授業実践記録

数学的な見方や考え方を育み,学習の意味を実感させる数学教育のあり方〜数学化サイクルを取り入れた授業を通して〜
数学的な見方や考え方を育み,学習の意味を実感させる数学教育のあり方〜数学化サイクルを取り入れた授業を通して〜
香川大学教育学部附属坂出中学校
木谷 直充

1.研究主題について

 生徒の状況把握のため,2007年7月,全校生徒(1年117名,2年118名,3年118名)を対象に意識調査をおこなった。


(1) 数学は日常生活・社会に役に立つと思う。


(2) 将来の仕事に役立ちそうだから数学を学習する価値がある。


(3) 学んだ数学を日常生活にどう応用できるか考えている。

 また,2007年10月にも,3年生116名を対象に,学習した5つの単元(式の計算,平方根,2次方程式,関数,相似)が,実生活において役に立つかどうか,調査をおこなった。

 「数学が日常生活・社会に役に立つと思う生徒」,「将来の仕事に役立ちそうだから数学を学習する価値があると考える生徒」は80%を超えている。2007年4月,全国学力・学習状況調査が実施されたが,この中の「数学の授業で学習したことは,将来,社会に出たときに役に立つと思いますか。」という問いに対する全国の3年生の肯定的回答の平均は69%であり,これと比較してもかなり高い。しかし,「学んだ数学を日常生活にどう応用できるか考えている生徒」は50%以下である。また,単元ごとの実生活への有用性についての結果も,「2次方程式」は50%を超えているが,他の単元は高くない。特に「平方根」「相似」はかなり低い。

 数学が役に立ちそうだと感じてはいるが,それをどう応用すればよいかまでは,十分に考えられていないことがわかる。また単元ごとに,実生活への有用性をきくと,あまり感じられていない単元が多く,漠然と数学の有用性を感じていることが伺える。

 国際調査(PISA2003,TIMSS2003)においても,「数学を学ぶ価値」や「数学への積極性」を問う質問に対して,日本は国際平均を大きく下回っている。2007.11.7に発表になった,「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」も「算数・数学を学ぶ意欲を高めたり,学ぶことの意義や有用性を実感したりできるようにすることが重要である」と指摘している。

 数学を学ぶ意味,有用性を実感させるためには,数学的活動を通して知識・技能の定着を図り,これまで以上に数学的な見方や考え方を育成していくことが大切である。また,単元の中に数学化サイクルを取り入れた「意味化」の授業を位置づけることで,現在の学習の必要性や意味が実感できるようになると考える。


2.意味化の授業について

 実生活(現実世界)において,数学で学んだことが有効であることに気づかせる授業を意味化の授業ととらえている。具体的には,現実の世界の問題をモデル化して数学の世界にもちこみ,数学的処理をした後,その解答を現実の世界に照らして解釈する授業である。各単元の中に,この意味化の授業実践がおこなえるように,開発を進めていく。

数学化サイクル

(1) 現実に位置づけられた問題から開始すること。
(2) 数学的概念に即して問題を構成し,関連する数学を特定すること。
(3) 仮説の設定,一般化,定式化などのプロセスを通じて,次第に現実を整理すること。それにより,状況の数学的特徴を高め,現実世界の問題をその状況を忠実に表現する数学の問題へと変化することができる。
(4) 数学の問題を解く。
(5) 数学的な解答を現実の状況に照らして解釈すること。これには解答に含まれる限界を明らかにすることも含む。
 
(PISA2003年調査 評価の枠組み)


3.相似の意味化の実践結果

(1) 目標
 

 本単元の指導の意義を次の2点から考えている。

私たちの身の回りには,地図や写真,模型など,形が同じで大きさが違うものがたくさん存在している。地図を使う場合,縮尺から距離を求め,地図上の方向から実際の方向を考えており,相似な図形の性質を知らず知らずのうちに利用している。このように実生活と関連が深く,建築物の模型,部品製作の設計図など今後の応用範囲も広いので,数学の有用性が実感できる教材である。
中学校2年生で,平行線の性質(公理),三角形の合同条件を根拠に,三角形,平行四辺形の性質を調べ,論証してきている。相似は,合同の上位概念であり,難易度は高いが,三角形の相似条件等,合同をもとに考えることができるので,無理なく学習を進められる。さらに,直線図形のまとめとして,これまでの図形学習を統合して考えることができるので,中学校最後の論証教材として最適である。

 意味化の授業では,前者の意義を生徒に実感させることをねらいとしている。授業後に「実生活において相似が役に立つ。」と感じれば,一定の成果があったと考えられる。



(2) 授業展開
 
1 数種類のプリクラを形によって分類し,最も数多い種類のプリクラがすべて相似であることを,長方形の縦と横の比を利用して確認する。
2 これらのプリクラと同じ形の長方形を身の回りから探し,相似であることを,長方形の縦と横の比を利用して確認する。
3 B5,B4の用紙を取りあげ,半分に折っても相似になるという長方形の特徴から,縦と横の比を計算によって求める。

4 B5の紙を右の図のように折って並べてみて,縦と横の比が√2:1になることを実感する。
5 A4の紙もB5,B4と相似であることを,紙を折って確認する。そしてA版とB版の紙の大きさの決め方からA0,B0の紙の大きさ(縦と横の長さ)を電卓を利用して求め,JIS規格と比較する。
6 最初のプリクラの課題に戻って,なぜこの形(√2:1)になっているかを考え,「同じ形で,大きさを変えてならべたときに隙間なく並べることができるので無駄がない。」ことに気づく。


(3) 指導の実際
 

 いきなりプリクラが映し出されたので,驚きの声とともに授業がスタートした。プリクラの相似は縦と横の長さの比からすぐに確認できた。またB5,B4の紙の相似も理解できていた。

 B4を折ると,B5になることから,縦と横の比を正確に求め る活動は,個人→班→全体での学習を通して理解が深まっていた。 またB5を折って,もう1枚のB5とあわせることで√2:1で あることが実感できていた。

 A0,B0のサイズを求めるには二重根を必要とする。電卓を利用して求めさせたが,少し難しい課題であったようである。


【縦と横の比を計算によって求めている。】

【全体の前で考えを説明している。】


4.指導の成果と課題

 授業は2007年11月26日に実施した。授業実施前の10月と授業実施後の12月に,3年生に対して意識調査を行った。各単元について,「○○の学習は,実生活において役に立つか」という質問である。

3年生116名(2007.10実施)


3年生115名(2007.12実施)

 この授業の単元である相似について,「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と答えた者の割合が約2倍になり,肯定的な意見が過半数に近くなっている。他の単元に比べてもかなり増加していることがわかる。この授業の一定の成果であると考えられる。

 また,次のような感想を書いている。

日常生活にも,すごく便利な数学がいっぱい。
A版,B版の中にいろんな秘密があることにびっくりした。
とても面白く,数学を身近に感じました。

 今後の課題については,次のことを考えている。

今回の授業は実生活において,相似が有効に利用されている例を数学的活動を通して実感させた。今後は,相似を利用することで,実生活における問題解決が図れるような授業を考えていきたい。
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