教育改革のとりくみ 目次
 
自ら課題を発見し,自分の考えをしっかり持ち,表現できる生徒の育生 〜NIEをはじめ,”教育の質と時間”を高める取り組み〜

岡山県高梁市立成羽中学校 校長
塚本 季由

1.はじめに

(1)学区の概要

 本校は,平成16年10月1日をもって岡山県下最初の合併新市(高梁市)となった。学区の面積は81.87km2,世帯数2,117世帯,人口5,643人であり,他の郡部同様通学区域のエリアが広く過疎化が進んでいる。

 本校の学区は,備中神楽発祥の地として知られていると共に,300年の伝統を誇る成羽愛宕花火大会が開かれることでも有名である。他に,今は昔のこととなったが,吹屋地区は江戸時代から明治時代にかけて銅を産出し,世界中に輸出もされたと言われるベンガラ(染料)の産地として栄えたところでもあり,今もその面影を残し「吹屋ふるさと村」として多くの観光客が訪れている。芸術関係では,倉敷の「大原美術館」の絵画の収集に当たると共に,自らも多くの名作を残している「児島虎次郎」の生誕地であり,氏の作品を数多く常設展示・収蔵している「成羽町美術館」も有名である。同館には学区内で多数産出される化石も展示しており,枝の不整合と共に地学関係者にとっても名高い土地柄で,各地から愛好家が訪れる町である。

(2)学校の概要

 本校も過疎化・少子化の影響で年々生徒数が減少し,平成18年度は学級数5,生徒数143名という規模になっている。学区内には3小学校があり,スクールバスで片道22kmもの遠距離通学をしている生徒もいる。生徒は「明るく素直で,あいさつも良く出来る」と,地域の人からも言われている。学習態度はまじめであり,指示されたことには良く取り組むが,自ら課題を見つけて積極的に取り組む姿勢は今一歩である。部活動も熱心でほとんど全員が何かの部に所属している。


2.取り組みの概要

 主題に掲げているように,現在進められている教育改革に積極的に取り組むと共に,教育の不易の部分である「博く之を学び,審らかに之を問う,慎重な思考をし,誰にでも良く分かるように表現(他人を納得させられる)し,心を込めた行動が出来る」生徒を育成していくことも,学校教育の重要な使命であると考え,概ね次のような取り組みを進めてきた。近年指摘されている生徒の学力低下問題の解決に対しては,「学習の質」の向上と「学習時間数」の確保であるため,本校では週31時間・年間1,100時間の実質確保を目指している。なお,現在は校舎改築工事に取りかかっているため,仮校舎での生活をしており,以下に紹介する内容の一部はいくらか現状と異なるところもあるので予めお断りをしておきますが,「改築に関わってのハンディキャップを言い訳にしない」という認識のもとで職員一同頑張っている。

I.生徒に対する教育活動
(1)NIEの取り組み
(2)読書活動の推進
(3)自然・生活の「?」,新聞の「?」
(4)「アルファー学習」による学習内容の定着化
(5)手紙ボランティア・道路アダプト事業
(6)夏ゼミ・冬ゼミ
(7)「生きる力」の本の制作・配付


II.教職員に対しては,

(1) 「学校教育の中の教職員」としてだけでなく「社会人としての教職員」たるべく資質を常に磨くための校内研修。
  (2) 「授業で勝負!」事業により,非常勤講師を含む全員の授業改善を目指し,公開授業を実施。


3.具体的な取り組み (各取り組み毎に番号に対応して説明)

I.
  (1)  言葉で知識を理解し,言葉で考え,言葉で表現する。言葉は自分のことを他人に理解させ,また他人のことを理解させてくれる。おりしも平成17年7月22日に「文字・活字文化振興法」が成立し,「国民挙げて言語力の涵養を図る努力をしなければならない」環境づくりが求められている。

 さいわいな事に,本校では平成16年度からNIEの取り組みを始めており,NIE事務局の特段の配慮により平成18年度で3年目を迎えている。このNIEを充実させることも,重要な教育活動の施策の一つとして,全職員で工夫しながら展開している。

 どの教科も最低年間2回以上は新聞記事を題材にした内容の授業を実施。朝の学活で毎日1分間スピーチをするクラス。新聞コラージュの作成。英字新聞の作成掲示等に取り組んでいる。また,学校の新聞情報環境をより充実させ,生徒の興味関心及び集中力を高める目的で地元紙(山陽新聞)から毎日3回リアルタイムに送信される「新聞ニュース」の電光掲示板(LED表示)を設置した。今後,情報環境の向上にも努めていく予定である。

 学校の電光掲示板ニュースで得た話題が,家庭での親子の会話の題材にでもなれば,近年危惧されている親子の会話を充実させる手段の一つになるのではないか。親子の会話が不足している原因の一つとして,親子の間に共通の話題がないからではないかと考えている。その点新聞情報は,老若男女を問わず,ほぼ誰とでも共通の話題になりうるし,情報量は1日の新聞1紙当たり,250ページの単行本2冊分(36万字)に相当する文字情報が詰まっている。

