授業実践記録

新学習指導要領に対応した授業展開の改善
長崎県長崎市立滑石中学校
元村 義信

 

1 はじめに

 平成10年12月の指導要領改訂では,昭和52年の改訂から続く,学習内容と授業時数の削減が,より大幅に行われた。昭和52年の改訂にかかわる教課審の答申には「ゆとりと充実の学校生活」が「教育課程の基準の改善のねらい」として示されていた。その方策の一つとして,学習内容と授業時数の削減が実施された。前回の改訂に見られる学習内容の高等学校への移行統合は,理科嫌い・理科離れの一つの要因を先送りしたもの,という意見も聞かれた。しかし,昭和52年の例からも予想されたように,単に学習する内容を減らすことで子ども達は学習困難(理科嫌い・理科離れ)から開放されたわけではない。むしろ内容の削減は学習内容の構造を崩し,個々の学習を暗記せざるを得なくしたのではないかといと思われる。

 一方,今回の指導要領改訂にかかわる中教審答申(2005年10月)では「教えて考えさせる教育」という観点からの指導方法の改善も視野に入れた教育内容の改善の基本的な考え方が示された。そして,改訂された指導要領では,「エネルギー」,「粒子」,「生命」,「地球」などの科学の基本的な見方や概念を柱として理科の内容が構成され,学習内容の構造化とともに,その位置づけや学習内容間の関連を意識して指導することが求められている。また,33項目の学習内容が追加され,探究的な学習もより一層重視しなければならない。

 ここで,これまでの指導要領の変遷から見ても,子どもの学習困難性は学習内容にではなく事実からの「発見」という教授方法にあるのではないかということを改めて認識しておきたい。そこで,本報告では,科学的知識を科学的探究を進める規則としてとらえ「規則を教える段階」と「科学の枠組み(規則)を使って考えさせる(探究させる)段階」を明確に意識した授業実践について報告してみたい。

 

2 実践事例T 物質が水に溶ける現象を,観察・実験結果をもとにモデルで説明する授業

(1)単元中学校第1学年第1分野「身の回りの物質:イ水溶液(ア)物質の溶解」(2単位時間)
(2)概要

入浴剤をお風呂に溶かしたり,みそ汁を口にした経験は誰もが持っており,日々の生活において,水溶液に触れる機会は多い。しかし,物質が水に溶ける現象を科学的な粒子の振る舞いとしてとらえることは,分子レベルの粒子が目に見えないものであるため,生徒にとっては難しい概念である。そこで,「規則を教える段階」として,物質はすべて粒でできていること,ろ過は粒子の大きさの違いを利用していること等を説明し,「考えさせる段階」では,水に溶ける物質と溶けない物質の観察・実験の比較からモデルを作成させたり説明させたりする学習活動を行った。

(3)授業の流れ
 @1時間目(規則としての科学的知識を教える段階)
  物質を小さくしていくと最終的には目に見えない小さな粒子になることを発泡スチロール球を用いて説明する。
  水も粒子でできていることを説明した後,ろ過の操作を行わせ,ろ紙に残った粒とろ液の違いは,ろ紙の穴を通り抜けることができるかどうかの粒子の大きさの違いであることを大きさの異なる発泡スチロール球を用いたモデルを用いて説明する。
ろ紙モデルろ過原理モデル
ろ紙モデルろ過原理モデル
 A2時間目(科学の枠組みを使って考えさせる段階)
  食塩とデンプンを水に入れ,それぞれの物質の粒がどのように変化するか観察する。
  それぞれの液を「溶ける」「溶けない」という視点で比較する。
  水に溶けたと言えるかどうかを判断する実験方法を考え,検証実験を行う。
  検証実験の結果や観察結果をもとに,物質が水に溶ける現象を,紙粘土や発泡スチロール球を用いて表現する。
  物質が水に溶ける現象について自分なりのモデルを用いて意見発表し,意見交換を行う中でより説得力のあるモデルを見いだす。
(4)授業を振り返って
  ここで報告した授業展開は,これまでの反省をもとにしたものである。本題材についてこれまでは,2時間目の授業内容で実施しており,生徒に物質の溶解現象を観察・実験結果のみから粒子のモデルで説明させることに終始して,結局大切なところはできる生徒の発言をもとにまとめるようなものであり,理科の苦手な生徒にとって安心感のない授業であった。しかし,ここで報告したように,科学的に考える枠組みを適切に「教える」ことにより,どの生徒も安心して水の中での粒子の様子を表現することができた。

