教育改革のとりくみ 目次
MITAキャリア楽習への取り組み〜人間関係形成能力を重視したキャリア教育〜
東京都港区立三田中学校

1.はじめに

 

 現在の学校は,ゆとりのない状況にもかかわらず精一杯の努力をしている。しかし一方で,手間隙をかけている割に教育効果が得られないもどかしさも感じている。学校マネジメントでは,この教職員の努力と教育効果を結び付ける方策の策定・実践・検証が問われている。

 本校では,学力を向上させ生活面の安定を図る柱にキャリア教育を置いた。「MITAキャリア楽習」と名付けたのは,積み重ねてきた道徳・総合的な学習の時間・特別活動の実践に統一感と方向性を与え,体験活動の重視や学習への意欲付けを図る教育活動であることを示すためである。また,各教科の授業もキャリア教育の視点を活かすことにし,全員が行う研究授業における授業評価の観点の明確化を図った。

 本校では,キャリア発達にかかわる諸能力のうち人間関係形成能力に着目した。人間関係形成能力は,自己理解及び自己肯定感の基盤であり,「生きる力」の基本的な力であるが,最近の子どもたちに欠けている能力でもある。家族間でも人間関係を結べない子どもたちが出てきており,真剣に取り組まなければならない状況になっている。

 取り組みに当たっては,各教科・道徳・総合的な学習の時間・特別活動の関連付けを行い,入学式後のガイダンスから卒業式に至るまでの時系列の中で教育活動を配置し直し,内容の見直しを図った。また,3年間の時系列の中で,育てようとする力がスパイラルで身に付いていくことをイメージした。こうした改善により,個々バラバラな学年の取り組みから学校全体の取り組みへと変わることになった。

 以下,年度を追って本校の実践の概要を報告する。

 

2.平成19年度

初年度として「キャリア教育推進委員会」を設置した。

1,ねらい
  キャリア教育の年間指導計画を作成する。
  教職員にキャリア教育に関する研修を実施する。

2,委員会メンバー
  校長,副校長,進路指導主幹,教務主幹,生活指導主幹,3学年主任,2学年主任,採用1年から3年の若手教諭

3,年間スケジュール
  11月 キャリア教育年間指導計画の書式決定
  1月 キャリア教育年間指導計画の原案提出
  2月 キャリア教育年間指導計画完成(教科以外)

各教科については,平成20年度教科年間指導計画作成時に作成

4,キャリア教育年間指導計画作成の過程
  キャリア教育年間指導計画は,各教科・道徳・総合的な学習の時間・特別活動とする。
  進路指導主幹,若手教諭を作業メンバーとし,校長,副校長,教務主幹,生活指導主幹,各学年主任を作業確認・検討メンバーとする。
  平成20年5月にキャリア教育年間指導計画最終完成を目指す。

5,道徳及び総合的な学習の時間の改善
  道徳については,「いのちの大切さを考える」ことをテーマに,外部講師を招いて講演会を開催し,前後の道徳の授業とともに生徒の感想を「命の木」として構成し,展示会で発表した。本校のキャリア教育に関わる道徳として位置付けることができた。

 初年度の重点課題は,全教職員にキャリア教育の必要性を認識してもらうための「キャリア教育研修」であった。進路指導主幹を中心に文部科学省・東京都教育委員会・全国の先進校から資料を集め,本校の実態に即した研修を行う必要があった。特に平成20年度教科年間指導計画の全教科にキャリア教育の観点を入れるため,教科とキャリア教育の関連性を中心に研修を行った。若手教員をメンバーにしたのは,若手教員の育成を兼ねたOJTとするとともに,継続した研究への基盤を築くためである。

キャリア教育 研究授業 指導略案  ☆若手教員のもの

単元名 「空中ブランコ乗りのキキ」
本時のねらい
 
学習目標…文章(情報)から根拠を見つけ出し,自分の意見を述べたり,まとめることができる。
キャリア目標
 
グループワークの時に,アイコンタクトやあいづちをして聴くことができる。傾聴の姿勢。(人間関係形成能力)
自分の意見を述べるときに相手にわかりやすい工夫をしている。(人間関係形成能力)
本時の学習指導計画
時間 学習活動 教師の指導 評価
●学習 ☆キャリア教育
導入
10分
あいさつ
前時の課題の確認
目標の再確認
プリントの配布
本時の授業の流れを説明
グループワークの説明
グループワークで使用するものを配布
授業のマナーを守り,学習に取り組んでいる。(人間関係形成能力)
展開
30分
グループの役割を決める
グループワーク(4,5人で一組)で,キキの人物像を発表する。
個人の意見を発表し終わった班から,班の意見をまとめ,画用紙に書く
意見がまとまった班から,机を元に戻す
班の代表者による発表
机間支援


