授業実践記録

上野動物園で展開する動物観察
(東京都)十文字中学校
倉本 泰治
1.はじめに

 十文字中学校では平成11年より,秋の中学1年郊外見学会は上野動物園にて動物観察が毎年実施されている。中学1年生の学年と理科のタイアップで行われ,上野動物園を使って教科活動を行っている。
 十文字中学・高等学校紀要第22号で発表した記載内容より一部抜粋しながら報告したい。

2.動物観察の目的

 これは,生物のとらえ方に関することで,理科の授業では教科書も使いながら理解と知識が習得できるように学習が進められる。理科であるから当然実験や観察も行われる。しかし生き物に関する限り,理論だけでなく生き物をとらえる感覚が非常に重要である。生きているということは理屈通りにはいかない。妥協しながらそれでも何とか生きられるように生活している。それを知るには生きた本物に接し,ある程度付き合ってみるのが一番いい方法である。特に動物,それも動物園にいるようなほ乳類を始めとする脊椎動物は,生徒が親しみを持ちやすく最適である。形態と機能の関係では,実際に動物がある部分を動かして使っているのを見みれば,一目瞭然で,なぜそのような形態になっているのかが,見ているだけで納得させられてしまう(もちろん動物が行動して使ってくれるまで待たなくてはいけないが)。

 また行動観察も,ある個体が何かの動きをしたときに,なぜそのような動きをしたのかを“その個体の立場になって”,もっと言えば“その個体の気持ちになって”考えてみることが必要である。その動物の気持ちを考えるには,動いたときだけを見ているのではだめで,その動きの前はどうであったかを知っておく必要がある。同様にその後のことも見て分かっていた方が,動きについて考えやすい。すなわち,行動を一連の流れとしてとらえておく必要がある。そのためには,決めた個体を1時間くらいはずっと観察し続けることが要求される。考えながら観察し続ける体験を生徒はこれまでにしたことがない。動物園へは幼稚園や小学校の低学年,あるいは幼いときに家庭で連れて行ってらったこともあろうが,そのときは「ほらキリンだよ」とか「あっ,ライオンだ!」とただ名前と合わせてみているだけに過ぎない。連れて行った大人も,名前で勝手なイメージを思い浮かべているだけで,実物を見てはいないと思われる。

 この観察では,今まで生徒が体験したことのない異質なレベルの体験をさせ,本物からその生き様を感じ取れれば,個体差も見え,疑問も増え,その謎を解こうしてじっくり見て考えるようになる。この面白さを知ってしまえば,後は自分から楽しんで見るようになるのではないか。最後は「観察における自立」につながればいうことはない。こうなれば,自分の世界を自分で広げていくことができる。考えたことが合っているか違っているかは,この際あまり気にしない。正解を教えてもらうよりも,自分で考えることの方が大切だと考えるからである。調べれば知識的に分かることもあるが,分からないことだってたくさんある。本には一般的なことは載っているかもしれないが,目の前の個体については,ずっと見ていたことで正解に近づけることだってあるのだ。この辺の考え方は,上野動物園・動物解説委員の萩埜恵子さんと当初話し合ったとき,「動物園で何を学ばせばいいのか」で意見が一致した点である。そして,これが理科一般の根本的なとらえ方・考え方の発想につながるものと思われる。

3.上野動物園で展開することになった経緯(これまでの理科の動き)

 中学の理科では学年行事を教科指導に活用し,平成6年に中学2学年の遠足で多摩動物公園を使って動物観察を行った。(本校理科教諭 津吹卓,平成7年も同様)。教科指導は学年に所属していた理科の教員であった。それ以来,同じ形態をほぼ継続してきた。生徒が中学2学年で動物分野を学習するからであった。その後平成10年に,生徒の発達段階を考えて理科のカリキュラムを改善し,中学2学年に入っていた動物分野を中学1学年に移すことを行い,それに伴ってこの行事も中学1学年の春の遠足で行った。ところが生徒の実情を考えると,まだ入学してから日も浅く,観察よりもクラスの友達と親しくなる方が重要な時期で,学年にとっても教科にとってもあまりよい展開にはならなかった。そこで理科では,平成11年は春の遠足を止めて秋の見学会を活用できないものかと考え,生物が専門の津吹教諭より中学1学年の理科を担当する倉本に動物園での観察のことを相談され,学年にも承諾を得てともに実施する運びとなった。

