学ぶ意欲を高める課題学習について
島根県益田市立高津中学校
林 衛
 1.はじめに
 平成元年3月,課題学習が教育課程の中に正式に位置づけられた。問題を解く技術を中心にした「受験数学」が大半を占めていたそれまでの学習内容に改善が加えられることを知り,喜びを感じたものである。早速,教科書の章末についているトピック問題を課題に選んで授業したが,その結果は惨めなものであった。私の指導方法が未熟であったことはもちろんのこと,課題内容がやや難しく,教科書の内容を十分に理解していないと取り組みにくい課題だったようで,生徒は退屈してしまった。これでは,課題学習をやっても,従来の学習と比べて何も変わっていないのではないかと,大いに反省させられた。
 生徒が数学の学習に意欲的に取り組むことができるよう,課題学習が設定された意義をもう一度確認しながら,その題材はどのようなものが望ましいかを中心に考えることをはじめた。
 今回は,いくつかの実践のうちから1つ紹介してみたい。

 2.学習指導案(第3学年)
(1) 単元 課題学習 「ひごでつくる図形」
(2) 単元目標
  ひごでつくる図形の求積について興味をもち,課題を自分のものとしてとらえ,進んで課題を追究し,解決できるようにする。
  自分の既習の内容を結びつけ,見通しをもって問題を解決することができるようにする。
  合同の図形や三平方の定理などの図形の性質を活用することによって,理解をいっそう深めるようにする。
(3) 基 盤
  学習指導要領に,「生徒の主体的な学習を促し数学的な見方や考え方の育成を図るため,各領域の内容を総合したり日常の事象に関連付けたりした適切な課題を設けて行う課題学習」が位置づけられた。これは,知識や技能中心の教師主導の授業を見直し,自分から進んで課題を見つけたり,課題を解決する過程で,既習の内容の中から何を活用したらよいかを選択したりできる態度を育てる学習をめざすものであると考えられる。さらに,生徒が数学的な見方や考え方のよさや有用性を感じ,意欲的に学習できるようにするというねらいも含まれている。
 そこで,生徒が課題を設定し,自分で解決できるような題材を準備することで課題学習の主旨やねらいに迫ってみたい。「ひごでつくる図形」は,ひごを組み合わせていろいろな図形をつくり,その面積を求めていく教材である。図形を考える過程で下の図のように多様な発想を引き出すことができる。

また,面積を求める過程では,例えば,上の(b)の図形では三平方の定理を使う必要があるし,(c)の図形のうち2番目のものでは,合同の考え方を利用して外角の直角三角形の面積から内側の小さな直角三角形の面積をひいて求めることになる。
このように,この題材は見通しをもって考えたり,既習事項を応用して総合的に考えたりする能力を高めることができる。また,一人ひとりが自分の図形を考え,面積を求めていくので,個に応じた課題を自らが見つけ,主体的に学習を進めていこうとする姿勢が育てられる。
  本学級の生徒は,与えられた課題に対して一生懸命にがんばり,協力して解決しようとする。しかし,自主的に課題を見つけたり,課題解決に習ったことを応用したりすることはやや苦手であるが,数時間の課題学習の経験を通して興味を示し,少しずつ積極的に取り組むようになってきた。
本単元「ひごでつくる図形」でも,ひごを使って図形をつくる場面では意欲的に考えて何種類もの図形を考え出すだろう。特に,三平方の定理の学習で学んだエジプトひも(文末注記参照)の逸話から,3辺の長さの比が3:4:5になる三角形を思い出して,直角三角形をつくる生徒が多く出ることが予想される。上の(a)や(b)のような多角形はもちろん,(c)のような図形も何個か考えるであろう。しかし,その面積を求める場面では,上の図のように簡単に公式を使って求められるもの(a),三平方の定理を利用してできるもの(b),補助線を引いて図形を分割したり,余分な部分の面積をひいたりして求めるもの(c)など,既習の事項を使うことと見通しをもって考えることが必要とされるため行き詰まってしまうこともあるだろう。多くの生徒は(a)のタイプに飽きたらず,(b)や(c)のタイプの課題にもどんどん挑戦していくものと期待される。
  指導にあたっては,自由な雰囲気づくりに努め,生徒の自主的な学習活動を支援することを主眼におきたい。そのために,一人ひとりにひごを準備し,十分な操作活動をすることで図形をつくるという課題づくりの段階を援助していきたい。特に,多くの図形をつくり出した生徒にはその意欲を誉めてやりたい。また,ひごの長さに気がつかないで右のような図形をつくることが考えられるので,三角形の2辺と他の1辺の関係から図形をつくることが可能なのかを助言したい。複雑な図形をつくる生徒には,面積を求めることができるかどうかの見通しを与え,一人ひとりに応じた適切な助言をするよう心がける。その助言も,個人の思考を中断しないように,ヒントカードを用意し,そっと行うように配慮したい。
さらに,自分で課題をつくり,それを解決した結果を自分でまとめて,他の友だちに発表する場を設けて,個人の課題学習を学級全体で考えたり,発展させたりするなどして,お互いが共に高め合って学習していくのだという動機づけを図りたい。

