環境教育教材の紹介と実践1
−自己責任性を引出し,問題解決能力を育成するための1つの方策−
大阪市立矢田南中学校
井上 晴貴
E-mail:haruki@mx5.meshnet.or.jp
  <<キ−ワ−ド>>
環境教育,環境調査,環境計測,コンピュ−タ計測,定量分析,自作比色計

はじめに
 中央教育審議会の第1次答申に「生きる力をはぐくむ」ことが強調されている。中教審がいう「生きる力」の1つを要約すると,〔いかに社会が変化しようと自分で課題を見つけ,自ら学び自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力〕となる。
 理科の中の環境調査を通して,生徒たちの「生きる力」の育成を考えている。身のまわりの環境に関わることにより,自然への疑問やなげかけ,人間活動が自然に与える影響などを意識することができる。その1つの方法として,自作比色計とコンピュ−タを活用した環境調査法を紹介する。

1.環境教育教材について
 1992年から95年までの4年間,大阪市港区の中学校で,地域の自然を生かした環境教育の実践を行った。調査フィ−ルド1)は大阪湾,大阪港,安治川,大和川で,それらの水質を測定し,そこに住む生物の生態や水質との関係,浄化の働きなどを生徒たちとともに研究した。2)
 今回報告する「環境教育教材の紹介と実践1」では,そのときの実践上の問題点や反省点を取り上げ,その後どのように改良したのかを,新しい環境計測システムを取り上げて紹介する。「環境教育教材の紹介と実践2」(9月発信予定)では,実践事例を中心に,インタ−ネットを利用した情報の発信・受信・共有について報告する。
 このシステムにより環境計測が簡単に,しかも安価に行うことができる。また,インタ−ネットの利用により大阪府下の各学校が測定したデ−タや環境に関する情報を相互に共有できるので,生徒たちは広い視野に立って環境学習をすることが可能である。

 水質調査をする生徒たち

2.当時の環境調査の限界
 当時の環境計測では,水質分析の滴定を避け,COD,PO,NO,NOをパックテストで測定した。水温・気温はアルコ−ル温度計,透明度は自作の透明度板,pHは簡易pHメ−タ−(SHINDENGEN pHBOY-P2 3点構成),導電率は簡易導電率計(HORIBA Twin CONPACT METER),塩分濃度・海水の比重は簡易塩分濃度計や食塩濃度屈折計(ATAGO HAND REFRACTO METER)でそれぞれ測定した。その際,中学生が手軽で簡単に水質の分析をできるように考慮した。

   CODパックテスト
 パックテストは,野外でも手軽に利用することができるし,視覚比色法3)であるので,反応色と標準色表とを見比べるだけで簡単である。大まかな汚染の目安を調べるには適しており,小・中学生にも使用しやすい。しかし,調査地点も広範囲になり,年間を通してサンプリングしたため,パックテストの使用量は膨れ上がり,生徒たちに十分な量を使用させることは無理であった。パックテストは高価であり,その他の備品の購入費も学校予算では限界があったからである。
 パックテストは視覚比色であるので読み取りの個人差が大きく,また,標準色間の値はあいまいなので半定量的な分析法である。実践上においても,色覚異常の生徒は測定することが困難であった。
 調査が進むにつれてその範囲が広がり,1つの中学校で行う測定としては限界を感じたり,サンプリングの困難さなど様々な問題にぶつかったが(図1は,1992〜95の調査地点。●は水質,○は透明度・塩分濃度のみの測定地点),同時に,環境計測に関するデ−タ交換のネットワ−クづくりや,環境教育を通した府下中学校の交流・連携ができないものかと感じてもいた。


