教育改革のとりくみ

子どものニーズに応える授業
−少人数指導の展開の工夫−

東京都板橋区立板橋第九小学校

I はじめに

 個性重視の原則,学習の個別化・個性化,個性を生かす教育の充実は,現在の教育改革の最も重要な基本原則とされている。この原則は実際上,何を意味するのだろうか。どのような教育が,個性重視の原則を充たすことになるのだろうか。

 もちろん,従来の一斉指導の中にあっても,個性を活かす指導は展開されている。小学校教育にあって集団としての学習集団をよく見ると,その集団を構成している一人一人の個の成長なしには,学習集団の高まりは見られない。個性も集団の中にあって初めて個性として認識され個が輝くのであって一人一人バラバラの個が個性として輝くことはないのである。

 では,今,個に応じた学習を考える時,学校教育はどこを切り口としていくのがよいのだろうか。本校の少人数指導は,「子どものニーズに応じた場の設定」に視点をおいて展開したものである。

II 少人数指導の取り組み(平成12年度)

 学級集団に入れない数人の6年生の存在を見いだした。校庭の隅で,裏庭で,図書館で,その子たちと話してみると,学びたいという気持ちはあるのに,生活歴の課題を持つために,学習集団に入れないままここに至っていることが把握できた。

 6年担任2名と校長とで,3グループに分け算数の授業を展開することにした。

 A先生クラス,B先生クラス,校長クラスと分けたところ,校長クラスには,多様な子が10人程集まってきた。a・算数は得意なのに,校長先生の授業に出てみたいといって参加した子,b・校長がおいでよと呼んだからきたよという子,c・分からないから1人で教えてと参加した子・・・と様々である。

 A担任が作成した基礎になるプリントでの,3クラス並行しての授業である。

 <A先生クラス 2人> プリントはあっという間に仕上げ,友だちを冷やかしている。校長にほめてもらいたくて擦り寄ってくる。早く終わった子は,他の子に教えてあげなさいと声かけすると喜んでいる。

 <B先生クラス 4人> すぐに飽きてしまうので,ほめながら一つ一つ考えさせる。何とかついてくる。このグループの2人は通分など暗算でスラスラできてしまう。算数は良くできるのにどうしたのと聞くと,今まで授業をまじめにやっていないので,字が書けないことが原因であることが判明した。

 <校長クラス 2〜3人> 習熟度が遅れていた2人の子は1対1の指導によって計算力は確実に定着してきた。テストで80点をとったA子は,おどりあがって喜び,家に戻って母親に報告した。母親も非常に喜んで,家族みんなに見てもらおうと冷蔵庫にはってくれたと翌日嬉々と校長室に報告にきた。

 タイプ別の学習が子どもの意欲を引き出したと言える。

III 少人数指導の本格的取り組み(平成14年度)− 習熟度別グループ学習を実施

 平成14年度より,少人数指導担当の教員が加配されたことにより,習熟度別グループ学習を実施することにした。

 何よりも意識的に実施したのが保護者に対しての説明である。3月に新年度の教育計画の説明,4月当初,各学年別の保護者会での説明の他,PTA総会,家庭教育学習会等で,算数の習熟度別グループについての周知を図った。<資料1>

  4,5,6年生の算数について3グループに分けての指導

 A.ゆっくりていねいに学ぶクラス

 B.教科書にそって学ぶクラス

 C.多くの考えを出し合ったり,チャレンジしてみるクラス

 ABCのグループわけは,できる子,できない子ではなく,自分にあった学びを自分で選ぶ,学びのタイプ別集団である。マラソンでも速く走るのだけがよいのではなく,完走することが大切であると同じように,自分のタイプに合わせ,わかる,できたと喜べることが大切である。集団を見て,できない子のクラス,できる子のクラスと,保護者の方がレッテルを貼ることのないように,子どものタイプとニーズに合わせた学習であると強調した。

