教育改革のとりくみ
目次

ふるさと学習(食農体験)のすすめ

静岡県富士宮市立西小学校

1.はじめに

 全校児童数170名,1学年1クラスの小さな学校である。山の谷間に田畑が広がる農村部と市街地を望む新興住宅地からなる自然豊かな里山の景観を残す環境にある。この里山に生活する子どもたちも,早い・簡単・便利な消費生活に慣れ親しみ,創造的な遊びや自立を促す生活体験は減少の傾向にある。

 本校では「こころざしをもって学ぶ子」を学校教育目標として,体験を重視した教育活動を進めている。生きるよりどころであるふるさとのよさを実感させ,そこに愛着の意識を育てることが,流行に左右されない確かな価値観と豊かな感性を持った人間を育てることになるだろう,とりわけ,この地域ならではの農業体験学習は,「生きる力」の基となる食の大切さを実感させる上で重要ではないか,と考えた。

2.食育の方針

 豊かに見える子どもたちの生活も,食事という面では,多少の不安を感じる。アンケートによると,朝食は簡単なもので済ませる,夕食を時々一人で食べる,夜食をとって遅くまで起きているといったケースが見られる。しっかりした食事を家族そろって頂くというかつて当たり前だった生活が減少していけば,心も体も安定しない子どもが増加するのではないかと危惧される。食事・睡眠など基本的生活習慣の身に付いた子は,学校生活においても落ち着いて学習ができる。

 本年度は,食育に焦点を当てて,農業体験学習に取り組みながら,家庭へも食生活改善を働きかける試みを始めた。

  (1)  開校以来続いている農業体験学習をさらに充実させ,保護者の参加・協力率を高める。農業に関する地区の祭り(水神祭,奉納相撲大会など)に,参加するよう呼びかける。

  (2)  子どもたちが育てた作物は,他学年に振る舞ったり,家に持ち帰って家族と一緒に食べたりして,仲間や親子で共に新鮮な食材のおいしさを味わう機会をつくる。

  (3)  食の大切さを「学級だより」「生徒指導だより」「保健室だより」「給食だより」などで家庭に知らせたり,食生活改善事業に応募して,実際に栄養士の指導を受けながら地産地消の料理を保護者が作ってみたりする。

  (4)  給食の時間が,楽しい会話のもとにおいしく食べられるよう,食事形態を工夫したり,学級の人間関係づくりに努める。また,保護者にも試食会を設け,栄養について考えてもらう。以上が本校の食育方針であるが,ここでは,農業体験を中心に実践事例を紹介する。

3.農業体験学習

  (1)  学校農園の概要

 学校農園は,地域の農家から田んぼと畑を借りたもので,学校から10分くらいの所にある。本年度は低学年用に,校地に隣接した畑も借りた。面積は約610uとなった。11月に麦,3月にジャガイモ,4月に里芋,ニンジン,エダマメ,5月の茶摘み体験,田植え,6月にサツマイモのつるさしと,各学年で植え付けが続く。体育館裏の 檜林には椎茸の菌を埋め込んだクヌギの丸木が並び,春と秋に収穫している。

  (2)  ふるさと学習支援の会

 毎年,年度末の職員会議で,どんな作物栽培が生活科・総合的な学習の時間の活動に適しているか,各学年の来年度農作業計画が考え出される。これをもとに,4月中旬,「ふるさと学習支援の会」が開かれる。メンバーは,校長・教頭・教務・新年度学級担任,3地区の老人クラブ代表と,区長,PTA会長。ここで,いつ頃田畑を耕すか?種を蒔く時期は?子どもにやらせたいことと老人クラブや区,保護者にお願いすること,といった内容が確認がされる。農業指導は,畑は沼久保地区,田んぼは安居山1区,七夕・十五夜の行事は安居山2区,の三老人クラブが割り振りされているので,担任は,担当の老人会長と相談して,一年の段取りを付ける。作業日には,10人近いお年寄りが集まって,子どもたちの指導にあたってくれる。椎茸栽培は,緑の少年団活動の一つで,富士地区林業振興対策協議会が面倒を見てくれる。2月に菌の植え付けをした丸太は翌年しいたけを生み出す。