図1-1 調査フィールド地図:大阪湾

図1-2 調査フィールド地図:大阪港

図1-3 調査フィールド地図:安治川河口

  図1-4 調査フィールド地図:大和川

3.新しい環境計測システムの紹介
   −パソコンを用いた自作比色計による環境調査4)5)6)
(1) パソコンを用いた自作比色計の概要
 大阪府教育センタ−科学教育部化学教室の紺野昇氏は,パソコンのマウス・インタ−フェ−スによるデ−タ入力を採用し,発光ダイオ−ドと光センサ−(Cdsセル)を使った簡単な構造の比色計(自作比色計)の環境計測システムを開発した。紺野昇氏の指導のもとで比色計を作成し,測定および実践を行った。紺野昇氏の了解のもと「パソコンを用いた自作比色計による環境調査T〜W」(「大阪と科学教育」,大阪府教育センタ−)から新しい環境計測システムの紹介をしたい。
 このシステムの原理は吸光光度法を利用したもので,試料溶液中の測定物質を呈色試薬で発色させ,特定波長の吸光度を測定して目的成分を定量する方法である。7)
 この方法の利点は,感度が高く,ランバ−ト・ベ−ル(Lambert-beer)の法則より,吸光度は溶液の濃度に比例することから,入射光と透過光の強度から吸光度を求め濃度を計算するので,微量分析に適している。したがって,水質分析の定量限界の問題点8)をクリアできる。定量範囲はそれぞれの方法で異なるが,およそ0.1〜10ppm程度である。さらに,再現性がよく,操作が比較的簡単で短時間で定量できることである9)

 簡易比色計とコンピュータ
(2) 簡易比色計の製作
 1) 簡易比色計の本体について
 比色計の材料には,黒色のフィルムケ−スとポリエチレン製の試薬瓶,塩ビパイプ(水道管)など身近な素材を使い費用の軽減を図っている。左下の写真は,改良され,現在 普及しているもので,水道管を本体に使い,中央の筒に試験管を差し込むタイプである。また,試験管の代わりにセル方式を利用しているタイプもある。
 比色計装置の光源部と試料部,測光部を模式的に表すと図2のようになる。


     自作比色計
光源部:発光ダイオ−ド(緑色 GL5G8 5 5φ,赤色 LT-9507D 7.5φ)
試料部:試験管もしくはセル
測光部:光センサ− Cdsセル(浜松ホトニクス P368 径8mm)
 発光ダイオ−ドの種類は,測定物質により赤色と緑色を使い分けて使用する。リン酸イオンの測定には赤色を,亜硝酸イオン,COD,NO2,pHには緑色を使用する。
 2) インタ−フェ−ス回路図について
 回路図(図3)にしたがって,プリント基板にICとコンデンサ−,抵抗を接続し,配線する。インタ−フェ−スを小型のプラスチックケ−スに入れ,比色計本体とマウスコネクタ−を接続すれば完成である。接続した部分を熱収縮チュ−ブで固定し,絶縁する必要がある(図4)。

 熱収縮チューブによる
接続部分の絶縁
プリント基板:サンハヤト ICB-91,IC:タイマ−IC555,
電解コンデンサ−:25V,22μF程度,抵抗:20Ω程度

4.ソフトウエア−について
 本システムのソフトは,計測部分とデ−タ処理部分から構成され,生徒たちが簡単に操作できるよう操作性を重点に開発された。開発言語は,MS-DOS版N-88BASIC言語である。なお,本比色計を制御するソフトの著作権は紺野昇氏が有し,著作権は放棄されていない。現在,大阪府内の公立学校に限定して複写および使用を認めているが,他府県での使用も公教育目的のためであれば条件つきで認めている。
パソコンの操作に熱中する生徒たち

5.本システムの環境計測内容
 本システムにより,以下の環境計測が可能である。

(1) 大気中の二酸化窒素の測定
(2) 酸性雨のpHの測定
(3) 河川水のCODの測定
(4) 水質中の亜硝酸イオンの測定
(5) 水質中のリン酸イオンの測定


  システムメニュー画面
 図5は本比色計でCODを測定するために用いるKMnO4濃度の検量線である。縦軸が比色計で測定したコンピュ−タの吸光度に関連するカウントデ−タで,横軸が濃度である。
 図5から,本比色計によるCOD測定は十分に利用できることがわかる。二酸化窒素,pH,亜硝酸イオン,リン酸イオンにもあてはまる(詳細は省略)。


 表1は,本比色計と市販パックテストによるCOD測定の比較である。パックテストは測定のバラツキがあることがわかる。

表1 本システムによるCODの測定と他の測定方法との比較(単位ppm)
試   料本比色計測定公定法パックテスト
大和川・中流(大阪市住吉区あびこ大橋付近)7.16.75〜10
大和川・下流(大阪市住之江区阪堺橋付近)12.412.65〜20
東除川(羽曳野市街流域部分)12.912.510
5000倍希釈の牛乳9.19.35〜10
10000倍希釈の醤油6.77.05〜10
*河川水の採取日:1995年3月12〜13日大阪府教育センター 紺野 1996

