教育改革のとりくみ 目次

京都府八幡市における学校改革 〜学校UD化構想〜

京都府八幡市教育委員会

1.学校UD(ユニバーサルデザイン)化構想

 今,子どもたちをとりまく環境は急激に変化し,それに伴って「学校が変わる」ことが求められています。

 小中学校は,将来の社会を担うべき次世代の育成と,一人一人の子どもが一生を幸せに生きるための土台をつくるという2つの使命をもつものであり,生涯学習の基礎となるものです。

 八幡市教育委員会では,社会が急激に変化し,将来が不透明になっている中で,次世代を担う子どもたちが,“夢”と“志”を持って魅力ある人間として主体的に生きる力としての「人間力(にんげんりき)」を身に付けていくことができるように,2005年(平成17年)11月に『八幡市学校UD化構想』を策定しました。

【UD(ユニバーサルデザイン)】
 「UD(ユニバーサルデザイン)」という用語は,「すべての人のためのデザイン(構想,計画,設計),みんなにやさしいデザイン」です。年齢,性別,国籍,身体の状況など,個々の人間の特性や能力に関係なく,はじめから,できるだけ誰もが利用しやすいように,まちや建物,環境,製品,サービスなどをつくろうとする考え方です。1980年代にアメリカのロナルド・メイスらによってつくり出され,次の7つの原則が提唱されています。1誰にでも公平に利用できること2利用者に応じた使い方ができること3使い方がすぐにわかること4必要な情報がすぐに理解できること5使い方を間違えても重大な結果にならないこと6無理な姿勢をとることなく小さな力でも使えること7利用者に応じたアクセスのしやすさと十分な空間が確保されていること。このように,これまで普通だと思われてきたことをもう一度見直す意識や気づきを促進させる考え方とも言えます。
 そのため,八幡市の学校改革の基本理念として,UD(ユニバーサルデザイン)の考え方を取り入れることにしました。



2.学校UD化構想の概要

 市民から信頼され,子どもたちが安心して通うことのできる,楽しく魅力ある学校づくりのため,UD(ユニバーサルデザイン)を基本理念として,子どもたちの未来のために,すべての判断基準を「そのことが子どもたちのためになるものかどうか」に置き,八幡市における学校教育の「かたち(体制・仕組)の一新」と「きもち(発想・意識)の転換」を行うことで社会の変化に対応できる取組を進めようとしています。

 ユニバーサルデザインの7つの原則を意識した7つの視点と5つの要素に基づいて,具体的な取組を進めています。



3.八幡市学校改革プラン

 八幡市学校UD化構想を受け,その具体的取組のために2006年(平成18年)9月には『八幡市学校改革プラン』をとりまとめました。

「かたち(体制・仕組)」を変えるためになくしたい“壁”

 教育の「かたち」を変えるために,5つの“壁”をなくし,小中一貫教育を行うことで,小中学校の円滑な接続・移行を図っていきます。これは9年間を見通した系統性・継続性のある教育活動の中で,確かな学力を身に付けるとともに,一人一人の個性や能力を伸ばしていく教育体制を確立するものです。

学級の“壁”をなくす学年や複数学年の教師でチームを編成し,複数指導,少人数指導,専科指導を行う(ユニット担任制)
学年の“壁”をなくす複数学年が合同で学習し,上級生が下級生を教える(ユニット学習)
学校の“壁”をなくす中学校ブロックを1つの学校に見立て,ブロック内の小中学校をキャンパスとして位置付ける(キャンパス構想)
学期の“壁”をなくす年間を通したカリキュラムと学習指導を行う(通年制)
時限の“壁”をなくす1コマの授業時間を15分,25分,30分など弾力的に設定する(モジュール制)

「きもち(発想・意識)」を変えるためになくしたい“壁”

 教育の「きもち」を変えるために,3つの“壁”をなくし,学校が子どもたちや保護者と「協約」を結ぶ『学校マニフェスト制度』を創設します。

常識の“壁”をなくす学校の常識と社会の常識のズレをなくし,新しい常識への更新を妨げる「学校風土」としての常識・価値観を転換する
責任の“壁”をなくす教職員として自分の仕事の“質”に対する責任を持ち,人間性の尊重とやる気を引き出す環境づくりを行う“学びのコーディネーター”へと変革する
関係の“壁”をなくす「ネットワーク」「規範」「信頼」を蓄積し,人々が協調行動を活発にすることによって,学校・家庭・地域の教育的機能を高める
 
学校マニフェスト制度教育委員会が市民に『学校マニフェスト』を作成・公表するとともに,学校が教育委員会,個々の子どもたちや保護者とそれぞれ「協約」を結び実行する




U
D
一人一人の学び方や能力の多様性を知り,それらをうまく使いこなせば,学び方をよりよくすることができます。
また,だれでも何らかの得意なものを持っていて,それらを活用することでよりよく学べるようになります。
◆ことばが得意
◆数学が得意
◆絵が得意
◆身体を使うのが得意
◆音楽が得意
◆人と接するのが得意
◆自分のことが得意
◆自然が得意
■見たり,聞いたり,読んだりするタイプ
■じっくり考えるタイプ
■動くことによって学ぶタイプ
■感情や直感的なものを優先して学ぶタイプ
■話すことで学ぶタイプ
◎誰も学んでいて,学び方,速さや動機が違う
◎不安がなく,楽しい
◎積極的に参加できる
◎意味のある身近な内容,中身を扱う
◎選択できる
◎十分な時間がある
◎協力し合える
◎振り返りとフィードバックがある
◎互いにたたえあい,教えあえる機会がある