 保護者の反応は,良好であった。

IV 少人数指導(算数科)基本方針

  1.対象学年

 4.5.6年

2.めざすもの

 わかる できる つかえる 算数

3.クラス・コース分けの考え方

  (1) 1学期は,学習進度に合わせた「習熟度別学習形態」を重点に取り組む。
A…一つ一つ分かるまで取り組むゆっくりペース
B…教科書の進度に合わせたふつうペース
C…自力解決・発展問題を中心としたスピードペース

  (2)

 コースは,児童が自分で選択して分かれる。(家庭で相談して選択する)
 ※テストの結果などから強制的に分けるようなことはしない。

  (3)

 コースの選択は,単元が切り替わるごとに行い,児童が自分の学習ペースに合っているか判断するように支援する。

  (4)

 選択にあたっては,プリントテスト(指導書についているものや自作のものなど)を行い,資料とする。

  (5)

 基本とするプリントや内容は同一のものとし,A・B・Cそれぞれの進み方によって,問題に取り組む。(教え方は各コースで児童の実態に合わせて工夫する)

  (6)

 保護者向けには,「A〜B」はできる・できないの違いではなく,それぞれの児童の学習スタイルやペースにあわせたものであることを年度当初に説明し,理解を求める。
<資料1>

  (7)

 学年の打ち合わせを密に持つように努力し,共通理解の基に取り組めるようにする。(それぞれのコースでの児童の様子なども交流し合い,次の方針をもつようにする)

  (8)

 少人数指導の教室は,各学年の教室および,グループ学習室(本年度より空き教室となったところ)をあて,指導を行う。

 少人数指導1学期の実践をふりかえって
 −少人数指導(算数)アンケート<資料2>の集計結果を通して−

  1.コースごとの人数  (A=ゆっくり B=ふつう<5年生はスピード> C=スピード)

単元名合計
4年わり算18
(41%)
17
(40%)

(19%)
43
折れ線グラフ25
(58%)

(21%)

(21%)
43
   4年生は,自分の合うコースを模索している段階であるといえる。58%の児童がAコースに来ているが,これは明らかに多い。調整も含め今後の課題である。

単元名合計
5年小数のわり算12
(35%)
22
(65%)
     34
平行と垂直14
(41%)
20
(59%)
 34
  
5年生は,単元の得意・不得意に合わせて,コースを移動した。「数と計算」と「図形」とで,児童の意識に違いがある。単元ごとに,コースの希望をとるよさを感じた。

単元名合計
6年速さ20
(42%)
22
(46%)

(12%)
48
割合19
(40%)
20
(42%)

(18%)
48
  
6年生は,若干の移動は見られたが,ほぼ自分にあったコースを固定して取り組んでいた。両方とも似た単元であるためか。割合は苦手の復習として扱った。

  2

.少人数指導に対する満足度

(1) 少人数の算数の学習は楽しかったですか?

 4年5年6年
楽しかった26
(60%)
25
(74%)
34
(71%)
まあまあ楽しかった14
(33%)

(21%)
13
(27%)
あまり楽しくなかった
(7%)

(5%)

(2%)
全然楽しくなかった
(0%)

(0%)

(0%)

   少人数の算数指導は,95%の児童にとって「楽しかった」といえる。これは,大きな成果である。楽しかったわけとして,児童は次のように答えている。

「少人数で発表回数が増えた。」「自分にあったペースで学習できた。」「速いコースでは,ハードな問題を,ゆっくりペースでは一問一問丁寧にできた。」「先生がゆっくり丁寧に教えてくれて,やり方が分かって楽しかった。」「隣のクラスと一緒で,いつもちがう雰囲気で学習できた。」
(2) 少人数の算数の学習はよく分かりましたか?

