横断的・総合的な学習に向けて
−数学科として携わる実践−
神奈川県
数学教諭
 2002年に向けて,学習指導要領の改訂作業が進められています。
 その方向と概要は,中央教育審議会の答申と,それを受けての教育課程審議会の「中間まとめ」で明らかにされていますが,昭和22年の新教育発足以降,幾度かの改訂の中で教育課程史上に残る大きな改革になると言われています。その理由は,小学校3年生から高等学校まで総合的学習の時間を年間70単位時間以上配当し,新しい領域として設定することによって,教育課程の枠組みを変更することになったからです。
 数学科における具体的な変更としては,中学校の指導内容のうち小学校・高等学校と重複して指導してきた内容は,それぞれ上級学校の指導内容にまわすことなどを含め,最終的に中学校で扱う内容は約3割削減,時間数の約2割削減と言われています。
 過去において小学校から中学校までの教育課程の枠組みが変更されたのは,昭和30年代の初期に道徳の時間が導入されたときと,平成5年に小学校低学年に生活科が導入されたときだけでした。
 したがって現在,私を含め中学校にて生徒と向き合い数学を指導している教員にとっては,過去幾度かの改訂によって指導する内容,学年が若干変更になったり,地域によっては使用する教科書が変更されたことによって,教科書に書かれているニュアンスや取り上げられている具体的な問題場面が違うことによって覚えた戸惑いを克服するのとは比べ物にならない意識改革が必要になってくると思われます。
 中央教育審議会の第一次答申の中に,『今日,国際理解教育,情報教育,環境教育などを行う社会的要請が強まってきているが,これらはいずれの教科等にもかかわる内容を持った教育であり,そうした観点からも,横断的・総合的な指導を推進していく必要性は高まっていると言える』とあります。
 数学という教科は物事を考える手段であり,国際理解教育,情報教育,環境教育など今日的課題を直接解決する教科ではないというのが多くの数学科の先生方の見解ではないかと思います。また,私もそのように考えています。
 しかし,様々な今日的課題の状況を数量として検討し,今後を推測することなどによって問題点を明確にしたり,解決の糸口を見出すには有用な教科とも考えられるのではないでしょうか。そして,明確化された問題点等をさらに他の教科で検討し学習する(横断的な学習を行うために教科間の検討が必要になります)ことによって,数学科における今日的課題の教育が成されていくという考えを取りたいと思います。

 上記の考えに則って具体的な実践内容を紹介したいと思います。
 「人口問題から考える」
●指導のねらい
 日本の人口の変化に伴い,今後の社会問題(税金の不足,若年労働力の不足からの経済力低下,老人の生活危惧,老人の扶養・・・)を考える。

●数学科としての指導のねらい
 与えられた数量を処理する能力を養う。
 数量から関数関係を見出し,今後を推測する。

●実践内容
 日本の人口の変化に伴い,今後の社会問題を考えてみたいと思います。次の資料をもとに今後の人口推移(人口の移り変わり)を調べてみましょう。

 表1
総人口(千人)5年間の人口増加率(%)          
1970(昭和45)1037205.5          
1975(昭和50)1119407.0          
1980(昭和55)1170604.6          
1985(昭和60)1210493.4          
1990(平成 2)1236112.1          
1995(平成 7)1255701.6          
沖縄県の人口が日本の総人口に加わった。(日本国勢図会参照)

 〔課題1〕
(1) 表1の総人口の推移を別紙のグラフ用紙の座標に点として示しましょう。
(2) 気がついたことを書き出しましょう。
 <指導上の留意点>
 気がついたことの中に,人口が増えている意見が出ると思われるが,いつまでも増え続けるのかを考えさせて,〔課題2〕に移らせたい。