 3.指導と評価の計画(3時間)
  評価項目と評価方法
 主な学習活動関心・意欲・態度数学的な考え方表現・処理知識・理解
第1次
(0.5)
(1) 周囲の長さが一定な図形をつくる。
(課題把握)
 意欲的にたくさんの図形をつくろうとしている。
(行動・プリント)
 意欲的に自分の考えた図形を発表しようとする。
(行動・評価表)
 
 条件に当てはまる図形をつくることができる。
(行動・ノート)
 図形を簡潔に表現することができる。
(プリント)
 
第2次
(1.5)
本時
(2) 周囲の長さが一定の図形の面積を求める
(課題追究)
 進んで面積を求めようとする。
(行動・ノート)
 意欲的に自分の考えた図形について,その面積の求め方を発表しようとする。
(行動・評価表)
 いろいろな考え方の説明を聞いて,それぞれのよさを見つけようとする。
(ノート・評価表)
 自分の考え方を吟味しようとする
(行動・ノート)
a 三平方の定理や図形の合同などの既習の内容を使って面積を求めることができる。
(ノート)
b 三平方の定理や合同な図形の性質を活用できる。
(ノート)
 
 三角形や四角形の面積の求め方を理解している。
(ノート)
 三平方の定理や合同な図形の性質を理解している。
(ノート)
第3次
(1)
(3) いろいろな考え方を発表したり,聞いたりする。
(まとめと課題の発展)
       

 4.本時の学習
(1) 目  標
 操作活動を通して,周囲の長さが一定の多様な図形をつくり,その面積を既習の事項を使って求めようとする。
(2) 学習課題
 「ひごでつくる図形」
 長さが同じである12本のひごをすべて使って図形をつくり,その面積について調べてみましょう。ただし,ひご1本の長さを1とします。
面積9
(3) 準  備
 生徒用ひご(1人12本×8組),生徒用方眼紙(1人8枚),生徒用セロハンテープ(1人1個),課題を書いた模造紙,教師用模擬ひご12本,ヒントカード
(4) 学習過程
学習活動 形態 指導上の留意点 評価の観点
(1) 課題を把握する。
一斉
「ひごでつくる図形」を掲示し,課題の場面について説明する。
課題解決への動機づけが大切なので,そのねらいについて丁寧に説明する。
生徒と簡単な約束事を決めておく。
ひご12本すべてを使って,閉じた平面図形をつくる。
ひごは折ったり,重ねたりしてはいけない。
いろいろな図形をつくる。
生徒からの質問を聞き,説明を補足しながら答える。必要ならば,約束事を変更したり,追加したりする。
 