 さて,動物園は決まったもののどこにいくかである。学年とも話し合い,多摩動物公園では実施経験があるが,学校から行くのに時間がかかる。そして広い。遠足というイメージである。見学会とのイメージの差は微妙だが,移動時間を縮めてその分を観察時間に当てた方がいいのではないか,そして中学1学年を集合させるのも学校から近い方が気分的にもゆとりが持てるのではないか,ということで上野動物園に決定したのである。

 津吹教諭が見学会の下見ということで上野動物園を訪れ,動物解説委員の萩埜さんに会い趣旨を話し合った結果,上野動物園は狭い場所に入れてある動物が多いのでむしろ形態観察がしやすいこと,萩埜さんは以前多摩動物公園にいらしたということで上野動物園の特徴をうまく活用していきたいということになった。平成11年以降,現在まで,中学1学年秋の見学会では,上野動物園での動物観察を実施し続けている。

4.ワークシート作りなどの事前準備

 上野動物園を訪れ,動物解説委員の萩埜さんとお会いして相談しながら,上野動物園で観察対象になる動物と観察ポイントを現場を見ながら作る。各班6名程度で1クラス7班くらいの見当で考え,9コースほどの原案が作られた。一つは必修コースで,
 1)観察の導入(どれだけパンダを本当に知っているのかチェック)
 2)両生類と爬虫類のイメージ作り(ビバリウム館−両生類・爬虫類−の活用)
他は班ごとの選択コースである。その案に沿ってこちらでワークシートの形式に組み直し,萩埜さんにチェックをしていただいた。そして,それに基づき改訂版を作りお渡しする。

 その後,運営上の下見を兼ねて上野動物園に伺い,萩埜さんと一緒に,本番を意識しながら園内を周って見学のポイントを説明していただいた。このときにワークシートと照らし合わせ,生徒の立場でとらえにくいところを指摘していただき,さらに修正を加え完成させる。動きを観察しやすくするために,ワークシートには教えて頂いたエサをやる時間も書き入れた。ワークシートの内容は当日の展開とも関係するので,中学1年の学年とも連絡を取り合い,観察に関わるところは理科の意見を言わせていただき,学年と話し合って決めていき,学年の先生方とともに最終の下見として上野動物園を訪れ,萩埜さんと一緒に園内の見学ポイントを説明していただきながらまわり,先生方も各自ワークシートと照らし合わせながら生徒の立場で記入し,学習方法の勉強をしていただくことにしている。

〈ワークシートの例〉

5.生徒への事前指導

 中学1学年の理科(第2分野)年間指導計画は,次のような流れである。
 ・4月〜6月……植物の世界
 ・6月〜10月……動物たちの世界
 ・10月〜12月……感覚と運動のしくみ,生命を維持するはたらき
 ・1月〜3月……動物の分類

 生物分野は,植物について観察を中心に体のつくりと環境への適応などを学習する。その延長線上で動物たちの体のつくりと生活を同様な考え方とイメージで興味をもって学習できるように,中学1学年での「大地の変化」と中学2学年の「動物の世界」を入れ替えたカリキュラムで平成10年から実施してきた。上野動物園見学会は動物分野での授業のまとめでもあり,エサの食べ方などの動きや体の構造などに注目して,時間をかけてじっくりと動物観察することを目的としている。

