数学的な思考力の育成
−個が生きるT・T指導のあり方を探る−
山形県最上郡金山町立金山中学校
沓澤 健
1.はじめに
 教師主導型の授業形態では,数学的思考力は養うことができないと言っても過言ではない。与えられた課題に生徒自らが課題意識を持ち,意欲的に取り組まなければ学力の向上は期待できない。そこで,週1時間のT・Tをフルに活用し,個に応じた指導場面を可能な限り多く設定することにした。個人のペースに合わせ,生徒どうしや教師と生徒の関わり合いを多く設定するとともに,一人ひとりが集中して考える場を与えることによって意欲的に学習に取り組み,数学的な思考力がさらに向上するのではないかと考え本主題を設定した。

2.研究の方針
(1) T・T学習を進める上での条件整備
(2) T・T学習が有効となる指導場面・教材の精選
(3) 一斉授業と個別指導の融合を図るための工夫
(4) 授業での生徒指導の実践(自己存在感・共感的人間関係・自己決定力)

3.授業の実際
(1) 題材
 第3学年「式の計算」(多項式の乗法)
(2) ねらい
 式の展開に興味を持ち,意欲的に問題を解くことができるようにする。
(3) 指導計画
 1) 式の乗法・除法 2) 式の展開 3) 乗法公式 4) 乗法公式の利用(本時)
(4) 課題例 「マッチ棒を使って」
 課題1:模様作りをしよう。課題2:問題を作ろう。課題3:解いてみよう。課題4:発展問題に挑戦しよう。(T・T)
(5) 課題1の実際


以上が模様作りとして出されたものである。問題作りでは, ア.マッチの全体の本数 イ.三角形・正方形の面の数 ウ.周の長さ エ.頂点の数 オ.n番目の本数の式,などが出され,本時では特に,イに目を向けさせて問題を解かせた。
このほかにも,《六角形ハチの巣型》《煉瓦積み型》《不連続型》など,いろいろ出された。

(6) 解き方(交互に色を塗りながら思考過程を整理させる)


(7) 導入の工夫
「マッチ棒クイズ」

 右の図のように,マッチ棒で7個の正方形をつくる。3本移動させて,前と同じ大きさの正方形を5個にへらしなさい。

*生徒たちは試行錯誤しながら,興味を持って集中し取り組んだ。


4.T・Tについて
(1) T・T学習の事前指導
 年度当初にT・Tの意義理解と進め方の指導をした。生徒は全員が納得し,T・T学習に期待と希望を持たせることができた。
(2) 指導計画の工夫
 1クラスあたり週1/4時間のT・T学習を機能させるために,4時間分の指導内容を3時間に短縮し,残り1時間をT・T学習による個別指導に活用する。(教師3人による机間指導,教師一人あたり生徒10人の割り当てで,計算上は,通常50分÷30人=1.7分/人→T・T 50分÷10人=5分/人 となる。実質,それ以上の指導効果が期待できる)
(3) T・T学習の単純化と継続化
 3人の教師で学習プリントをもとに指導のポイントを事前に打ち合わせをし(2,3分程度),授業後,簡単に情報交換をした(生徒の反応,達成度状況など)。多様な考えや生徒の定着度が手に取るようにわかり,次時の補充にあてることができた。生徒の戸惑いを最小限にするために,T・Tでは個別指導に重点を置いた。そして,何よりもその場しのぎではなく,継続することを最重点課題として実践してきた。生徒たちもT・Tに対して抵抗感を持つことなく,また教師の負担にもならず,教師・生徒が一体となって問題解決を進めることができた。
(4) グループ教え合い学習との併用
 後期よりT・Tの担当者が2名に減ったため,グループ内教え合い学習を併用してきた。生徒どうしの関わり合いを持たせることにより,さらに深まった学習が展開された。
(5) 個に応じた配慮
 生徒一人ひとりが50分間を集中するとともに成就感が持てるように工夫した。学習プリントで復習中心の生徒(学習プリント練習問題),計算問題に力を入れる生徒(計算練習帳),発展問題に取り組む生徒(問題集,白プリント)など,個人差に対応して,選択の幅を持たせて行ってきた。机間指導では質問を聞くだけでなく,丸つけなどをしながら巡視し,間違っているところはすぐに指摘し,自分で解決できるように支援してきた。
(6) 学習訓練
 日頃から集中し,進んで問題に取り組む集団作りを心がけるとともに,以下の事項を約束事として大切にしてきた。
 1) はじめと終わりの挨拶をしっかりやる。全員そろうまで待つ。適当な挨拶はやり直しをさせる。
 2) 指名されたらきちんと返事を言わせる。自分の考えを最後まではっきり発表させる。
 3) 同じ意見ならば「○○さんと同じです」と名前を言わせる。
 4) 書くときと話を聞くときのけじめを持たせる。
 5) 課題などの点検・指導は厳しくする。
 6) グループ学習では机を整然と並ばせる。
 7) 教室のゴミや荷物の整理・整頓を心がけさせる。
 8) 忘れ物はしない。もし忘れた場合は友だちから借りてこさせる。
 9) 間違った答えに嘲笑させない。
 10) 書くときの姿勢をしっかりさせる。
(7) 授業の中での生徒指導
 ◎生徒一人ひとりを大切にした指導を心がけた。とにかく,自分で解決できるように援助していく気持ちで指導にあたってきた。そして,自分でも「できる」という自信と満足感が味わえる機会を多く設定した。→自己存在感
 ◎グループ教え合い学習の場では,みんなに受け止められ,安心して授業に参加できる雰囲気を大切にした。生徒どうしの関わり合いを大切にし,お互いのよさを認め合い,向上していこうとする気持ちを喚起してきた。競争心を向上心ととらえ,切磋琢磨の精神で他から学ぶ姿勢も持たせた。→共感的人間関係
 ◎学んだことを生かし,さらに入試問題や難問に挑戦しようとする気持ちを持たせた。自分を高めるために個性を発揮し,主体的に学ぶ姿勢を大切にしてきた。失敗が自分をさらに向上させるチャンスととらえさせ,「3年間の復習」に全力をあげた。→自己決定力

