環境問題のCMづくり−CM(コマーシャル)づくりを通して自然環境に対する感性を育む−
東京都豊島区立千登世橋中学校
教諭 多久 知明
1.はじめに
 21世紀を迎えた教育現場では,「IT革命」等の社会の潮流とともにパソコンを利用した学習が進んでいる。しかし,いまだパソコンを利用した感性を育む教育は進んでいない。そこで今回は,この環境教育を「自然環境に対する感性を育む」という観点から,パソコンを使用したCMづくりを通して3年理科の選択授業の中で研究をしてみることにした。また,この研究が総合的学習の時間に活かせることも考えに置いた。
 自然環境や環境問題をテーマにしたCMの場合,まず,基本的な科学概念の知識及び理解の上に立ったデータの収集・処理・分析が必要となる。生徒は,グループでCMを作成するプロセスの中で情報収集・計画・討議・調査をし,自主的に次のステップへと環境学習を進めていった。

2.なぜCM(コマーシャル)づくりなのか?
 テレビコマーシャルは,ほぼ15秒単位で番組の間に流れている。この15秒というのはとても短い。15秒間に視聴者によさや見所・場所などを的確に伝えている。それも,音と映像と文字を使って伝えている。だらだらとした長い文言ではなく,すっきりとまとまったテロップで視聴者を引きつける。まさにこれは,究極のプレゼンテーションといえるのではないだろうか。さらに,CMの制作過程における思考や創造の構築は,その指向性の広さや深さから,感性を高めるのに最適の教材であると考えた。今後,CMづくりは,学校教育にとても役に立つと思い学習に取り入れることにした。そして今回,あえて環境教育にこのCMを用いた。

3.環境教育と感性
 自然環境を理解するには,自然認識・社会認識・科学認識を統合した豊かな感性を必要とする。しかし,この豊かな感性とは何か。感性を育むためには,ねらいである感性とは何かを明確にしておく必要がある。そこで,以下のように感性を考えた。
 感性とは,1人の人間がその周りを包み込む環境(空間と時間)とのかかわりをとらえる能力であり,現在という一瞬だけでなく,過去や未来へもそのとらえる能力は広がっていると考える。したがって豊かな感性とは,環境(空間と時間)とのかかわりをとらえる能力のベクトルが個人の中に数多くあることだと考える。また,それ故に感性は,人が生きていく上でとても重要な役目を担っている。

4.環境教育とCMづくり
 自然環境や環境問題をテーマとしたCMの構成を分析すると,その構成要素は大きく5つに分けられる。
 (1) テーマ ・・・・理科的要素
 (2) パソコン作業 ・・・・技術的要素
 (3) 背景(動画や静止画) ・・・・美術的要素
 (4) BGMおよび効果音 ・・・・音楽的要素
 (5) テロップおよび内容の要約 ・・・・国語的要素
 特に,(3)美術的要素 (4)音楽的要素 (5)国語的要素の挿入により,今までは情報蓄積や事象の論理的な解釈・理解として扱われてきた学習内容に芸術的な要素を加えることにより,それが学習者にとって新たな刺激となり,今まで以上に豊かな感性を生みだす。
 環境教育は,統合的な思考や豊かな感性が要求されるために,単に知識や情報の記憶だけではなく,五感を通した体験活動を通じて習得する知識や感覚が重要とされる。また,それを蓄積するにとどまらず,学習者が学習課題との対話的な相互プロセスを行うことにより,豊かな認識を構築していくことを目指している。
「環境教育の展開は,学習者と学習課題との対話的な相互プロセスから自らの認識を構成していく」とある。ジョン・P・ミラ― ホリスティック教育学 春秋社

