身近な環境問題〜反応速度を利用した塩分濃度検査法〜
鳥取市立湖南中学校
林 美喜夫

鳥取市湖山池と千代川
1.教材を決めるにあたって
 鳥取市にある湖山池は,池としては全国一の大きさをもち,昔から農業・漁業に利用されています。本校はその湖山池の南に位置しています。
 この湖山池の水質が近年悪化しています。水質の悪化の原因の一つに湖南地区住民の生活排水があります。湖山池や湖山池から海に通じている唯一の川である湖山川の水質汚染は,湖山池周辺住民にとっては市行政の取り組みを含め,大きな問題です。また,湖山池は海に近く,湖山川の流れがほとんどない関係で,海水が池まで入り込んでいるという特徴をもっています。農業用水として使用するため,海水が湖山川を逆流することを防ぐ目的で,湖山川の河口には水門があり,湖山池の塩分濃度を調節しています。
 今までに湖山池の水質浄化策として,企業による浄化アイデア公開実験が行われたり,日本海の海水を入れるという案が出されました。しかし,財政面での問題や海水を入れることでは農業関係者から反対され,未だ水質は改善されていません。湖山池に生活排水が流れ込む地域の下水道施設は,徐々に設置されていますが,水質悪化の現状を考慮すると,そう簡単には水質が改善されるとは考えられない状況です。
 そこで,この大きな問題を,湖山池周辺の住民でもある本校の生徒にぜひ考えさせるきっかけにしたいと授業に取り入れることにしました。
 具体的な活動としては,まず,過マンガン酸カリウムを使用した中学生向けのCOD検査法と亜硝酸濃度を簡単なキットを用いて調べる方法など,いくつかのパックテストを利用した水質調査を考えました。しかし,湖山池の水質悪化の状態は,夏季にはアオコが大量発生するなど,見ただけでひどい状態であることがわかり,そのときのドブのようなにおいは,周辺住民であればよく知っています。その汚れきった状態の水を採取してきてCOD検査をやってみても,現れた結果を生徒は当然の結果と受け止めるだけに終わってしまうと考えました。
 もう一つの湖山池の問題である塩分濃度を調べさせることは,地域の環境に関心をもたせ,環境問題を考えていくことにも通じる教材であると考えました。塩分濃度の測定には,市販の塩分濃度計もありますが,筆者が独自で開発した検査法を使えば,反応のしくみは分からずとも,目で見て色が変わる変化を楽しみながら実験ができるので,生徒の満足感は高く,科学への興味・関心を高めるうえでも有効な教材と考えました。


時間と吸光度の関係
2.反応速度を利用した塩分濃度検査法
 正確には,塩化物イオンの濃度検査法ですが,塩分濃度の検査法としても使用できます。臭素酸塩の存在下で1,1-ジフェニルヒドラジン(DPH)とクロモトロプ酸(CTA)とのカップリング反応が進んだあと,その生成物がある瞬間に分解してなくなります。この反応は色が変化する反応であるため肉眼でもよく分かります。この色が変化する時間が,塩分濃度が大きいほど短くなるという関係を利用して,塩分濃度を決定します。


反 応 式

<本法の精度>
 Cl-濃度が5×10-3〜0.2Mの範囲で定量が可能であり,再現性も良好である。また,硝酸銀滴定法と比較しても,精度の高い分析法といえる。実試料として,河口に近い千代川の水とみそ汁,しょう油中のCl-の分析定量を行った。また,あわせてMohr法による硝酸銀滴定,市販の塩分計(ケニスデジタル塩分計S−27)によりCl-の分析を行った。結果を下記の表に示す。

試  料サンプル量
〔ml〕
Cl-濃度回収率
(%)
本 法
M(%)
硝酸銀
適定法
塩分計
(%)
・千代川の水下流地点0.036(0.21)0.03830.2104
中流地点0.023(0.13)0.02460.1101
中流地点(川底)0.145(0.85)0.14110.9120
上流地点(潮止め下流)0.012(0.07)0.01280.1104
上流地点(潮止め上流)検出限界以下0.00030.0 
・みそ汁0.153(0.89)0.17210.9101
・しょう油(100倍希釈)0.031(0.18)0.03180.2101

<試薬調製>
  (1) CTA(クロモトロプ酸)溶液
 CTA0.40gに1Nの硫酸25mlと水を加えて250mlにする。この溶液に,水170mlに濃硫酸80mlを加えて冷やした硫酸を混ぜ合わせる。
  (2) DPH(1,1-ジフェニルヒドラジン)溶液
 DPH0.06gをメタノール25mlに溶かす。この液に,1Nの硫酸を25mlと水を加えて500mlにする。
  (3) 臭素酸ナトリウム水溶液
 臭素酸ナトリウム3.78gに水を加えて250mlにする。


分析方法
<実験操作>
 試験管に調べたい試料を5ml入れ,CTA溶液2ml,DPH溶液2mlを加えてよく混ぜる。これに反応開始剤である臭素酸ナトリウム水溶液1mlを加える。反応開始後,色がだんだんと濃紺色となり,あるとき突然に黄色に変色する。この変色するまでの時間をストップウォッチで計測する。あらかじめ調べた時間と濃度との関係を使うことにより,塩分濃度が分かる。
 ただし,この検査法は反応速度を利用しているため,液温が変わると反応時間に大きく影響する。そのため,液温をできるだけ一定に保つことが必要である。一定に保てれば,基準となる反応時間と塩分濃度との関係も有効に使える。そこで,水槽に水を入れ,その水温を室温に近い20℃か25℃にして,その中に試験管を浸けて実験を行うのがよい。ただし,実験操作を簡素化するのであれば,室温を約20℃として,試薬の液温や水槽の水温などを約20℃ぐらいにする必要がある。


実験の様子(分注器)

色の変化の様子(左から開始,途中,終点)

3.授業内容

採水器
 授業を数時間扱いとし,1時間目では,実験操作に慣れておくことと,反応時間から塩分濃度が分かることを理解させるため,あらかじめ塩分濃度が分かっている試料を使い検量線を作成させる。また,身近な試料として,しょう油や味噌汁,温泉の湯などの塩分濃度を測定させる。
 実験操作に慣れた後,湖山池の水と湖山川にある水門より上流の水と下流のそれぞれの水面付近の水と川底付近の水の中に含まれている塩分濃度を調べさせる。また,湖山川のすぐ近くを流れている千代川でも,河口から上流に向かう4カ所で水を採取し,塩分濃度を調べさせる。
 調査結果の考察から,千代川は上流ほど塩分濃度は小さくなっていること,また,湖山川は水面近くの水と川底付近の水とは塩分濃度が違うことに気づかせる。しかし,湖山川と湖山池は水門があることにより,時期によっては塩分はほとんど含まれておらず,農業用水に利用されている。しかしそのことによって,水の流れがなくなりアオコが発生しているため,漁業関係者が水門を開けるように裁判を起こしていることを知らせ,近い将来,水門が開けられる可能性が高くなっている現状も知らせる。そうなれば,湖山池の底には濃い海水が入り込み,淡水魚の他,海水魚なども生息するなど,湖山池の生態系に大きな変化が生じることを考察させる。


生徒の実験レポート1


生徒の実験レポート2

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