 実は電光掲示板による最新ニュースの受信を始めようと考えたきっかけは,「NIE認定実践校」としていつまでも補助金がもらえるわけでもないし,自前での新聞購入予算が潤沢でもないので,今後は生徒や教職員が自宅から1日遅れの新聞を学校に持参することによって,今まで取り組んできたようなNIEの効果を維持したいと考えた。

 1日遅れの新聞情報では感覚的に(内容によっては全く問題のない記事もたくさんあるが)今日の情報化社会の中で現代的ではないので,最新情報の確保手段を取り入れることにより,生徒や教職員が自信と誇りを持って,NIE実践が出来ると考えたからである。

 読書指導については,「常に身近に1冊を!」の指導をどこの学校でもされていると思うが,NIEについては「常にカバンに新聞の1ページ分でも偲ばせて!」と願っている。
     
  (2)  毎日,15分間の「朝読書」(10分間は職員が付く)により,とかく活字離れが指摘される中で,本を読む機会と習慣形成に努めている。また学校図書館に数々の植木鉢による植栽を施し,過言すると「ジャングル化」することによって,落ち着いて読書が出来る環境づくりに努めている。

 学校として植物を準備したものもあるが,本校の職員がこの取り組みに共感して自宅などから,私物を提供してくれたりしたことによっておおいに盛りあがった。この「ジャングル化」構想はよかったと思っているが,植物栽培の基本的な知識技術が十分ないまま取り組んだことや,長期休業中などの管理体制の不十分さなどの原因により,何本かの植木鉢が惨めになった。みんなが大事にし過ぎて常に受け皿に水がたまったままになることもあった。多いに失敗した例である。新校舎が落成し,今後学校図書館司書の配置などがあると,もう一度日の目を見せたい取り組みの一つであると思っている。

 本校では,地元出身者の篤志と市の予算で年間100万円規模の図書資料が購入出来,蔵書数も学校規模からすると充実していると言える。実際生徒の読書意欲も向上してきたようである。
     
  (3)  日常生活の中で大人にとっても子供にとっても疑問ばかり,分からないことばかりなのに,みんな知ったつもりで生活している。そこで,夏季休業・冬季休業などの長期休業期間を中心に,1学年は自然現象や生活の中で「?」と思ったことを5項目を目安に,2学年は新聞を読んでいて「?」と思ったことで3項目程度(休業中の課題の一つにしている)記録して提出させ,みんなの「?」を集めて「?集」の冊子を作成し,それを元に昼食後の時間に校長と順番に懇談の時間を持ち,「世間話の出来る生徒」の育成を目指している。

 また,新聞の「?」はNIEの取り組みの一つでもあるが,やはり夏季・冬季の休業中の課題の一つにしており,新聞を読んでいて「?」と思った事項を記録しておき提出させている。同じくみんなの「?」をまとめて冊子にしたり,総合的な学習の時間にスマートボードにより全員で考えることが出来るようなこともしてきた。
     
  (4)  5教科に絞ってはいるが,1学年の各クラスとも,毎時間教科毎に授業で学習した内容をそれぞれの教科担当の生徒がB4の用紙1枚にその時間の要点を簡潔にまとめ,トイレの入り口の所定の場所に掲示しておき,お互いに確認する。今学習したことの再確認や隣のクラスでの内容などを端的に読みとることが出来,学習内容の定着を図る上で有効である。トイレから出たとき(頭が冴えているときだそうである)に目に入ることが「アルファー学習」なのである。

 また,この用紙を縮小コピーして欠席の生徒に届けることによって,その日の学校での学習状況を知らせることが出来,欠席生徒と学校との心理的距離を縮めることが出来るのではないかと考えている。基礎学力アップにもつながることを期待している。
     
  (5)  「篤く之を行う」の一つとして,総合的な学習の時間に,地域のお年寄りや福祉施設に対して,生徒が心を込めて激励の手紙や季節の便りを書いて送る「手紙ボランティア」の取り組みを,平成16年度から続けている。お年寄りからの返事にも心を打たれている様子がうかがえる。季節の便りを書くときには,季節に応じて気の利いた季語や表現を一生懸命探すなど,生徒にとってもよい学習機会になっている。

 また,自分たちの通学路や生活道路での散乱防止活動の一つとして,「アダプト事業」(岡山県の主催事業で,道路や海岸・河川などの清掃活動に団体やグループで取り組む事業)にも参加しており,単発的なボランティア活動だけでなく,継続的な実践力を身につけさせるためにも役立っていると考えている。
     
