総合的な学習の実践
ビオトープの取り組みが生き物を救う
−なくした生き物をどう取り戻すか−
滋賀県伊香郡西浅井町立西浅井中学校
校長 村上 宣雄
1.はじめに
 京阪神の水瓶ともいうべき琵琶湖をもつ滋賀県では,その水質を悪化させないよう,早くから様々な取り組みがなされてきました。また,本県の環境を保全するための調査研究も,琵琶湖研究所などを中心に数多くなされてきました。琵琶湖には,水質を観測するための地点が何ヶ所も設置され,定期的な調査がされています。そして,膨大な量の調査資料が蓄積されてきました。陸上の動・植物についての調査も多くなされてきました。しかし,これらの資料の多くは,広く県民に知らされて有効に利用されることは,残念ながらあまりなかったように思います。
 自然保護,環境保全を進めていくには,行政と住民の“心地よい緊張関係の確立”が大切であることは今日の常識となっていますが,琵琶湖総合開発の経緯を眺めて見ると,事業の推進に力が入れられ,そうした取り組みはほとんど見られなかったのではないでしょうか。とりわけ,生き物の保全に対しては大きな課題を残しています。

2.琵琶湖総合開発の残したもの
 膨大な国家予算を投入し,約30年間にわたって実施されてきた琵琶湖総合開発は,「治水」,「利水」,「環境保全」の3つの目的がありました。琵琶湖の水位を最大1.5mまで下げるため,それによって生じる影響を最小限にするための工事がなされてきました。水田の用・排水の管理には,圃場整備,水源を保つために森林を保全するという目的のスギやヒノキの拡大造林,港や湖周道路の整備が急ピッチで行われ,山には多くの林道がつくられました。
 その結果,大雨や干ばつにも比較的強くなり,被害も少なくなりました。私たち県民は安心して生活ができるようになったといえます。これは,総合開発の「治水」,「利水」という目的が達成されているからです。
 しかし,道路整備,湖岸の埋め立て,拡大造林,圃場整備などの膨大な事業は,環境保全,とりわけ生き物に大きな打撃を与えてしまいました。自然豊かな自然林を伐採して実施された植林や林道の開発は,そこに住む動物たちの住みかを奪ってしまいました。川幅を広げ,川底を下げ,さらに,3面ともコンクリートで固めるという単純な人口河川や,ヨシやヤナギの湿地帯を壊してつくられた湖周道路の完成は,便利さとは裏腹に,私たちの身の回りから急激に生き物を消してしまいました。
 こうした視点から見れば,琵琶湖総合開発は治水,利水に関しては成功していますが,環境保全,とりわけ,生き物の保全という目標から見ればマイナスであり,大きな課題を残したといえます。今,私たちはこの点を真剣に考えなくてはなりません。環境に配慮しながらの開発がどんなに大切なことか,また,そのための工法がいかに難しいかを,私たちは学ぶことができたのです。

3.これからは「ビオトープ」が合言葉
 琵琶湖総合開発事業が終了した現在,滋賀県は水質の保全はもとより,琵琶湖を中心とした生態系保全に全力投球をしようとしています。生態系保全とは,様々な生き物の世界を保全しようという意味です。「単純な環境に住む生物の種類は少ない」というのが生態学の常識です。私たちは,滋賀県の自然環境を様々な開発行為によって単純にしてしまいました。これからは,多くの生物が住める多様な環境の保全・復元・創造に取り組まなくてはなりません。
 ビオトープという言葉は,豊かな生き物の世界をつくっていくプログラムの中でよく出てくるドイツ語で,「生物のいる空間」という意味です。すでにドイツでは,3面コンクリートの川を壊して元の自然の川づくりを始めたり,なくしたヨシ帯を再生しています。「川づくりは川に学べ」,「山づくりは山に学べ」というビオトープ工法の鉄則が貫かれています。一度壊してしまった自然は,復元や創造が必要です。しかし,どこかに生物の豊かな山や湿地,里山などが残っていたならば,手をつけずに残すこともビオトープの基本的な考え方です。