6.測定方法
 測定方法は以下の通りで,簡単に測定できる。ただし,水質の測定で試料水が濁っているときはろ過をして濁りを取り除いておく。
(1) 大気中の二酸化窒素の測定
 ザルツマン法によって測定する。
 飽和炭酸カリウム溶液(6滴)を染み込ませたろ紙に,大気中の二酸化窒素を24時間吸収させる。容器にはフィルム・ケ−スを利用すると便利である。その容器にザルツマン試薬を15ml加えて発色させ,10分間放置して比色計で測定する(図6)。
(2) 酸性雨のpHの測定
 試料の雨水10mlにBCP(ブロムクレゾ−ル・パ−プル)指示薬を0.2ml加えて発色させ,比色計で測定する。BCP指示薬を加えたときに黄色であるときはpHが5.2に近いと考えられるのでMR(メチルレッド)指示薬で再測定する。指示薬濃度はすべて0.1%である(図7)。
(3) 河川水のCODの測定
 試料水10mlに6M-HSO 1mlと0.005M-KMnOを1ml加え,反応前のKMnO を比色計で測定する。約30分間湯せんで加熱し,反応後のKMnOを比色計で測定する。なお,湯せん時に蒸発して減少した分は蒸留水を加えて12mlにする。反応前後のKMnOの減少量を求め,CODが自動的に計算される(図8)。
(4) 水質中の亜硝酸イオンの測定
 試料水10mlにザルツマン試薬を10ml加えて発色させ,15分間放置して比色計で測定する(図9)。
(5) 水質中のリン酸イオンの測定
 モリブデンブル−法によって測定する。
 試料水10mlにモリブデン酸アンモニウム混液を 9.5mlと塩化第一スズ0.5ml加え,15分間放置して青色に発色させ,比色計で測定する(図10)。

おわりに
 本報告は,大阪府中学校理科教育研究会発行の平成8年度 理科研究紀要 第26集「地域の自然を生かした環境教育実践2,環境教育をインタ−ネットで広めよう」(拙稿)をもとに加筆したものである。
 このシステムを活用することにより,「生徒が環境調査を通じて自然にはたらきかけ,問題点や疑問点をみつける」「自分たちで問題解決のための目標を立てて場を設定する」「自分たちの予想を立てる」「自分たちの方法で実験を行う」「自分たちで解決していく」「実験を通して話し合う」「得られた法則を同価値として意識する」「得られた情報から他者との関わりを持ち,お互いのよさを認識し合い,ひいては自分にもよさがあることを認識する」ことにつなげたい。
 以上の活動から,生徒たちの自己責任性が引出され,問題解決能力の育成や自信にもつながると信じている。この環境計測システムの使用により,小・中学生にも定量的な分析が可能になり,総合的視点に立った環境教育の取り組みも可能になる。
 9月に発信予定の「環境教育教材の紹介と実践2」では,地域環境教材の実践事例を中心に,インタ−ネットを利用した情報の発信・受信・共有について報告する。
 本研究に対し,ご指導・ご助言いただいた大阪府教育センタ−の紺野昇氏にこの場をお借りして厚くお礼申し上げる。


 参考にした資料
1) 井上晴貴:地域の自然を生かした環境教育へのとりくみ 府中理教育研究会理科研究紀要 第22集 1994
2) 井上晴貴:大阪天保山の水質と生態1〜56,市中理教育研究会理科部研究のあゆみ 1992〜1995
3) 日本分析化学会北海道支部編:水の分析(第4版),化学同人,1994
4) 紺野昇:大阪と科学教育9,23,大阪府教育センター,1995
5) 紺野昇:大阪と科学教育10,27,同文献4,1996
6) 紺野昇:大阪と科学教育11,同文献4,1997
7) 同文献3:〃89-99,化学同人,1994
8) 吉良竜夫編:水資源の保全(琵琶湖流域をめぐる諸問題),214-218,人文書院 1987
9) 同文献3:〃89-99 化学同人,1994

次へ

閉じる