 〔課題2〕
(1) 座標上の点をもとに,グラフをかいてみましょう。
(2) 1995年以降を推測するために,グラフを延長して考えましょう。
 <指導上の留意点>
1970年には沖縄県の人口が加わっていなかったことに注意を払わせたい。
近い将来,人口の増加が止まることを気づかせたい。
グラフを折れ線・直線・曲線にする生徒がいると思われるが,生徒の自由な発想で考えさせたい。いろいろな考え方で1995年以降の人口を推測させたい。
パソコン等を利用して1995年以降の人口を推測することも,生徒の興味・関心を高める授業を展開する上で有用であると思われる。

 〔課題3〕
(1) すでに学習した一次関数を利用して〔課題2〕を考えましょう。
 グラフを直線として表しましょう。
(2) 一次関数の式を求めましょう。
 <指導上の留意点>
すでに学習した内容を利用して,問題解決に臨む姿勢を育てたい。
座標上の点を直線上にのせなくてもよいことをアドバイスしたい。
本来,1970年の人口は103720(千人)より沖縄県の人口分多くなることに配慮してグラフをかかせたい。
式を求める際には数量が大きいので電卓等を利用させたい。
およそ,y=640x+110000ぐらいの式が導けるとよいが,後に個々の生徒の導いた式を考察することが大切なので,必要以上に式を提示することはないと思われる。
(3) 人口増加率も一次関数と見なして,式を求めましょう。
年(x)707580859095
人口増加率(y)5.57.04.63.42.11.6
  ↑(沖縄県が加わった)
    
x70→9525
y5.5→1.6-3.9

∴y=-0.156x+5.5

 <指導上の留意点>
人口が増え続けないことを,人口増加率からも確認させたい。
(4) (3)で求めた一次関数の式から,人口増加が止まる年を考えましょう。
         約35年後,∴2005年に人口のピークを迎えるような数値が得られる。
(5) (4)で求めた年の日本の人口を求めましょう。
 <指導上の留意点>
ここで求めた年が,人口が最大に達した状況であることを確認させたい。
2007年に127780(千人)に達し,日本の人口のピークを迎えると言われている(日本国勢図会参照)ことを伝え,個々の生徒が導き出した数値との違いが生じた理由を考察させたい。

 〔課題4〕
 なぜ,日本の人口が近い将来,最大に達してしまうのかを考えましょう。

 〔課題5〕
(1) 日本の人口が最大になったときの社会的問題を考えましょう。
(2) この学習から,さらに知りたいこと,学びたいこと(数学の内容に限らず)を挙げましょう。

●実践の発展
 「人口問題から考える」という実践の紹介をしましたが,
(1) 「リサイクルを考える」として,地域のリサイクルの状況(ビン・缶・紙等)を調べて考察し,環境や資源について学習する。
(2) 「ダイオキシンを考える」として,ダイオキシンの発生状況・焼却場のあり方・家庭のゴミの出し方を考察し,環境問題を学習する。
(3) 「防衛費を考える」として,国家予算における防衛費の割合や時代による変化・使い道を検討したり,世界の軍事予算と比較するなどして平和問題を学習する。
など,あらゆる場面に題材を見つけられるのではないかと思います。

●今後の課題
 このような数学の授業実践において,明らかにされたこと,生徒が新たに抱いた疑問を検討し,解決すべく他教科との連携を密に取ることが大切だと考えます。
 その為には,我々教員が自ら指導する教科のみにとらわれるのではなく,他教科の指導内容も把握し,どの教科間でどのような時期に横断的学習が可能なのかを検討しなければなりません。そして,教科によって重複している指導内容を厳選し,横断的学習の授業形態を検討することが必要になってきます。
 それらを行うことによって,各教科の指導時間が削減され,生徒が主体的に学習する時間を拡張することができたり,生徒にとって1つのテーマにおける学習が細切れになることが解消されて学習内容が深まるなど,利点が多く含まれていることの認識をすべての教員で共有しなければならないと思います。
実践内容の[課題2][課題3]でグラフをかかせる際に,座標の縦軸,横軸の目盛りの取り方に配慮が必要になります。次の資料は,それらを配慮して作成したものです。


前へ 次へ

閉じる