教育改革のとりくみ 目次
生きる力としての豊かな心をはぐくむ道徳教育の創造

前広島県尾道市立日比崎中学校校長
(現尾道市立木頃小学校校長)
  今岡 史士


1.はじめに

  (1) 『尾道教育プラン21』について


尾道水道

 尾道市は,平成9年,『ヒューマンポート・尾道国際芸術文化都市を目指して《尾道市総合計画》』を策定し,教育については,「未来へのみちを拓く人づくり」として,「小・中学校教育の充実」や新しい時代に対応した教育の必要性を提言しました。
 このプランは,<トップレベルの尾道義務教育づくり>をめざし,「義務教育改革ビジョン」について,指針と施策を示したものです。

<尾道義務教育改革ビジョン>
[基 本 方 針]

学校で確かな学力を身につけます。


家庭や地域とともに豊かな心をはぐくみます。


信頼される学校をつくります。
校長を中心とした開かれた学校づくり


基礎・基本の定着と個性を生かす教育の充実


豊かな心をはぐくむ教育の推進


市民に信頼される教職員


学校・家庭・地域を支援する教育委員会

 本校においては,「豊かな心の育成」道徳教育の充実を研究の要として取り組んでいます。研究主題を「生きる力としての豊かな心をはぐくむ道徳教育の創造」(H14年〜H16年)と設定し,研究を推進しています。

  (2)

 本校の概要

1) 地域の概要
 本校の校区は,JR尾道駅の西側で,国道2号線と184号線が交錯する位置にあります。そのため,大型スーパー等の進出があり,ここ20年で都市化が進み,校区の様子は大きく変化してきています。保護者,地域共に教育に関する関心は高く,学校に対しては協力的です。

2)

 学校の概要
 平成14年度の生徒数は173名,教職員数は19名であり,各学年2学級の,尾道においては中規模の学校です。


校舎

2.研究主題について

  (1) 研究主題の設定

1) 社会情勢
 物は質的にも量的にも豊かになってきています。この物質的な豊かさとはうらはらに,人々の心の豊かさは薄れてきています。物質的な豊かさは子どもたちに多くの誘惑を投げかけ,子どもたちの心を揺り動かし,正しい判断力,よりよく生きようとすることへの価値観を低下させる要因となっています。このことは,急激な社会の変化や情報化の進展により,人々の価値観が多様化してきていると言ったほうがよいのかもしれません。
 更に,多くの家庭では,共働き,核家族化,少子高齢化,高学歴願望が進んでいます。このような社会の変化により,家庭での親子のふれあい,地域での子ども同士の交流・子どもと大人の交流も少なくなり,人間関係の希薄化が進んでいます。
 本校においても,子どもたちの心の問題が深刻化しています。いじめ問題,授業放棄,喫煙などの非社会的な問題行動や反社会的な問題行動があります。
 本研究を通して,子どもたちの心に起因する様々な問題を解決し,人間としてよりよく生きていく力(生きる力)を育成していきたいと考えました。
 生きる力としての豊かな心をはぐくむためには,道徳の時間の充実を要として,教育相談やカウンセリングを生かした授業の充実を図ることが重要です。また,体験学習やボランティア活動を実施し,人とのかかわりの中で心を耕すなどの心の教育の推進を図ることも重要です。

2)

 教育目標から
 本校の教育目標は,

  『平和な民主国家の一員として,心身共に健やかで,知・徳・体の調和のとれた実践力のあるたくましい人間の育成をめざす。』

です。この目標は,「生きる力」とも一致しています。この目標実現のため,本校の目指す生徒像を次に示します。

    
1.[道徳教育]
 あいさつのできる生徒、掃除のできる生徒  

2.

[基礎・基本の確実な定着]
 進んで学ぶ生徒

3.

[総合的な学習の充実、選択教科の充実]
 考える生徒

 研究主題『生きる力としての豊かな心をはぐくむ道徳教育の創造』は,本校の目指す生徒像の実現でもあります。

3)

 生徒の実態から
 多くの生徒は,全体的には明るく素直で,挨拶もよくでき,勉強にも熱心で真面目に取り組んでいます。クラブ活動にもほとんどの生徒が参加し,練習に励み,市内大会でも好成績を収めています。しかし,現代の子どもたちの特徴もあわせ持っています。これらの子どもたちが,人間としてよりよく生きていけるように,「豊かな心」の育成が急務です。

4)

 研究の方向
 現在の子どもたちの心の状態を「豊かな心」にしていくために,道徳の時間を中心にどのように道徳教育を展開すればよいかを研究していきたいと考えています。さらに,本研究では,「豊かな心」を『新しい時代を拓く子どもたちが身につけるべき生きる力の核となる豊かな人間性』(中央教育審議会答申)としてとらえ,答申において示された豊かな心の観点で研究していきます。

3.実践報告

  (1) 日曜参観日
 本校においては,6月の日曜参観日に授業を公開し,午後は保護者と球技大会を行っています。これは,生徒,保護者,教職員の人間関係を深めるため毎年実施しています。
 従来は教科の授業を公開してきましたが,今年度は,道徳教育の研究を開始する初年度でもあり,学級担任全員が道徳の授業を公開することにしました。
 例年,公開授業を4校時に行い,昼食後PTCの球技大会を行っていましたが,今回は3校時に公開授業を行い,4校時は保護者・教職員を対象にして,本校の研究の指導助言者である広島県立教育センターの竹田敏彦企画部長に,「なぜ道徳教育が必要なのか」という演題で教育講演をお願いしました。
 講演の目的は,従来,尾道市においては,道徳の授業が十分に行われず,保護者も道徳の授業に対する関心が低い状況にあったことから,道徳教育本来の目的を正しく理解していただくためです。
 今回も午後は,生徒,保護者,教職員とで球技大会を実施しましたが,今後は校区の清掃活動とかボランティア活動なども取り入れていきたいと考えています。