 4年5年6年
とてもよく分かった28
(65%)
25
(74%)
25
(52%)
まあまあ分かった12
(28%)

(21%)
21
(44%)
あまり分からなかった
(7%)

(0%)

(4%)
全然分からなかった
(0%)

(5%)

(0%)

   95%の児童が分かったと答えている。これも大きな成果としてあげられる。児童は,次の点を分かった例としてあげている。

「先生が,ゆっくり説明してくれた。」「図や絵を使って説明してくれた。」「プリントがやさしいものから難しいものにだんだんなっていったから分かりやすかった。」「間違っていると,何度でも教えてくれた。」「友達同士で教えあうこともできた。」「折り紙などのものを使って教えてくれた。」

 以上の2つのアンケートから,少人数指導は次の点で成果があったといえる。

(1) 少人数になったことによって,児童一人一人が活躍できる場が増え,学習に対する満足感・達成感が増した。

(2)

 自分にあった学習ペースを選択でき,分からないまま先に進んだり,終わっていても待っていたりと言うことが少なくなり,充実感が増えた。

(3)

 少人数になったことで,教師の側にもゆとりができ,児童一人一人に丁寧に対応できた。特に,児童が操作するための教材の準備をしたり,「どんな絵や図を使って説明したら分かりやすくなるか。」等の教材研究をしたりすることができた。

(4)

 児童にとって,学習の場の雰囲気が変わり,集中して学習できる場面が増えた。特に,教えあったり競い合ったりして,児童が力をつけた。

(5)

 コースを児童の希望を生かした選択にしたことにより,児童の満足感を得ると共に,コースが合わないことがあっても不満を漏らすことがなかった。

  3

.少人数指導での学習を通して成長したこと

 4年
(43人)
5年
(34人)
6年
(48人)
算数の時間が楽しみになった。26
(60%)
24
(71%)
33
(69%)
難しい問題でもあきらめずに学習するようになった。24
(56%)
26
(76%)
27
(56%)
先生の説明や友達の意見をよく聞くようになった。29
(67%)
21
(62%)
26
(54%)
自分の考えが思いついたり,発言できるようになった。16
(37%)
26
(76%)

(13%)
文章題を読んで,式が思いつくようになった。25
(58%)
26
(76%)
30
(63%)
計算が速くなった。19
(44%)
20
(59%)
22
(46%)
式や計算・図を書くことをていねいにするようになった。19
(44%)
16
(47%)
12
(25%)
計算のまちがいが少なくなった。27
(63%)
21
(62%)
20
(42%)

(上の%は,全体の中で何%の児童が,その項目に○をつけたかを表している)

 児童がどのくらい,自分の「変容」を自覚しているかを問う設問である。もっとも大きな「変容」は「算数の時間が楽しみになった。」ということであり,これは少人数指導の大きな成果であるといえる。また,「あきらめずに学習する。」「説明や意見をよく聞く。」も伸びてきている。しかし,一方で「自分の考えをもつ。」「発言する。」「丁寧に学習する。」などはまだ低い。1時間,1時間の学習の中で,「個々の問題が分かる。できる。」ということや「楽しく学習する。」ということを大切にすると同時に,「問題に直面して,自分の力で解決」していくような確かな力を育てていくことも,これから考えていく必要がある。

VI 今後の課題

  (1) 児童のコース選択は,基本的には児童の希望を重視して行っている。これは児童に歓迎されている。しかし,コースによってアンバランスを生じたり,教師の目から見て「コースに合ってない。」と感じさせる児童もいる。これから,コース選択の在り方について考えていきたい。

  (2)

 3コースとも,基本的な内容に絞り,同一教材で指導し,その上で発展教材で指導している。この方法も,大方は児童に支持されている。しかし,中には難しいと感じている児童もおり,各コースの教材の在り方について深めていきたい。

  (3)

 各コースとも,プリントを中心として学習しているが,「体験」や「操作」などの学習を取り入れ,ダイナミックで楽しい学習にも取り組んでいきたい。そのため,3つのコースに分かれる学習形態にとらわれず,学年全体で行ったり,クラス単位で行ったりする(その場合はTT的な扱いになる)体験的学習活動を研究していきたい。

  (4)

 1時間,1時間の学習の中で,「丁寧に文字や図を書く。」「文章題は図に表してみる。」「人の話は相手の顔を見て聞く。」…など,基本的な学習訓練を積み重ね,確かな力をつけていきたい。



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