  (6)  少子化の影響もあり,家庭でも学校でも切磋琢磨する場面が少なくなったせいか競争心は弱く,学習意欲も総じて今一歩という気がしている。3年生は夏休み半ば以降は部活動関係から引退するので,自由時間が十分出来る。本来,そろそろ受検勉強に身を入れてもらいたいから,という期待がある。しかし,時間が出来れば勉強するかというと,そんな訳にはなかなか行かない。

 そこで,3年生の希望者を対象に夏季休業中に2週間(1・2年生が部活動で登校してくる日)の「夏休みゼミ」(夏ゼミ)を開催している。学校図書館等を会場に充て,冷房・緑化などの環境を整え,自由に能率良く学習出来る場と機会を提供している。教員が1名付いている。予め出席予約をとっているが,心配していた成績上位の生徒ばかりの参加ではなく,各層の生徒が参加しており,学習意欲や学習習慣の形成のために,いささかなりとも役立っているのではないかと思っている。

 また,冬季休業中は1週間の「冬ゼミ」を実施し,高等学校進学を目前に控えた,最後のまとめの時期における学習支援の機会と場の提供の充実を図っている。
     
  (7)  新聞等の情報源から「そうなんだ!」と言う話題や,生徒朝礼での話題を集めた「生きる力の本」(各約130項目の内容)を第1集・第2集・第3集と発行し,生徒にとって保護者やその他の大人との世間話の話題になることを期待すると共に,内容に共感していつの日か「生きる力」のエネルギーになればと願っている。第1集・第2集は,それぞれその年度の3年生の卒業記念品として配付した。今年度は第3集を卒業記念にと考えている。
II.
  (1)  教職員の資質の向上(社会性・一般常識に関し,社会人としての教師であるために)を目指した校内研修の実施。年間9回,外部講師を招聘して実施した。講師陣として1地元有名百貨店の人事課長2地元有名教育産業子会社社長3マスコミ支局長4民間学習塾塾長5演劇関係者6弁護士7アナウンサー8情報教育関係職員9視覚障害者で音楽関係者を講師に,幅と深みを備えた教師を目指しての研修に取り組んだ。「あの先生の言うことなら!」と言われるような教師を目指しての研鑽である。むろん教育技術・教材知識を十分身につけなければならないが,『幅と深みのある人間性豊かな教師』を目指している。
     
  (2)  「授業で勝負!」事業に関わっては,非常勤講師を含めて全教員が公開授業を実施し,何か一つでも他人に自慢できるようなよい仕事(授業)を提案するべく頑張っている。象徴的な表現として「売れる授業」を目指している。生徒に対して売れ残るような授業であったり,賞味期限の切れた授業では魅力がない。あの手この手で魅力ある授業づくりにアプローチしている。
     
  (3)  「自画自賛シート」制。全職員が学期毎に,他人に自信と誇りを持って自慢できるようなよい仕事(教科・教科外・校務分掌・その他)をし,毎学期の終わりにはその結果を「自画自賛シート」にまとめる。素晴らしい取り組みは「毀誉褒貶」により,他者の参考になると共に自身の励みにもなる。各地で取り入れられている「教職員の評価システム」でも,「教職員理解」と「指導」のフィードバック資料としても活用できる。

4.おわりに(今後の課題を含む)

 「どうせやるなら,本気で楽しみながら!」「考えるだけでなく,アクションを起こしてこそ物事は始まる!」「上手な言葉や技術もさることながら,熱意があれば通じる!」を合い言葉に,職員一同頑張っている。正規の教育課程の工夫はもちろんであるが,学校で生徒は,普通980時間のカリキュラムに基づいた教育を受けている。図らずも生徒は学校でこれと同じ時間(980時間)のカリキュラム外の時間を過ごしている。

 つまり生徒は学校で年間,約2,000時間を過ごしているのである。正規の教育課程でいう時間以外のこの膨大な時間については,あまり意図的計画的継続的な配慮がなされていないように思うし,評価もされていないのではないか。

 そこで,学校としてまた教師としてこの時間にも日の目を当て,どういうスタンスで生徒と関わるかについて重大な関心を持たなければならないと思っている。もちろん蔑ろにしている学校はないが,この時間を学校教育としていかに重要視して有効に使うか使わないかでかなり教育効果に差が出てくると思っているところである。昼休み時間に,生徒との計画的な対話時間を持ったりすることははもちろん,廊下や通路の掲示物に関して,通りすがりに生徒と会話をしたりすること(この場合相手が誰であるかは意図的ではないが,教師は掲示物によって何かを教授したいという意図を持って)等による啓発も,些細なことではあるが,教師が意図するかしないかによって,単なる飾りになるか,教材になるかの大きな違いが出てくると思うのである。

 いわゆる「ヒドゥンカリキュラム」としての認識を持って指導にあたるよう職員に指示しているが,更に教育の重要な作用と位置づける必要があり,系統的に整理し具体化させていきたい。



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