 本年度は,機会あるごとに保護者に呼びかけ,子どもと共に農業体験をしてもらっている。

  (3)  ふるさと学習(食農体験)の意義

 農業は,季節と天候に左右される。明日畑を耕そうと思っても,雨が降ればできない。種を蒔く時期を誤れば,実りは半減する。ふだん,思い通りの生活をしている子どもに,思うがままにならない自然があること,その自然相手に様々な知恵を出して困難を克服し,豊かな暮らしを創り出してきた先人達がいることを,体験を通して感じ取らせたいと願う。子どもたちは,次のような農業の知恵に気づく。土地を肥やす知恵,水を引く知恵,道具を使う知恵,収穫・脱穀する知恵,食べ物に加工・保存する知恵,天候を祈り,実りに感謝する知恵,ことわざや言い伝えの知恵。科学万能の時代にあっても,生活に役立つ知恵はたくさんある。身近な人から直接教えてもらう知恵は,ずっと心に残る。支援して頂く地域の方々や保護者と子どもが関わりを持つことは,今後,社会人として生きていくための素養(礼儀・言葉遣い・思いやり等)を身に付けることにもなる。

  (4)  収穫の喜び

 育て収穫したものは,食べること,役立つことで確かな喜びとなる。西小学校では,下記の行事等に反映している。

   1)  7月に実施する全校での自然教室において,人参・馬鈴薯は夕食のカレーの食材として,トマト・枝豆は副食材料に活用する。

   2)  11月の活動公開日は,各学年でおこなってきた生活科・総合的な学習の中間まとめとなる。農業活動については,栽培の経過を説明文,クイズ,劇などで表現すると共に,収穫した農作物を加工調理して,保護者や地域の方々に提供し好評をはくしている。スイートポテト,うどん,つきたての餅におろしダイコン,どれも大変喜ばれる。

   3)  7月に青田刈りして陰干ししておいた黒米の藁は,12月に,正月のお飾り作りに使われる。老人の指先から生み出されるしめ縄の見事さに子どもたちは目を見張る。伝統や風習は,こうして受け継がれる。

4.食生活改善事業(家庭への働きかけ)

  (1)  生徒指導だより「みんななかよし」で呼びかけ

を通じて心をはぐくむ5つの話 その3「食事に作法がある意味」

 食欲は、生きていくための本能の1つですが、欲につぶされてしまわないために、作法があります。「天地の恵みと多くの人々の働きに感謝して生命のもとを慎んでいただきます。」という気持ちを持って食事をいただくことが大切です。自分の命を維持するために自分以外の生き物の命をいただいているのです。だから、残さないで食べる・必要以上に欲をかかない・感謝する心を持って食事をすることを子供たちにわかりやすく家庭でも話し、実践していくことが躾となるのです。 ※「新世」3月号 倫理研究所 参考

*保護者アンケートの結果から、朝食の取り方に課題を感じます。学校では、発育測定の後、3色(体を作る・エネルギーのもとになる・体のバランスをとる)の食品についての話をしています。朝からバランスのとれた食事を心がけ、好き嫌いをせずに食べる子が増えることを願っています。

  (2)  学級だよりに子どもの声(2年生)


5.今後の計画

 西小では,市が掲げる『フードバレー構想:食の町づくり』と教育施策である『体力向上,食育の推進』を基に,今後も食農教育を重点的に推進していく計画である。

 具体的には,本年度と同様に様々な農作物を栽培し,収穫物を学校行事で活用したり,『西の里学習』や他の教科学習に生かしたりしていく計画である。ただ,協力してくれる老人の高齢化が進んでいるので,保護者のボランティアを募る方向を考えていきたい。また,新しい動きとして,長野県飯田市の農協青年部が土日を活用した農業クラブ(年10回〜12回)を立ち上げ,次世代の意識改革を図る取り組みが紹介されている。そうした状況がこの地域にもできてきた時には,休日の活動となるため,学校と家庭地域社会の連携はさらに密にしていかなければならない。

6.まとめ(農と食の教育について)

 「豊食」は「飽食」となり,やがて「崩食」となると言われている。スーパーに山積みされた食品の多くは外国産で,日本の食糧自給率は40%台である。狂牛病や鳥インフルエンザの発生は,こうした不安定さの上に載った豊食であることを改めて知らせてくれた。そして,食の安全への意識が芽生え,生産者の顔が見える食品がほしい,安全な食べ物が健康の元,といった考えが広まってきた。安ければいいといった時代から安心安全を大事にする時代に少しずつ変わりつつある。ふるさとの田畑を耕し,栽培中の期待感と収穫の喜びを味わった子どもたちは,こうした変化を加速させるに違いない。また,老人の持つ技能・経験の活用は,子どもたちに老人への尊敬の念を育て,やがて来る高齢化社会を支える福祉への意識付けともなる。

 農作業体験は,これからどう生きればいいかを考える最もわかりやすい学習である。


前へ 次へ