  (2)

朝の読書

 道徳授業研究会
 尾道市では,『尾道教育プラン21』に基づいて,市内31校すべての学校において,教育研究会を開催することとしています。
 本校では,10月28日に開催しました。当日は,本校の研究の指導助言者である広島県教育センター竹田敏彦企画部長をはじめ,広島県尾三教育事務所の新庄譲児指導主事,尾道市教育委員会の浮田裕人指導主事を招聘し,指導・助言をしていただくことができました。またその他に,学校評議員,市内教職員,地域,保護者の方々約 80名にも参加していただきました。
 教育講演は,「道徳性の発達を意図した道徳教育の創造」という演題で,竹田敏彦企画部長にお願いしました。

  (3)

道徳授業の様子

 体験学習
 生徒の道徳性は,次のような豊かなかかわりを通してはぐくまれると考え,多様な体験活動を実施しました。
[不可欠な要素]
直接,人と人とが触れ合うこと
生き物とのかかわりを深めること
ボランティア活動などの社会体験を充実させること
 とりわけ,ボランティア活動には,青少年の「心の健康度」を安定させ,非行や犯罪を未然に防ぐ効果があるので,次年度以降積極的に取り組んでいきたいと考えています。

1) トライWORK尾道(職場体験学習)
 昨年度,一部の学校が個々に行っていた職場体験学習を,全市的な取り組みにしていこうという機運が高まってきました。しかし,職場体験学習の教育効果はよく理解できるが,受け入れ事業所の確保が課題で実施できないという状況もありました。

保育所での体験学習の様子
 そんなときに,尾道青年会議所において,何か学校のためにできることを計画しようという機運があり,それでは是非協力しようということとなり,約300社の受け入れ企業を確保していただくことができました。なお,この事業を市民レベルまで広げていくため,名称も「トライWORK尾道」とし,新聞やケーブルテレビ等でも大々的に取り上げてもらい,多くの市民に関心を持ってもらうことができました。
 6月18日,19日の両日に,市内10校の2年生を中心に一斉に実施しました。
 本校においても,職場体験学習の重要性は承知していましたが,受け入れ先事業所の確保の困難性からそれまで実施していませんでした。これを契機に,生徒63名が市内23事業所において,職場体験学習を体験することができました。「挨拶,時間厳守,マナー,仕事への姿勢,人の話を聞く」を中心に指導し,体験させました。働くことを通して,社会の厳しさや苦労を学ばせることができたと考えています。

2)

米国教師3名による英語授業

 マスターティチャープログラム
 この事業は,日米の教育交流を通して,日米の相互理解とIT・環境・国際理解を体験的に学ばせるものです。3月末には,日本側の教師が2週間米国を訪問し,6月には米国側の教師が1ケ月本校に滞在し,日米の交流を行いました。
 米国人教師滞在中は英語や理科のTTや,文化交流を実施しました。
 1年生は,日米で時期を決めて,総合的な学習として環境調査(河川の水質,昆虫の生息状況)に取り組みました。
 2年生の選択技術では,ゲーム「シムシティ」による都市設計からヒントを得て,未来都市模型造りを行いました。
 3年生の選択英語では,米国の相手校と電子メールによる交流を行いました。

3)

 福祉体験
 3学年は,福祉体験学習を,社会福祉協議会や老人ホームで実施しました。
 福祉センターでは,車いす体験,アイマスク体験など高齢者との交流体験をさせました。老人ホームで,話し相手になったり,車いすの世話,食事の世話などを体験させました。この体験を通して,高齢者・障害者等社会的弱者の人たちの気持ちを理解させるとともに,異年齢間交流によって相手を思いやる心情を育てていくことができたと考えています。

4.研究の成果と課題

 この1年間,先行研究,校内研修,研修講座,先進校視察等を行いながら,研究を進めてきました。
 今後は,道徳授業と体験活動や外部講師をリンクさせた,総合単元的道徳学習などの研究を推進していきながら,研究初年度に引き続いて研究を継続し,初年度と同じ研究主題に迫っていきたいと考えています。

  (1) 成果
組織的な教育研究に取り組めた。
道徳の公開授業を行うことができた。
道徳学習の指導案作りに取り組めた。
モラルジレンマなど多様な道徳授業の展開についての研修ができた。

  (2)

 課題
道徳の学習指導案を,授業を実施する学級に密着したものにしていく。
生徒の道徳性の発達に関して,研究主題の内容を分析し,アンケート等統計学的な手法を用いた分析をしていく。
外部講師とのTTによる道徳や体験活動を織り交ぜた授業を実施していく。
PTAや地域と連携し,道徳の授業をボランティア活動へと発展させる。

5.おわりに

 子どもたちから,道徳の授業が待ち遠しいとの声が出るような,道徳の授業を目指して研究を推進していくつもりです。研究1年目ということもあって,試行錯誤の状態でしたが,この1年間道徳の研究を進めていく中で,道徳的な価値をめぐって子どもたちの葛藤の場面にも出会うことができました。


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