5.年間指導計画 (週1時間)
 選択の授業は週1時間であるから,放課後や夏期・冬期休業中を使い補った。調査活動は,主に放課後に行った。

6.学習形態
 生徒たちは15名で,3班に分かれた。各班5名ずつで一人ひとりに役割を分担した。
 役割は,総合編集係,音楽BGM係,テロップ係,画像・絵コンテ係,撮影係である。各係は,その分野に責任をもたせるために置き,編集作業やディスカッションは,全員で協力して行う。また,各係ごとに1台のパソコン(15台)を使用し,LANを使って流れ作業を行った。さらに,各係には,なるべくその分野の得意な生徒を充てた。


7.CM作成と方向性の発展
 CMを作成していくプロセスは,さまざまな要素が絡む。生徒は,この多くの要素を一つひとつ丁寧に組み立てていく。そのためには,多くの討議が必要となる。さらに,その討議によって新しい展開(例えば屋外調査や実験観察等)が見られる。生徒は,主体的に課題を解決するためにあらゆる方向性を模索する。


8.授業展開
 環境問題というテーマで始まった選択授業の冒頭で「自分の好きなTVCM(テレビコマーシャル)を録画してくる」という課題を出された生徒たちは,少々面食らっていた。
 持ち寄られたテープには,15秒程度のCMが多数録画されていた。最初に,録画されたCMを見て,どのCMがよりわかりやすいかを比較した。次に,なぜそのCMがわかりやすいのかを考えた。さらに,映像編集用のソフトで1/30秒コマにしたものを見せた。すると,生徒たちの目の色が変わった。理科の授業の中でもよくあることだが,いつもは気にしない身の周りの現象を,観察・実験などで見たときの驚きの感覚で,その感覚をもったときに生徒の好奇心や興味・関心が湧き出してくる。このときもそれと同じようであった。たった15秒のCMは,0.5秒から3秒の間に場面を転換しているにもかかわらず,その映像のインパクトや,文字の使い方,色合い,ナレーションの使い方,BGMなどで言いたいことが心に伝わるのである。そして生徒たちに「環境問題で人に伝えたいことをCMにしよう」と,今回の選択理科のテーマである「環境問題を題材にしたCMづくり」を始めた。
 まず,各班に分かれてテーマを決めるときは,個々の生徒のこれまでの環境問題に対する知識や認識の深さの違いが出た。そして,次々に出てきた案をKJ法で白板に貼り,精選していった。いろいろな案が出てきたが,教師側として規定はせず,自由な発想でテーマを決定した。
 映像合成では,ごみ問題を題材に,「このままでは,人類全体が滅亡する」というシナリオを書いた班のカラスの合成写真には,その工夫に目を見張るものがあった。他の材料から切り取りキャプチャーで切り取ったカラスの画像を小さくしたり大きくしたりしながら貼り付け,遠近感を出し,さらに,そのカラスを画面に無数に散らすことにより,見るものに恐怖感を与えた。また,CGを使って谷間をつくり,そこに他で撮った,寝転んだ生徒を貼り付け,さもそこに倒れているように見せているところは,とても興味深い合成であった。
 タバコと自然というタイトルの作品では,テロップの入れ方に工夫があった。生徒たちは最初,BGMのリズムにテロップを合わせるのが難しいといっていたのだが,詩のつくり方や俳句を学習し,その韻の踏み方などを応用して,うまく画面の動きとBGMのリズムに合わせたテロップにすることができた。また,地球の上に大きく文字を配置することでそのことの重みを表現していた。

9.作品(絵コンテ)

絵コンテ1「ごみとカラス」
(CM 30秒)

絵コンテ2「タバコと自然」
(CM 20秒)

絵コンテ3「大気汚染」
(CM 20秒)

10.今後の課題
 CMづくりは,数年後,学校教育の中で多く見られると考える。それは,プレゼンテーション能力開発に格好の素材だからである。また,その制作プロセスは,豊かな感性を高めると確信するからである。今回,選択理科の中で実験的に行ったが,総合的な学習の中で教科の枠を越えて連携して行いたい。

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