【重点的な取組】
【1】人のネットワークづくりを進めることによって,教育を通じた新たな地域コミュニティ=教育コミュニティの形成を図る
【2】中学校区単位で,乳幼児から子どもの発達・成長を見通した教育の在り方をリ・デザイン(再企画)し,それぞれの場での教育活動の関連性や連続性を共有化して協働体制の活動をすすめる
【3】学校が福祉・医療・警察等関係諸機関との連携を深め,目的を共有したネットワークを構築することで,学校を拠点とした組織間協働をすすめる
【4】保護者・地域との連携協働を図り,学校生活と家庭生活が相乗効果を生み出すような取組をとおし,子どもたちの人間力(にんげんりき)を支える土台づくりを実践するため「もったいない・みっともない・ほっとけない+(プラス)「早寝早起き朝ごはん」運動として取組をすすめる
【5】子どもたちの学力の向上と生活改善を図るため,八幡市『人間力』向上プロジェクトを立ち上げて,効率的で効果的な新しい指導方法を開発し,着実に成果を出していく方法をすすめる



4.取組実践事例として(重点取組【5】に係る取組事例)

【総合基礎科について(モジュール学習)】

1 本市の学力の課題

 本市においては,従来から公立義務教育学校の使命として学力向上に取り組んできており,これまでも一定の成果は上がっています。しかし,まだ課題の残る学年や教科が存在するのも事実です。

 本市が2006年度独自に実施した学校満足度アンケートの結果によると,大半の小・中学校児童生徒とも学校が「楽しい」と思っていますが,学年が上がるにつれて授業が「楽しくない」「分からない」という割合も増加しています。とりわけ,「楽しい」と思う教科が1教科もないと答えている児童生徒は,小学5年生で9.1%,6年生で15.0%,中学1年生で13.6%,2年生で18.8%,3年生で20.3%でした。さらに「分かる」と思う教科が1教科もないと答えている児童生徒も学年が上がるにつれその割合が増加している状況があります。

 特に,中学生で「分かる」教科が一つもないと回答している生徒の割合が増加していることは,学力向上をめざす上で大きな課題です。

  小学校の学力を中学校へつなげていくために,
 小学校における確固たる学力の定着
 中学校における学び直しの機会の設定
 本市における効果的で効率的な指導方法(八幡メソッド)の確立
が必要です。

 このため,授業改善をすすめ,楽しくわかる授業を展開することが基本です。しかし,授業で「分かる」こととそのことが脳にきちんと定着することとは別のことです。授業で「分かった!」と思ってもそのことが単元テスト,また定期テスト等で確実にできることにはつながりません。

2 脳科学のアプローチから

 最近の研究によると,学習を行うと脳の中にネットワークが形成されますが,最初に作られるのは非効率で弱いネットワークです。それが反復練習をすると,脳はトライ&エラーを繰り返しながらより効率的なネットワークに組み直していきます。しかし,このネットワークもまだ脆弱で,反復練習を止めるとすぐに壊れ,つながっていた神経細胞の接合部(シナプス)も接続を止めてしまいます。それでもあきらめずに反復を続けると,脳のネットワークはさらに強固で壊れにくくなることがわかってきています。

 授業で学習した内容を確実に定着させるために,スパンを考えながら,同じ問題を反復して学習させるシステムが必要になってきます。

 また,漢字や英単語などの語彙力を付けること,基本的な計算を早く確実にできる力を付ける取組を展開することも求められています。

3 モジュール学習

 発展的な学力やマルチ能力の開発には学習の基礎基本を身に付けることが大切です。しかし,スポーツにおいて基礎的基本的な練習を行うために基礎体力が必要なように,学習における基礎基本を身に付けさせるためには,基盤技術である「聞く,話す,読む,書く,計算する」といった力が必要です。そのため,語彙力や計算力を確実に身に付けさせることが大切になってきます。

 この基盤技術である「読み・書き・計算」を計画的に指導するため,「スピード・テンポ・タイミング」指導による短時間(10〜15分)の集中トレーニング=『モジュール学習(※1)』の取組を構想しました。
(※1:1コマの授業時間を柔軟に取り扱う「モジュール制」とは異なる)

4 総合基礎科

 本市では市内の全学級が一斉に,また最も効率的にできる時間帯に,毎日モジュール学習が行えるように特設の時間を新設し,効率的で効果的な,新しい指導方法を開発し,すべての子どもの学力向上をめざしたいと考えました。

 しかし,現行の学習指導要領では,上記のようなモジュール学習を行うことは困難であるため,文部科学省の新教育システム開発プログラムに採択されています,立命館大学陰山英男教授の主宰する「学力向上サミット」に参画し,研究開発学校の指定をうけることによって学習指導要領の教育課程の基準によらない教育課程により新設教科「総合基礎科」を設置しモジュール学習を行うこととしました。

5 オール八幡として

 4月より,市内各学校の実態に合わせた形で週程表(時間割)を組み,小学校では10分×2本(言語的基盤技術・数理的基盤技術)中学校では10分×3本の帯(言語的基盤技術〈国語〉と〈英語〉・数理的基盤技術)で毎日モジュール学習に取り組んでいます。今後カリキュラムの編成,効果測定,改善等を八幡市「人間力」向上プロジェクトを中心に進め,単一校での実践としてではなく「オール八幡」として市内小中学校の協働体制で実践していき,成果と課題をまとめることとしています。


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