  
写真1 農業排水路図1

 このようにビオトープは,自然の保全・復元・創造の3つの意味を含んでいます。しかし,大切なことは,いくら見た目が自然らしい姿になっていても,生き物がいなくては意味がありません。大切なのは,見た目の美しさではなく,何種類の生き物がどれだけ生息しているかということです。川や沼,湿地などをビオトープの視点からランクづけするならば,ポイントとなるのは,生き物の種類とその数の豊かさなのです。

4.環境を守るのは私たち
 農村の多い滋賀県には,まだまだ豊かな自然が残っています。

図2

 私たちは,そうした自然を行政と力を合わせて守っていくために立ち上がらなくてはなりません。身近に開発事業が行われている場合は,生き物が少しでも生き残れる工法に切り替えるように働きかけることが大切です。
 現在の滋賀県の姿勢は,従来の上位下達のトップダウン方式から,ボトムアップ方式に変わりつつあります。これは,環境行政を行う場合に大変望ましいシステムです。環境問題に関しては,行政のみでは目標は達成できません。どうしても住民とのパートナーシップが必要なのです。今,県の土木,林業,農業関係などの機関は,ビオトープ事業に真剣に取り組もうとしています。地域の環境を守り育てるのは,結局,地域住民であるという基本的な考えに立ち,これからのビオトープ事業に私たちも積極的に関わっていくことが何よりも大切なことです。

5.学校ビオトープの取り組み
 現在,私は,マキノの海津地区で「農村自然環境整備事業」のプロジェクトチームに関わっています。この事業は,現在の放置された沼を整備して,メダカ,タナゴ,ホタル,ヨシ,ガマなど多様な水生生物などを再生しようとするもので,まさにビオトープ事業で本県のモデルケースとなるものです。当初の原案は大きく変更され,今では,どんな生き物をどのような方法で再生するかに焦点を絞っています。今までの整備事業で,これほど具体的に生き物の再生を検討した経緯はほかにありません。
 このように,国や県レベルでは本格的なビオトープ事業がスタートしています。この事業はまだ検討中であるため,後日,機会があれば紹介することとし,今回は,規模の小さな逢坂小学校における学校ビオトープの取り組みを紹介します。

 (1) 学校の概要
写真2 池の周辺のモリアオガエル(卵塊)
 夏休み中の8月17日午前10時,私は逢坂小学校(北村賢治校長)を訪問しました。環境教育主任の奥野先生と教頭先生が出迎えてくださいました。この小学校では,今までの池がすでに壊され,生き物の住む池が新たにつくられており,学校ビオトープの取り組みがなされています。逢坂小学校はちょうどJR大津駅の山手にあります。この日,奥野先生に校舎の外を案内してもらってその広さに驚きました。山手にはモリアオガエルが生息し,初夏には,大きな白い卵塊が木にぶら下がり,子どもたちの絶好の観察場所になっています。

 (2)

 「ぼてじゃこトラスト」との出会い
 滋賀県は全国に先駆けて環境教育に取り組んできた経緯もあり,どの学校でも大なり小なり環境に関する取り組みがなされています。
 逢坂小学校では,豊かな自然環境をどう教材として生かしていくかが検討されました。ゴミについて学んだ4年生の子どもたちは,自分たちにできることは何かないかと考え,観察池の整備作業をすることを決めました。この池は昭和30年代,水生生物の池としてつくられたものですが,その後整備されないまま荒れた状態になっていました。
 平成9年11月,荒木さんらの組織する市民団体「ぼてじゃこトラスト」から,ぼてじゃこの住む池をつくらないかとの提案があり,検討の結果,作業を進めることになったのです。

 (3)