5.グループ内教え合い学習に対する感想
 ☆自分の答えを他人にわかってもらえるように教えたり,また,人の話を聞いたりして,もっと他のやり方があるんだなと感心した。
 ☆T・Tと同じくらい勉強になったと思う。友だちならすんなり聞いていけるし,頭に入りやすいと思った。他のグループに負けないように必死に頑張ったので勉強になった。
 ☆みんなまじめだったので,集中してできたと思う。
 ☆いろいろな答えが出てくるので,友だちと言い合って答えを見つけると,その解き方などよく覚えているので忘れにくくなっている。
 ☆友だちに教えて,「ああ,わかった!」と納得してもらったとき,とてもうれしかった。
 ☆教えてくれる人がいて気が強くもて,問題に取り組むことができました。
 ☆グループの教え合いがあってから班の人と話しやすくなった。友情が深まった。
 ☆教えるということは,そのことをわかっていないとできないのでよいことだと思う。
 ☆間違いを指摘し合ってわからないところも納得できるまで追究できたのでよかった。
 ☆友だちに教えたり教えられたりして,その問題をもう一度見直すことができた。

6.成果と今後の課題
 今回はT・T本来のねらいとする指導過程の工夫ではなく,個別指導に主眼をおいて授業を行ってきた。感想を見る限りでは時間数も適当であり,全体的によかったと感じている生徒が多い。特に,自分のペースで集中して取り組めるところが最大のメリットであり,生徒相互の関わり合いは,グループ内教え合い学習の併用でカバーしてきたことから,生徒たちも満足できるものとなったのだろう。課題解決型4段階学習指導過程の面では,1時間内ではできなくなり,4時間扱いで1/4校時目が習熟部分となっていることから,やや無理も出たが,年間指導計画の面から見れば,計画通り遂行できたし,年度末も余裕ができたことから,T・Tの単純化と継続化がとても大切であることがわかった。言い換えれば,単元課題4段階学習指導過程になっていたのかもしれない。
 従来は,T・Tとなると構えすぎてしまい,無理が出てしまった経験があり,苦痛にさえ感じるときがあった。今回は2名の先生方に全面的に理解していただき,スムーズに運営できたことと,何よりもT・Tの時間を楽しく充実させることができたことは大変うれしいことである。そのような我々のチームワークが生徒にもよい意味で影響し,よく頑張ってくれたのではないかと推測できる。成果としては,生徒の感想にもあるように,1)自分のペースで集中して取り組めた,2)いろいろな問題に触れる機会が増えた,3)「教えること」は「わかること」に気づいた,4)友だちの間違いを指摘できるようになった,などは,数学的思考力の向上の現れではないかと感じている。
 また,無機的になりがちな数学の授業も,T・Tやグループ内教え合い学習を通して生徒指導面にもプラスとなり,有機的に機能させることができた。これからもさらに研究を深め,一人でも多く数学好きな生徒を育てるために努力したい。


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