まとめの例文を指示
終わった班には,次の課題を指示
メモを取るように指示。後でこの発表をもとに,キキの人物像をまとめることを伝える
課題を理解して,学習に取り組んでいる(将来設計能力)
役割を理解して,発言や行動をしている(将来設計能力)
文章(情報)から根拠を見つけ出し,自分の意見を述べることができる
グループワークの時に,アイコンタクトやあいづちをして聴くことができる。傾聴の姿勢(人間関係形成能力)
自分の意見を述べる時に,相手にわかりやすい工夫をしている(人間関係形成能力)
まとめ
10分
とったメモをもとに,キキの人物像をノートにまとめる
発表
あいさつ
キキは,どのような性格の人物なのだろうか。今日の発表を聞いて,共通するキーワードをもとにまとめてみよう
机間支援
挙手,または指名で発表
ノートの提出
様々な情報を生かし学習に取り組んでいる(情報活用能力)
文章(情報)から,自分の意見をまとめることができた。
授業のマナーを守り,学習に取り組んでいる(人間関係形成能力)

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3.平成20年度

 2年目となり校務分掌組織を改善した。これまでの進路指導部を「キャリア教育部」に名称を変え,進路主幹1名を配置した。その他の部員に関しては,教務部と生活指導部との兼任にした。以下20年度の取り組みをあげる。

1,キャリア教育部の分掌組織
   進路指導主幹を中心に,各学年にキャリア部員を配置した。部員は,各学年のキャリアに関する活動の企画・運営を担当する。

2,学生チューターの配置
   近隣の慶応大学と提携し,学生チューターとして教職志望の学生・院生を校内に入れた。報償費として,区の特色ある教育活動予算を活用した。学生チューターは,日常的に生徒とふれあう中で「勉強する意味」「勉強の仕方」「中学時代の生活の仕方」「高校や大学生活のこと」「将来への展望」「お互いの夢」など生徒の生き方に関するコミュニケーションを通して,生徒の生活意欲,学習意欲を引き出すことを目指した。将来について考える生徒への好影響とともに,学生の教職に対する意欲付けにもなった。

3,キャリア楽習推進チームの設置
  MITAキャリア楽習の企画・運営・評価・改善の中核として活動する。
  外部関係諸機関との連絡
東京青年会議所港支部と連携した取り組み
   
1学期後半…1年生に対して,「あなたの幸せ計画」という内容で2時間のグループワークを実施した。
職場体験前…2・3年生に対して,「就職模擬試験」「職業・働くこと」という内容で3時間の体験活動及びグループワークを実施した。
  キャリアカウンセリング計画・実施
   
各学期に1週間キャリアカウンセリング週間を設け,教師から生徒へのキャリア教育の視点に立った声かけの強化を図った。
夏季休業中に,2年生全員を対象に校長と副校長による「キャリアインタビュー」を実施した。自己理解や将来のことについての考えを真剣に述べる機会として効果的であった。
  研修推進チーム
   
校内研修の企画・推進・まとめ。
教員全員による指導案を準備した研究授業の実施と授業者アンケートの実施。
生徒へのキャリア教育の視点を入れたアンケートの実施。アンケートは「他人の気持ちを考えて行動や発言をしている」「授業のマナー(挨拶,返事,態度等)を守り学習に取り組んでいる」「最後まであきらめずに学習に取り組んでいる」など9項目について,キャリア教育導入前と導入後の変容を調べた。導入後では「あてはまらない」の回答数が減っていることがわかった。

4,外部講師の招聘…キャリア教育について専門家から研修を受けた。

5,港区教員研究奨励事業を受ける。
  「キャリア教育の視点を活かした授業力向上」のテーマで,区のグループ研究奨励対象研究に指定された。
 
進路指導主幹を中心に若手教諭4人で研究を推進し研究発表を行った。
研究内容を「MITAキャリア楽習」というリーフレットにまとめ,保護者及び地域の関係者に配布し,本校の教育活動の紹介として活用した。

6,港区教育研究会において「MITAキャリア楽習の実践」を発表した。

上記の取り組みの成果として
「教員全員による研究授業の実施」及び「港区教員研究奨励事業」は,教員のキャリア教育に対しての意識向上に成果があった。
「東京青年会議所港支部との連携」「学生チューターの配置」は,生徒の人間関係形成能力や職業観の育成に成果があった。
夏季休業中の校長と副校長による「キャリアインタビュー」は,生徒の自己理解を深め,職業観を知る大変よい機会になった。

理科少人数授業 英語ALTとの授業
キャリア楽習講座 学生チューター
命の大切さを考える道徳授業地区公開講座

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4.平成21年度

 キャリア教育部のメンバーが他の分掌と兼任のためキャリア教育の推進に専念できないという昨年度の評価をもとに,キャリア教育部のメンバーを進路指導主幹と各学年1名の専任とした。

 平成20年度の活動の中で課題も見つかり,以下の改善点が実施された。

1, 昨年度からの東京青年会議所との連携事業において,本校の生徒に合わせた本校独自の授業を企画した。授業計画段階から交流を図ることによってコラボレーション授業にすることができた。
  1年生…「就職模擬面接」の体験活動を実施し,コミュニケーション能力を育成した。
  2・3年生…「商品販売ポスターを作る」を実施し,課題解決能力,役割把握・認識能力を育成した。