 手づくりの池づくりが始まる
 池づくりの会議には,逢坂小学校の先生をはじめ,市民団体「ぼてじゃこトラスト」の荒木さんと会長の龍谷大学の竺先生,そして,ビオトープの施工にくわしい(株)ラーゴの西川社長,さらに,環境教育の視点から滋賀大学の川島先生などが参画されました。
 ここで大切なことは,現時点では,学校だけの力ではこうした事業はなかなかできないということです。学校,専門家,地域住民,業者の密接な協力のもとに学校の池づくりが行われたのです。
 学校の記念事業などで,大きな費用を投入し,造園業者によって庭園がつくられるケースは今まで多くありました。しかし,これからの学校ビオトープづくりは,児童・生徒が自由に参画できるものでなくてはなりません。芝生のために入れない庭,眺めるだけの日本庭園は,それなりの教育的意味があるでしょうが,毎日の学習に役立つ生き物の空間としてはあまり価値がありません。
 ところで,逢坂小学校のビオトープの池づくりの方針は,次の2点に絞られていました。
 ・現状の自然を極力変えないこと
 ・児童の参加によって池の改修を進めること
 そして,「学校をよくしていこう」という子どもと先生の具体的な取り組みの過程で,子どもたちの意識も高まりました。砂運びや水生植物の植つけ,さらには魚の放流やモリアオガエルの卵の世話など,子どもたちが参加できる形でビオトープの池づくりが行われました。

写真3 ビオトープの池づくり写真4 集まった池のゴミ写真5 作業する子どもたち
写真6 水草を植える写真7 完成した池写真8 池の全景

 前年の7月15日,この池は多くの方々の協力で完成しました。そして,その後,池は生態系の安定した池となって今日に至っています。
 私が訪れた日,アメリカザリガニもいましたが,メダカやタナゴが泳いでいました。ホタルイ・セリ・キショウブ・クレソン・マコモ,ミゾハギ・コウホネなどの水草も見られました。水深30p程度の浅い池で,写真からもわかるように,小さな池ですが,コンパクトにまとまった学校ビオトープの池となっています。

図3

 (4)

 遅れている滋賀県のビオトープの取り組み
 内容は,ほとんどが事例集ですが,学校ビオトープの本が次々と出版されています。全国学校ビオトープやビオトープの組織をつくろうとする動きも活発で,毎日熱いメッセージが電子メールの世界で飛び交っています。しかし,滋賀県ではビオトープの事例校はほとんどありません。
 大阪府や静岡県,横浜市などでは,多くの学校でビオトープの池づくりが進んでいます。
 その理由は,都会には生き物の生息する自然環境がないために,少なくとも学校というエリアにそうした環境を創造しようという動きが生じているのです。何もない空き地の土を掘り,ビニルシートを敷いて水を張るという簡単な池づくりが流行しているのです。こうして,メダカ・トンボ・ホタルの池がつくられているのです。
 しかし,滋賀県のような農村の多いところでは至る所に水田や小川があり,少し足を運べば自然に接することができます。ですから,無理してそうした池をつくろうとする意識も低く,必要性も生まれてこなかったのです。
 しかし,現実には,すでに述べましたように,私たちの身の回りから生き物の姿がなくなりつつあります。やはり,学校や地域で生き物を保全し,再生し,創造するビオトープの取り組みが急がれるのです。(滋賀ビオトープ研究会 副会長)

 なお,本稿は(財)淡海環境保全財団のご厚意により,「明日の淡海 創刊号」(1999.11.1)別冊を一部修正し,転載したものです。(「インターネット啓林」編集室)

 参考文献
村上宣雄 身近な自然環境の保全と復元を求めて 美しい自然65号 淡海環境保全財団
村上宣雄 ビオトープづくりの思想に学ぶ 美しい自然67号 淡海環境保全財団
村上宣雄 ビオトープの思想が生物を救う 長浜み〜な59号
山田辰美編 ビオトープ教育入門 農文協

 ビオトープ研究関連団体
滋賀ビオトープ研究会事務局 近江八幡市多賀町586-1 (株)ラーゴ内 TEL 0748(33)6667
ぼてじゃこトラストの会事務局 荒木克己 大津市中庄町2丁目15-25 TEL 077(522)7831


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