教育改革のとりくみ 目次
学校経営を守る五つの危機管理

前栗東市立葉山中学校校長
(前滋賀県中学校校長会会長)
  川崎 睦男


はじめに

 校内に侵入した犯人によって,8人の子どもの尊い命が奪われ,深い悲しみと怒りに日本中が包まれた,2年前に大阪府下の小学校で発生した児童殺傷事件は,あまりにも衝撃的であった。また,ある日突然に四百名を超えるたくさんの幼い命が奪われ,六百人以上の子どもたちから親を奪った7年前の自然災害(阪神淡路大震災),さらに近年の凶悪事件の増加など治安の悪化が懸念される中で,学校における危機管理の安全神話は崩れ去ったと言える。
 子どもの「学力低下」と,外遊びの時間の減少とともに起こる「体験不足」も,学校はもとより国民的課題となっている。また,セクハラ行為や窃盗などの非行を犯した教職員,体罰・人権侵害行為をした教員や指導力不足教員の指導等の「人的管理」も,緊急課題といえる。さらに,子どもやその親・教員等のプライバシーの保護と教育情報の情報開示に関する「情報管理」など,学校経営を預かる校長にとっては,これらに対する確かな経営戦略を構築することが緊急の課題である。
 ここでは,特に,子どもの命を守るために,「不審者からの安全確保」について考える。また,「学力低下」問題をはじめとする四つの危機管理にも触れる。
 振り返ってみると,これまでの学校における危機管理は,五つのいずれの領域においても十分ではなかった。
 学校を預かる校長は,今こそ,全ての事柄に優先して,学校施設の徹底した安全確保,中でも不審者の侵入を防ぐ防犯対策を具現化し,学校が,子どもたちや地域社会にとって,本来の夢を育てるもっとも安全で楽しい学び舎となるようにしなければならない。

1. 学校における危機

 学校は,今日決して安全な場所ではないといわれている。このことは,全国の学校内で発生した犯罪総数が,平成13年度に初めて四万件(41,606件)を突破し,過去最高の記録となったことでも裏付けられる。特に,7,400件を超える侵入盗を含めた三万件を超える窃盗被害,6,600件を超える器物破損は,学校の危機管理の上で大きな課題の一つである.また,これらの被害が前年度と比較して13.7%も増加していることも,子どもを取り巻く環境は,いつ危害が及ぶかも知れないという憂慮すべき状況であるといえる。

2. 不審者侵入に対する危機管理

 地域の身近な公共施設として,保護者はもとより地域社会の多くの人々が,毎日様々な用事で学校を訪れている。そして,そのほとんどの人々には,子どもの健全育成を支援したり,地域に開かれた学校経営に声援を届けるなどの理由があり,子どもに危害を加えるなどの危険性は全くない。しかし,近年の状況を見ると,ときには,正当な理由がないのに,校地や校舎などの学校施設内に立ち入ったり,立ち入ろうとする不審者がいる。
 ここでは,不審者侵入に対する危機管理を,監視システムの導入,学校施設の防犯対策,安全点検等の在り方から考えてみる。

  (1) 防犯カメラ設置による監視システムの導入
 不審者侵入に対する危機管理で,まず実施したいことは,「センサーライト防犯カメラ設置」による監視システムの導入である。防犯カメラ設置による利点としては,次のような点が考えられる。

ア.  建物内への侵入者をセンサーが察知して防犯カメラが撮影し,侵入を監視することができる。

イ.

 来訪者が確認できるとともに,見通しが困難な場所や死角となる場所の状況把握ができる。

ウ.

 不審者の侵入抑制の働きをし,子どもに安心感を持たせることができる。

 栗東市では,本校で外部侵入者によるガラス破損事件が発生したのを機会に,市内3校の中学校にモニター,記録装置付きのセンサーライト防犯カメラが設置された。この防犯カメラの設置は,不審者の侵入抑制の働きをし,子どもに安心感を持たせることができたと考えている。また,夜間や休日等の安全確保の上でも有効であり,管理者である校長にとつても安心感を与えている。

  (2)

 その他の防犯対策
 外部からの侵入者を防ぐ方法をいくつかあげてみる。

ア. 出入り口を管理する方法
 夜間や休日には,まず,正面玄関の出入り口を施錠することを徹底することである。その上で,テンキーパッド,カードリーダー等の認証装置による開閉装置を設置することが有効である。また,警備会社と連携した防犯監視システムを導入したり,全ての学校がテレビタイプのインターホンを設置する。

イ.

 窓・出入り口を管理する方法
 まず,校舎1階の全ての窓ガラスを,透明で容易には破壊されにくいものに取り替える。また,2階以上の窓ガラスについても,子どもの不注意による破損と,破損時の破片の落下による怪我を防止して安全確保するために,できるだけ早く1階と同様のガラスに取り替える。

ウ.