2,研修に関して
  全教員による「キャリア教育の視点」を取り入れた研究授業は,通常の授業時に行っているため空き時間の教員しか参観できない課題があった。そこで,今年度は授業をビデオに撮って,キャリア教育部でキャリアの視点が活かされている部分を編集し,校内研修でビデオを見てキャリア項目の内容についての協議を行った。
  道徳・総合的な学習の時間・特別活動については,少人数(3人ぐらい)でリーダーを決めチームを作り,来年度の研修の方向性や研修のねらいを検討している。

 

5.取り組みの成果

 本校を紹介するリーフレットは,「MITAスクールガイド」「MITA学習ガイド各教科」「MITAキャリア楽習」の3点セットである。その表紙等に散りばめた次の文言に3年間で取り組んできたねらいが込められている。
キャリア教育の視点から学びを追究します。
望ましい職業観・勤労観の確立を目指します。
人間関係形成能力を育成していきます。
学ぶことの楽しさを追究していきます。
協力・共同による授業を展開します。
三田中は学びの定着を約束します。
これからの学習で少しでも興味をもつものが見つかった時 その学習は楽習になります。
ふれあい,学びあい,語りあい 未来を拓く生徒を育てます。

 本校の教育活動がこれらの目指す方向に着実に動いていることを実感するとともに,見える形での成果として十分に検証できていない課題もある。

 なお,キャリア教育の推進には,キャリア教育の視点に立った授業の実践が不可欠である。教育活動の中核が授業にあり,授業と他の活動とが関連付けられることによって教育効果が高まると考えているからである。たとえば,授業の開始や終了時の挨拶についても,挨拶の目的をしっかりと認識させるとともに,他者に伝わるコミュニケーションのとり方や発表の仕方など,よりよい人間関係を築く力の育成の一環として行わせることによって効果的になる。また,同一教科の教員数が減少してくると,教科指導に関わる研修が難しいことになる。本校のようにキャリアの視点に立っているかどうかという観点から授業研究を進めると,全教員で協議ができるようになる。

 本校では,校内研修の主題を「キャリア教育の視点を活かした授業力向上〜キャリア発達を促す学習指導の工夫〜」として,キャリア発達にかかわる能力の育成を目指した学習ブログラムのうち,指導内容とともに指導方法における日々の授業改善を目指してきた。若手教師が行った研究授業の指導案を見ると,次のような実践がみられる。

 英語科では「パブリックスピーキングへの視点(アイコンタクト)話す相手を見る練習」が設定されている。国語科では「自分の考えを他人に伝わりやすいように文章を推敲したり,話す姿勢や声の大きさ・スピードなどに気を付けたりして,自分の考えを発表できる」ようにさせたいと考えている。社会科では「班の仲間と話し合い,班員同士のかかわりの中から全員が納得できる方針を考えていく場面」を設定している。数学科では「トランプを使ってペアで協力して実験できる」という,あまり見られない活動場面を取り入れている。

 また,若手教員だけではなくベテラン教員の指導案を見ると,自らの授業を省みて改善をしていこうという意識が向上した。研修会においても,多くの教員の授業を見ることにより,様々な授業法や指導法・指導形態があることを再確認できたことによる成果は大きい。

 こうした取り組みを通して,子ども同士の関わり合いが乏しい時代のコミュニケーション能力や意思決定能力を高める授業の工夫に取り組める学校風土が構築されてきている。

 

6.今後の課題

 第1に,各教科・道徳・総合的な学習の時間・特別活動の一層の関連付けを行うことがあげられる。今年度の取り組みの中に「道徳,総合的な学習の時間,特別活動でのキャリア教育の視点」作りがあるが,すべての学年でこれまで行ってきた実践の成果を大事にしながら,活動内容を検討する必要がある。また,学年の進行に合わせて「キャリア教育の諸能力」を計画的に配列し実施することが課題である。

 第2に,「キャリア教育の視点」を取り入れた授業改善を継続することである。当然なことだが,授業改善により生徒のキャリア発達も育成することができる。また,生徒だけではなく教員にとっても,自らの授業を省みることは教員の育成にも重要な点である。

 第3に,新学習指導要領における言語活動との関連付けである。本校では,21年度の年間指導計画に言語活動の視点からの記述を取り入れたが,単元ごとに検討するところまでできていない。今後は,キャリア発達の観点を活かした言語活動の充実に取り組むことが必要である。

 第4に,自己理解を深め・自己肯定感を高める具体的実践の充実である。命の大切さを考える道徳授業やキャリアカウンセリング週間の設定などいくつかの実践はあるが,日々の授業の中で,各教科共通に「振り返りの時間」を設けたり,考えさせる課題を与え,宿題として文章化させる取り組みなど継続実施による教育効果を高める研究をしていく必要がある。

 第5に,教育活動の質の向上である。これまでの実践をキャリア教育の切口から整理したことにより,方向性・統一性の展望は開けてきたが,教育活動の一つ一つに一層の質の向上が求められる。本校は,22年1月から新校舎に移転した。全教科に教科教室を有する素晴らしい施設環境である。本校にとっては,緒に就いた研究活動を継続し,良質な学習環境にふさわしい教育活動にしていくことが最大の課題となっている。

 


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