 

3 実践事例U 未知の白い粉末を実験結果を分析して同定する授業

(1)単元中学校第1学年第1分野「身の回りの物質:ア物質のすがた(ア)身のまわりの物質とその 性質(身近な白い粉末の区別)」(2単位時間)
(2)概要身近な白い粉末として日常生活において触れる機会の多い砂糖,食塩,デンプン(かたくり粉),石灰(水酸化カルシウム)を取り上げ,これまでに学習した物質を区別する方法を駆使して,物質を同定させる学習活動を行った。「規則を教える段階」として,4種類の物質が持つ性質を実験と調べ活動を通してとらえさせた。「科学の枠組みを使って考えさせる段階」では,4種類の物質を見た目では判断できない状態で提示し,それぞれの物質を今まで学んだ方法を使って同定させ,身近な固体の物質についての科学的な見方を育てたいと考えた。
(3)授業の流れ
 @1時間目(規則としての科学的知識を教える段階)
  金属やプラスチックを区別するときに学習した密度や金属の性質についての復習を行い,生徒への定着度を小テストにより確認する。
  次時に扱う4種類の物質の性質やその調べ方を教科書や資料集等を参考に徹底的に調べさせ,レポートとして提出させる。
物質の性質調べ(レポート作成)
物質の性質調べ(レポート作成)
 A2時間目(科学の枠組みを使って考えさせる段階)
  4種類の物質を提示し,見た目では物質を推定できないことを確認する。
  未知の白い粉末を推定できる実験方法を班で考え,実験計画を立てる。
  実験計画に沿って実験を行う。
  推定結果を理由を明確にして発表する。
  それぞれの物質の正体を教え,適切な方法で調べられたか,実験結果の分析は適切であったかを確認する。
同定実験場面1同定実験場面2
同定実験場面1同定実験場面2
(4)授業を振り返って
  生徒にとっては砂糖や食塩といった身近な物質であったが,未知の物質としてひとつひとつ推定していく過程は,ある種,科学ゲームを解決していくようなわくわく感があったようである。定期テスト等では下位の生徒であっても,前時までに身に付けた方法で調べられることや物質の性質を自分で徹底して調べたことが自信につながり,安心して皆と同じ土俵で探究することができたようである。

 

4 終わりに

 本稿では,事実からの発見という時間を多く費やす割には必ずしも思うような成果が上がらない従来の探究学習から,教えるべきことを整理してきちんと教え,そして考えさせるという指導方法への改善に取り組んだ一実践例を報告した。ここで,紹介したように,生徒たちは科学的に考えるための科学の枠組みを持って,授業における観察・実験に臨むことで「実験で何を確かめればよいのか」「実験結果からどう考察すればよいのか」といった不安を持つことなく,安心して理科の学習に取り組むことができたようである。しかし,本事例は比較的スムーズに展開できた一事例に過ぎず,他の単元や題材で実践する場合の教えるべき内容(科学の枠組み)の選定や考えさせる課題の設定,その授業展開など教材研究の難しさも感じている。限られた時間内に生徒の科学的な思考力を高めていくために,本実践で取り組んだ授業改善に向けた地道な教材研究と実践に取り組んでいきたい。

 [文献]
  1)進藤公夫(2007)「理科授業におけるボトムアップ・アプローチの勧め」日本科学教育学会研究会研 究報告 Vol.22 No.1
  2)長崎県教育センター(2009)「教えて考えさせる授業」公開授業研修会報告
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