの子が手を上げる。ほかの子も自信を持って『10円玉が2個と1円玉が7個のこと!』と答える。

<図2>

 
   
 
 
何問かやる中でDくんも仕組みがわかったようで2問続けて正解を答える。ここまでできて初めて足し算の指導に入る。○+△=●といった横の式は使わず,お部屋は残したまま左の図のように「縦の式」(筆算の式)を示す。繰り返し練習をする。こうした練習を繰り返したあと,口頭で『3+12をお部屋に書いて,計算してね。』と言い,特に視覚認知の弱いBくんがどのように書くかを気をつけて見ている。ちょっと迷いながらも『3は1円玉が3個』とつぶやきながらきちんと図のように書き込む。前述したが,3+12=□と書いたら,「42」と答えたであろうBくん。このお部屋を使った足し算の導入ではきちんと「15」と答えた。

 このお部屋を使った「縦の式」での計算は,紙面の関係で詳述はできないが,特に繰り上がりの計算のときにも効果を上げたし,Dくんをはじめとした障害はないものの理解の遅い子どもたちにも効果的であったことも付記しておこう。


4.暗号表

<図3>
10
11 12 13 14 15
16 17 18 19 20
21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
31 32 33 34 35
36 37 38 39 40
41 42 43 44 45
46 47 48 49 50

紙面の都合で省くが「濁音」「半濁音」 も表に入れる。

 この子たちの弱点を補強しながら計算ドリルを楽しみながら行うことも,この子たちが学級の一員としてほかの子どもたちと同様に活躍できるようにするための大切な指導である。筆者の行った「暗号表」遊びを紹介しよう。

 右のような暗号表を作って子どもたちに配っておく。その上で,計算ドリルの問題を配る。この時期には,「縦の式」と「横の式」がリンクできるように指導で来ているので,横の式。答えを暗号表に合わせて文字を拾っていく。簡単なようでいて視覚認知の弱い子どもたちにはなかなか難しいが暗号表を指で追って答えの数字の横にひらがなや記号を書いていく。きちんとした文章になるように考えて問題を作るのだが,例えば計算の答えを暗号表に当てはめると「ほんだなのうえからさんだんめのみぎからごさつめのほんは?」となるようにである。この子たちの中には「オリエンテーション障害」といって物などの位置関係に弱い子どもたちが数多くいる。知的には低くないにもかかわらず,特に左右上下などの関係が弱い。教室の中の本棚などを使って計算ドリルをしながら遊んだ上で,さらに位置関係を教えたりするには恰好の素材である。この子たち以外の子どもたちも早く計算の答えに加え暗号の答えが出したくて,本当に楽しんでドリルをこなしていく。もちろんこの子たちも頑張ってくれる。



まとめにかえて

 算数の教科書は数学や教育学の専門の先生方が執筆している。小学校1年生の教科書から6年生,そして中学校の教科書へと見事に体系化されている。これをきちんと教えることで算数・数学の基礎的な事項がきちんと身につくはずである。だが,ここに落とし穴がある。専門の先生方にとっては「当たり前」のことが,実はこの子たちや障害はないものの理解の遅い子どもたちにとっては当たり前でないことが多いということである。算数の教科書の中には「10までのかず」や「100までのかず」といった表題が当たり前のように見られる。しかし,こだわりの強いこの子たちにとって「9」と「10」では大違い。「99」と「100」では大違いである。位が一つ増えるのだから。従って,まず「位どり」から教えた方がこの子たちには理解しやすい。視覚認知の弱いこの子たちにとっては足し算など計算の導入段階では当たり前のように使われている「横の式」より「縦の式」の方がわかりやすい。そしてこのことは,この子たちだけではなく教室の中のすべての子どもたちにとってもわかりやすいことでもある。

 特別支援教育の対象児であるこの子たちが一人でも学級にいるとなかなか難しいのは事実である。しかし,少しでも工夫をしていけば,この子たちも教科の学習はもとより,そこでの自信を基に安定した生活が送れるようになる。ひいては,この子たちも担任の先生も,そして学級のほかの子どもたちにとっても安定した学級となる。1年生からのこうした工夫や努力が大切なことを,通常の学級の中でのこの子たちの指導を通して私自身学んできた。



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