(2) 図形をつくる。
ひごで操作活動をする。
いくつかの図形をつくる。
できた図形を方眼紙に貼る。
個別
自由に楽しい図形をつくることをすすめる。
個別に助言したり,約束事を確認したりして,生徒の活動を助ける。
十分に時間を取るようにする。
 意欲的にたくさんの図形をつくろうとしている。
(行動・プリント)
 条件に当てはまる図形をつくることができる。
 (行動・プリント)
つくった図形の紙を黒板に貼っていく。
友だちのつくった図形を知る。
一斉
黒板に発表された図形を参考に,新しい図形を考えてもよいことを伝える。
 図形を簡潔に表現することができる。
(ノート)
 意欲的に発表しようとする。
(行動・評価表)
(3) 図形の面積を求める。
面積を求める公式で計算する。
三平方の定理を利用する。
図形を分割したり,外側の図形から不要な部分の面積をひいたりするなど工夫して求める。
個別
求積に困っている生徒には,方眼紙を利用することをすすめる。
自分のつくった図形や友だちのつくった図形の中から課題を選ぶように助言する。
できるだけ自力で解決するようにする。
つまずきの段階に応じたヒントカードで援助する。
 進んで面積を求めようとする。
(観察・ノート)
a,b 三平方の定理などの既習内容を使うことができる。
(ノート)
 基本的な図形の面積の求め方がわかる。
(ノート)
 三平方の定理や合同な図形の性質を理解している。
(ノート)
(4) いろいろな面積の求め方を知る。
一斉
友だちがどんな図形の面積の求め方をしているのかを知るために,中間発表の機会を設ける。
ここでは,求め方を簡単に発表する程度にし,結果を詳しく説明することは避ける。
同じ問題や似た問題をつくった生徒がいるかどうかを知り,必要なときに解決方法について,友だちどうしで相談するように援助する。
 自分の考えた図形について,その面積の求め方を意欲的に発表しようとする。
(行動・評価表)
 いろいろな考え方の説明を聞いて,それぞれのよさを見つけようとする。
(ノート・評価表)
(5) 本時の学習を反省し,評価する。
個別
自己評価表を準備しておく。
 

*準備しておく主なヒントカードの内容
基本的な図形の面積を求める公式を思い出してみましょう。
 (三角形の面積)=(底辺)×(高さ)÷2
 (長方形の面積)=(縦の長さ)×(横の長さ)
 (正方形の面積)=(1辺の長さ)×(1辺の長さ)
三平方の定理を利用できないか考えてみましょう。まず,高さを求めるのにどうしたらよいでしょうか。

図形の合同の考え方を使うと,外側の図形の面積から,欠けた部分の面積をひいて求めることができます。
予想される図形 <三角形> <四角形> <多角形> <自由な図形>


(5) 評 価
意欲的に取り組み,多様な考え方を出すのに効果的な課題であったか。
ねらいに迫るために,授業の展開は適当であったか。特に,中間発表は本時に必要であったか。
個人の思考を助ける上で,ヒントカードによる指導援助は,どの程度有効であったか。
本時の評価の観点とその方法は適切であったか。
(6) 授業後の「授業研究会」の抜粋
面白い,楽しい図形と面積の求めやすい図形とは相反するが,求積を意識させないような課題提示ができていたが,ほとんどの生徒は求積の楽な図形をつくっていた。
15分で1〜3個の図形しかできず,もっと時間が必要であった。
一般化しにくい課題であった。
基本的な図形から発展させて考えさせる方がよかった。
方眼紙を使ったので,公式や計算で面積を求めることができない生徒は,ます目を数えて面積を求めることができたのでよかったと思う。
ヒントカードを静かに配るのは,思考を中断したり,他の生徒の邪魔にならないので有効であった。
ひごが丸くコロコロして操作がうまくいかなかった生徒もいた。
ひごを操作した後,作図させてもよかった。


<編集部注記>
 「エジプトひも」は,印をつけて12等分された輪になったひもで,岐阜東高等学校の亀井喜久男先生が,古代エジプト人が縄を使って直角をつくったと伝えられている話をもとに,古代の数学と現代を結ぶ教材として考案され,命名されたものです。発表されたエジプトひもに関する論稿の中では,このひもを使ったいろいろな図形(直角三角形はもとより,正方形,長方形,正六角形等)の作図方法も紹介されています。詳しくは,亀井先生のホームページ http://www.ctk.ne.jp/~kamei-ki/index.htm をご覧ください。

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