 来訪者用受付の工夫で管理する方法
 外部からの来訪者を確認するために,受付で「受付名簿」に記帳をしてもらい,さらにリボンや名札の着用で不審者でないことを識別できるようにする。

3.「体験不足」問題など,四つの危機管理

 学校における危機管理は,本来はあらかじめ想定することができない突発的な事態の発生を,最小限に防止する経営戦略である。しかし,それ以外に,事前に予測できることであっても,それへの対策の不備や迅速性の欠如から,地域社会と保護者へ学校に対する不安感と不信感を植え付けることになりかねない内容への危機管理も大きな課題である。
 ここでは,子どもの「学力低下」と「体験不足」に対する打開策,および教職員の非行,体罰・人権侵害等の「人的管理」,子どもやその親・教員等のプライバシーの保護と教育情報の情報開示に関する「情報管理」という四つについての危機管理の構築したい経営戦略について,簡単にふれてみる。

  (1) 体験不足に関する危機管理
 近年,子どもたちの直接体験の減少の程度は,目に余るものがある。例えば,「木に登る」ことや「生きた魚をつかむ」経験をある程度もつ子どもは,20%程度にすぎないといわれている。
 今回一部改正された学校教育法でも,学校に,「……,社会奉仕体験活動,自然体験活動等の体験活動の充実に努めるものとするとともに,社会教育関係団体等の関係団体,関係機関との連携に十分配慮するものとする。」(第18条の2の関係)というように,体験活動の充実を求めている。今般の教育改革では,学習内容削減の是非などの問題に関心が集中しているが,子どもの直接体験不足も,学校経営を守る危機管理の一つと考えたい。そして,校区の池や河川に直接出向いての水環境調査など,地域の自然を観察・調査する体験学習等を重視したい。また,琵琶湖畔でのカヌー・ヨットやドラゴンボートによるスポーツ体験学習等も重視するよう図りたい。

  (2)

 学力低下に関する危機管理
 新学習指導要領のもとでの教科教育は,学校週5日制完全実施とともにスタートした。しかし一方では,新しい教育内容は,基礎的・基本的内容に厳選し3割近く削減され,学力低下につながるとの強い懸念と不安感が寄せられている。
 学校を預かる校長にとって,この学力低下に対する警鐘は,突発的に発生する事故・事件とは性格を異にするが,学校の存続そのものを危うくする深刻な危機管理的事態と受け止めたい。そして,その危機回避に向けて教育活動を改めて見直し,保護者や地域社会から信頼される中で,安定した学校経営ができるよう努めたい。
 学力低下に対する危機回避の方法としては,1時間の授業の中に体験的活動を組み込んで充実を図ること,「総合的な学習の時間」の学習のねらいの明確な説明を行うこと,学校あげての指導法の改善を行うことなどに取り組みたい。

  (3)

 人的管理に関する危機管理
 授業が成立しない,子どもの掌握ができない,保護者とのコミュニケーションが図れず苦情が殺到するなどの指導力不足教員への対処のしかた等,いわゆる「教職員の人的管理」も,これからの学校経営では,もっとも危機意識をもって臨まなければならない課題の一つである。
 指導力不足教員については,今回の法改正でその対処を示し,各都道府県教育委員会は,それを受けて具現化に向けて努力している。また,体罰,セクハラなどの教育への奉仕者たるにふさわしくない行為に対しても,徹底した未然防止の管理体制を確立しておきたい。言葉の暴力も教員の品性ともかかわる問題でもあり,適切に対処したい。

  (4)

 情報管理に関する危機管理
 これまでの学校教育での情報管理は,教育情報の多くが子どものプライバシーに関するものが多く,その保護を重視する立場から,情報開示には慎重な対応であったといえる。しかし,今回の「小・中学校設置基準」の公布(平成14年3月)では,その大きな柱の一つとして「学校運営の自己点検および評価と情報の積極的提供」をあげている。また,知る権利を前提とした公文書公開制度の趣旨からも,今後は,「知る権利」との関係で,保護者や地域社会に対して学校が果たすべき「説明責任」として,具体的な教育情報をどこまで開示するかが問われている。
 これからの学校は,日頃の情報公開が危機管理に直結することを認識して,日々の学校経営に万全の体制のもとで当たりたいものである。特に,プライバシー重視に依拠して,公開すべき情報さえ開示せず,学校は閉鎖的との批判を受けることのないようにしたい。

4.おわりに

 滋賀県下の教育界に奉職し,延べ12ヵ所の小学校・中学校と教育行政機関で勤務し,理科教育・環境教育・情報教育を中心に教育に携わって以来38年が過ぎようとしている。
 前半の20年間は,中学校で生徒と直接向き合い「師弟同行」の名のもとで,基礎的・基本的な学習内容の徹底と創造性の育成を図る指導をしてきた。そして,後半の18年間は,教育行政での指導事務と学校での管理職として,教育の質的向上の確立と継承できる人材育成を図る仕事を担当してきた。
 今,「長かった38年」いや「短かった38年」の教育界での第二ステージでの生活が終わろうとしている。教育はその時代の出来事とともに変遷していく。21世紀の学校経営において校長として重視すべきことは,徹底した「危機意識の認識と危機管理である。」ことを伝えたい。このことを常に意識した上で,個性ある学校づくり,地域に開かれ信頼が得られる学校づくり,継承できる人づくり等を中心とした学校経営を果敢に実践してほしいと願っている。


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