 そこで,中学1学年の先生方の十分なご理解を得て,教科と学年とがタイアップした形で実施することができている。10月上旬〜中旬に学年のホームルームの授業の1時間を使って,上野動物園見学会の必修コース・選択コースについての説明をし,観察のための注意点と動物の注目すべき行動(パンダやトラなどの壁や木への匂いつけの行動,ゴリラのシャイな行動など)を「それぞれの動物の身になって」考えながら1,2時間じっくり時間をかけて観察すると,新たな発見や驚きがあり,また今までとは違ったことが分かったりして「面白い”大発見”ができるよ」と興味づける。そして,
 1) 当日それぞれの選択コースのワークシートに,観察した内容やスケッチを記入して提出すること,その際,先生方も動物解説委員の方も質問した内容の答えは教えないがヒントになることはいいますので,自分でしっかり考えて答えを出してほしい。
 2) 見学会後に,理科の授業で各班ごとにまとめを発表する。
以上のことについて,事前に伝えている。
 班編制とコース選択については,学年の先生方に学級活動の時間を使って行ってもらい,総合学習の一環として取り入れている。

6.見学会当日の様子

 生徒は午前9時15分に上野動物園正門前に集合し,30分開門と同時に入園し,総合案内所裏の広場で再び集合。そこで動物解説委員の萩埜恵子さんを紹介し,萩埜さんから本日の動物観察についてのポイントを指摘していただいた後,時間差をおいてクラスごとに班単位で出発。出発前に動物解説委員から「私たちは有名なパンダの姿をよく知っているし,思い浮かべることもできると思っているけれど,色や形・模様を本当に正しく知っているでしょうか。例えば,パンダの目の周りは黒いけど,その他に黒いところはどこか分かる?。実際はどうなのか観察して確かめてみてください。見たつもりになっているが,実際の姿や行動を意外と見落としている場合が多いものです。動物のしぐさや行動が,意外と私たちと似ていることもあり,面白いことが発見できるかもしれません。動物の気持ちになってじっくり時間をかけて観察してみてください。」ということで,生徒は班単位で選択したコース・必修コースの動物のところへ移動して動物の観察を開始する。ワークシートに沿ってチェックする各班の生徒の表情は真剣そのものである。

〈観察の様子〉

 学年の先生方と我々理科の教員はそれぞれ2〜4人グループになり,選択コースごとに生徒と一緒に動物観察をしながら同時に生徒も観察し,理科の教員は生徒の様子に応じて観察方法などを生徒に伝えていく。選択コース「ゴリラ」・「アフリカゾウ」は,特に生徒に人気があり,生徒たちは時間をかけ真剣に観察・スケッチをしている。なかには園内のボランティアの解説委員に質問して,新たな疑問点を解決して理解を深めた生徒もいた。解説委員の萩埜さんは園内を巡回しながら各班の様子によって質問を受けたり,観察方法の説明などしてくださった。
 11時半〜12時の30分間で各班ごとに昼食をとり,その後も動物観察を続け,最後の必修コース(両生類・爬虫類館)を観察する班は,そこで両生類と爬虫類の特徴を観察した後,午後1時にビバリウム前の広場で集合点呼を受け,解説委員の感想と挨拶を聞き,学年主任からの帰りの注意と挨拶終了後に,クラスごとに弁天門より上野駅向け出発,上野駅改札で流れ解散し,見学会は終了した。

7.生徒への事後指導

 翌日の理科授業で,各自が観察・スケッチした事項のワークシートを完成させ,班ごとに班長が先頭になって班員のワークシートをもとに1枚の発表会プリントを全員で作成し,学年のホームルームで各班7分間程度の発表ができるように,発表方法(プレゼンの基礎的な勉強にもなる)などを話し合わせる。

〈生徒のまとめの例〉

8.おわりに

 見学会全体を考えると,生徒たちは、教科書やビデオなどでは学習できない個体識別や生態について,動物園側のアドバイスや協力を得ながら「動物の気持ちになって考えながら,時間をかけて観察する」という見方ではじめて動物を観察し,その面白さや意義を体験的に学ぶことができ、見学会後、生徒の動物に対する見方・考え方が変わり,発表の企画・内容などを含め,じっくり時間をかけて工夫しながら自力で解決していこうとする学習意欲や勉強方法などに変化が現れてきたことを考えると,今後もこのような形態で見学会を続けていきたいと思います。

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